第七話
すっかり麺を食べ終えてフォークで底に残った具を探していると、魔王がポツリとつぶやいた。
「勇者よ、貴様も異世界から召喚されたと聞き及んでいる。元の世界に帰りたくはないか?」
魔王はカップ麺を食べ終えたようだった。アイリスが「いけません! 耳を貸さないで!」と悲鳴に近い声をあげた。
「私は帰りたい。動画を見ながらカップ麺をすする時間は、とても充実していた。……不健康だと言われたがな」
ああ、だからカップ麺を用意してくれたのかと、僕は納得した。魔王にとって、カップ麺は充実した時間に食べるものだったのだろう。
魔王はどこからどう見ても、普通の人間だった。10代後半といったところだろうか。どんよりとした暗い目をしていて、口調こそ魔王らしいが、いわゆる厨二病の女の子と言っても十分通るだろう。
魔王の用意してくれたカップ麺を食べたけれど、僕のステータスに異常は見られない。むしろ、いつも食事をするときのように、レベルが上がっていた。
「帰りたいですね。……モツ煮込み、食べたいんで」
「モツ煮込みか……美味である」
「何味が好きですか?」
「塩味」
「僕は味噌派です」
僕がそう言った瞬間、魔王はカッと目を見開いた。
「塩味こそ至高!」
テーブルからさっと離れて、魔王はマントをひるがえした。
「なぜだ! なぜわからない! モツの固さをやわらげるために、塩麹に漬けてやわらかくするのが正道だろう! その延長で、モツ煮込みは塩味になるのではないのか! 勇者よ! 貴様の食らうモツ煮込みのモツは、ゴムのような固さだとでも言うのか!」
「肉をやわらかくするなら、お酢でもいいはずです。長時間圧力鍋で煮込んでも、やわらかくなりますし」
魔王は頭を抱えて、ああああとうなり声を上げた。まさに地の底から響いてくるような声だった。
「貴様らはいつもそうだ! 自分たちの流儀を押し通そうとする! 私は塩味のモツ煮込みが好きだ! しかし味噌味のモツ煮込みが好きな人間を迫害したことなどないというのに!」
さっき、塩味こそ至高って言ったのは魔王じゃないか。
僕は喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。ヒートアップしている相手に余計なことを言うべきではない。社会人の処世術の一つだ。
「陰キャだ、根暗だ、コミュ障だ、オタクだと、さんざん人を傷つけてきたのは貴様らだろう! 私が率いる軍勢を見ろ! 姿形こそ人間とは違うが、中身はさして変わらない!」
魔王が両手を広げると、控えていた魔物たちが続々と立ち上がった。魔王城の入り口に置いていたテーブルの片付けをしはじめている。魔王の演説を聞くとか、戦闘準備をするとかしなくてもいいのだろうか。かなり自由なようだった。
「先に我らの権利を侵害したのは貴様らだ! 醜いからと言って石を投げて笑いものにし、死に追いやろうとしたのは貴様らではないか!」
なぜモツ煮込みのスープの話から、ここまで飛躍するのかわからない。何か地雷を踏んだのだろうか。いいや、きっとコミュ障なんだな……と、僕は魔王をながめた。
「我らは、侵害された権利の回復のために、戦っているのだ! 我らの戦いは防衛である! 生存権を行使したまでである!」
「……ごちそうさまでした。カップ麺、美味しかったです」
両手を合わせてそう言うと、魔王は明らかに戸惑った。
「今、それを言うのか……? コミュ障なのか?」
コミュ障って言われて怒ってたくせに、と、僕はやっぱり言葉を飲み込んだ。
人間なんて大なり小なり、そういうものだ。
僕も豚だのやせろだのと、子供時代は好き放題に言われてきた。持ち前の食欲のために、ぽっちゃりしていたのである。やせたらやせたで、ヒョロガリだのもやしだのと言われる。鍛えれば鍛えたで、脳筋とか筋肉バカと言われる。勉強すればガリ勉だ頭でっかちだと言われ、何をしたって悪く言う奴は世の中にいるのだ。
そんなものは、気にしなければいいのである。
ただ、魔王が言った「死に追いやろうとした」というところだけは、引っかかったけれど。




