予期せぬ救い
「どうして……こんなものを……」
ヨシオの問いかけに桜木が肩越しに答える。
「昔の私を思い出すんだよ」
彼女の横顔が街灯に淡く照らされる。
「私も少年院とか入ったりしたけど今はコンビニバイトで食いつないで、正社員めざしてるんだ」
ヨシオの呼吸が止まった。
桜木咲蘭が語ったのは初めて聞く過去だった。
あの威嚇的な態度の裏にあったのは孤独な闘争の痕跡なのか。
「人生色々あるけどさ」
彼女が空を見上げる。星ひとつ見えない都会の夜空だ。
「頑張れや!」
そのまま歩き出そうとした桜木をヨシオが引き留める。
「待ってくれ!」
振り返った彼女の目に驚きの色が走る。
ヨシオが頭を深々と下げていた。
「いつか、恩返しを……」
「いらねーよそんなもん」
照れ隠しのように踵を返す桜木の背中にヨシオの声が追いすがる。
「明日また来る!絶対に!」
足を止めた桜木が小さく頷きながら立ち去った。
去り際にちらりと見せた笑みは確かに本物だった――
コンビニ袋を握りしめたままヨシオは橋の下へと向かった。
河面に映る街の明かりが揺れている。
段ボールハウスへの帰路が普段より短く感じられた。
(俺は何を勘違いしていたんだろう)
桜木の優しさの正体を理解した今、昼間の罵倒さえ違う意味を持って蘇る。
あの厳しい口調は彼女なりの激励だったのではないか。
荒っぽい指導スタイルも不慣れな新人への配慮だったと考えられる。
「おい……」
段ボールハウスの入口を開けると意外な光景が広がっていた。
昨日より明らかに綺麗になっている。
床には新聞紙が敷き直され隅に埃溜まりが片付けられている。
壁面の隙間も何者かによって補強されていた。
(まさか……)
コンビニ袋の中を探るとメモが一枚折り込まれていた。
『入口左上の穴塞いどいたぞ sakura』
ヨシオは膝から崩れ落ち、コンビニ袋を強く胸に抱きしめた。
段ボールで囲われたカプセルホテルの中で、いつまでも嗚咽が響いた――




