第六話
どうやらネーミングライツの能力は、僕の記憶や思い出と密接に関係しているらしい。
僕はご覧の通り食いしん坊だから、食べ物に対する思い入れがかなり強い。だから食べ物の名前をつけると、強くなる現象が起きていたのではないだろうか。里芋の煮っ転がしは最初にその料理のことを思い出さずに急いで名付けたから、最初はあまり強化されていなかった。そうして思い出してからは、強くなった。
そんな理屈に気づいたとき、僕は赤面し、寝床の上でごろごろと転がって、一人でもだえた。
そりゃあネーミングライツの能力を持っていたというかつての伝説の勇者だって、能力について多くを語りたくないだろう。伝説の勇者は何に思い入れが強かったのかわからない。けれども詮索されることが嫌だったのだろうなということは、容易に想像できた。僕の場合は食べ物だったから、まだよかった。
そうこうするうち、聖剣騎士団は快進撃をつづけ、とうとう僕たちは魔王城の前にたどりついた。
僕のお腹がぐうと大きな音をたてる。
「ササキ、お前、また腹減ってんのか!」
「すみません。空腹だけは、いかんともしがたく」
僕のお腹が鳴っているのは、ネーミングライツの能力をたくさん使ったからではない。あまりにも美味しそうな匂いが漂っているのが原因だ。
この匂いには馴染みがある。ちょっとしょっぱくて、独特の香り……醤油だ!
僕はしばらく食べていなかった懐かしい香りに、鼻をひくひくとさせた。この異世界に来てから、コンソメやトマトやシチューのような味付けは食べてきたけれど、醤油は久しぶりだった。
魔王城の扉がきしみながら、ゆっくりと開いていく。
魔王城に入ってすぐのところに、テーブルが置かれていた。
「勇者よ。よくここまでたどりついた……」
重々しい印象の女性の声が聞こえてくる。かすかに震えているようにも聞こえる。
隣にいたアイリスが「魔王です!」と身構える。ふと、以前アイリスから聞いた話を思い出した。魔物たちが異世界から魔王を召喚したというものだ。
──この醤油の香り、まさか、日本人なのでは……?
僕は魔王がどんな人物かについて、初めて思いを馳せた。もしも日本人がこんなにおどろおどろしい場所に召喚されたなら、さぞかし心細いだろう。空は薄暗いし、空気も交通量の多い国道沿いくらいには重苦しい。
「勇者よ、貴様が食に貪欲だということは、聞き及んでいる……。我らのもてなしを受けるがいい……」
「罠かもしれません! 気をつけて!」
僕は漂う醤油の香りに、ごくりとツバを飲み込んだ。テーブルの上に料理は乗っていないが、いい匂いがする。
罠かもしれないとアイリスは言うけれど、僕は食事をすることで、レベルを上げてきた。だったら、魔王が用意した食べ物を食べたって、やっぱりレベルは上がるだろう。……もしも毒が入っていたら、それは問題だけれど。
長い黒髪の女性がゆっくりと魔王城の階段を降りて現れる。顔はほとんど見えないが、若い女性のようだ。髪の隙間からじろりとこちらをにらんでいて、ホラー映画のようだった。
魔王はテーブルの上に、そっと円柱状の何かを二つ置いた。
「なんですか、あれは!」
「見たことねぇな……気をつけろ、ササキ!」
警戒するアイリスとトニーをよそに、ぐっと言葉に詰まる。僕は、あの食べ物を知っている。
「さあ、食べるがいい……」
あれは、カップ麺だ。夜食に食べると、べらぼうに美味い。
魔王は震える指で、ペリペリとフタをはがした。たまに「あちっ」と手を振っている。
「……いただきます」
「ササキ! 食い意地がはってるのも大概に……!」
心配するトニーの制止に僕は振り返って、ふっと微笑んでみせた。




