冤罪の淵
(ヨシオは慌てて記憶を探る。確かにトイレに行くついでに少し遠回りした。理由は至極単純なものだった)
「近くの公園で休憩していただけです」
「なぜ裏口を使った?」
「表は混んでいたので……」
「それにしても不自然だよね」
店長の指が11:45の記録をタップする。
拡大された画像には監視カメラから撮影されたヨシオの姿が鮮明に映っていた。
コンビニの非常出口を出ていき、裏路地に入っていく後ろ姿。
「この方向にはATMしかないよ」
(罠だ……)
ホームレス生活で鍛えられた勘が告げる。
これは仕組まれた疑念だと。
「何もしていません!」
声が自然と荒くなる。
興奮して椅子から立ち上がるヨシオに桜木が制する。
「落ち着けよ!」
しかし店長は構わずに続けた。
「実はもう一つ気になることがあるんだ」
「君の提出した収入証明書のことだが」
山本がファイルを取り出す。
「あれは架空の会社名義だったね」
雷に打たれたような衝撃が走る。
バレてしまった。
就活支援サイトで生成した偽データがここでバレるとは。
「つまり君の経歴は捏造されている可能性が高い」
絶望がヨシオを覆い尽くす。
ホームレス生活の辛さが脳裏に蘇る。
雨の夜に濡れた段ボールで過ごしたこと。
空腹で眠れない日々。
柚希への後ろめたさ。
全てが無駄になると思うと‥‥‥。
「僕は犯罪者ではありません
「やはり嘘だったのか」
店長山本の声が冷たく響く。
「売上が合わないのは後でもう一度確認するとして、これでは雇う事は出来ないな」
宣告と同時に控室のドアがノックされ、桜木が顔を覗かせた。一瞬、彼女の口元が歪む。それは確かに嘲笑だった。
「店長!そろそろレジが……」
「わかった」
山本が立ち上がりながらヨシオに向き直る。
「使用期間8000円から制服クリーニング代2千円引いて6000円だ」
机の上に置かれた封筒。中には6枚の1000円札が僅かに透けて見える。
(6000円……たった一日で……)
「これで失格者の報酬としては破格だと思うが」
皮肉交じりの一言。ヨシオは封筒を握りしめた。紙幣の皺が指紋に食い込む感触が妙に生々しい。
「あ、ありがとうございます」
声が掠れた。
涙腺が熱くなるのを感じながら立ち上がる。
振り返ると桜木と目が合った。
彼女はまだ口元に冷笑を浮かべたままだ。
しかし――
「おいオッサン!」
呼び止められて振り返る。
「これ使えよ」
桜木が投げたのは新品の制汗剤。
キャッチした瞬間柑橘系の香りが鼻をつく。
「それ使って明日も来いよ」
山本店長の眉が跳ね上がる。
「何を言ってるんだ?君は……」
「冗談ですよ店長」
桜木が舌をぺろりと出す。
「単なる新人いじめですから☆」
控室のドアが乱暴に閉まった。店長の困惑した表情を残し、ヨシオは廊下へ出る。
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コンビニの自動ドアを出て星空を見上げる。
6000円という金額がどれほど大きいお金か。
ヨシオは噛みしめる様に千円札を大切に仕舞い込んだ。
店外の闇に溶け込みそうだった背中を誰かが追いかける足音が引き留めた。
振り返ると息を切らせた桜木が立っていた。
「おい!待てよ!」
反射的に拳を構えるヨシオ。
しかし桜木が差し出したのはコンビニ袋だった。
「これ……食えよ」
両手に提げられた袋からは甘い惣菜パンの香りが漂う。
中を見ると廃棄予定のサンドイッチやおにぎりがぎっしり詰まっていた。
「廃棄のパンと弁当だ。困ってんだろ?」
言葉に詰まるヨシオの頬を冷たい風が撫でる。喉
奥から込み上げる熱い塊を必死で飲み込む。
「ありが……とう」
声が震える。桜木が背を向けながら付け加えた。
「ほーいお茶も入れてるからな」
ポケットから取り出した緑茶ペットボトルが袋の中に追加された。




