疑惑の夜
午後9時を回った頃には桜木の叱責もだいぶ減っていた。
レジ打ちがようやく様になってきたおかげだ。
「あの……桜木さん」
ヨシオが恐る恐る切り出す。
「ん?」
「昼間睨まれた理由って……何かありましたか?」
数秒の沈黙。
店内BGMがやけに大きく聞こえる。
「別に」
短い答えだったが声のトーンが若干和らいでいる。
「ただアンタさ……」
言葉を探すように視線を彷徨わせた後、思い切ったように続けた。
「匂いキツくね?」
「え?」
予想外の指摘に戸惑う。
「ホームレスみてーな臭いすんだよ。正直キモい」
(当たってる……)
ヨシオの顔から血の気が引いた。
普段なら他人の嗅覚なんて気にする余裕もないが、今この瞬間だけは恥ずかしさで全身が熱くなる。
「すみません……」
項垂れるヨシオに桜木が小さく呟いた。
「冗談だよ、気にすんな!」
二十二時丁度。
夜勤スタッフの宮崎という若者が交代に現れた。
痩せた眼鏡青年が丁寧に挨拶してくる。
「お疲れ様でしたー」
桜木がヨシオの腕を軽く叩く。
「良かったな。無事一日終わったじゃん」
「はい!」
嬉しさを抑えきれずに大きな声で答えた。
すると彼女が目を丸くする。
「アンタ本当に感情豊かだよね‥‥‥」
その時だった。
裏口から血相を変えた店長が飛び込んでくる。
「春野さん!」
名指しで呼ばれ背筋が凍る。
「はい!」
「ちょっと……控室に来てくれるかな?」
有無を言わさぬ雰囲気に桜木と顔を見合わせる。
彼女も不安そうに眉を寄せていた。
控室に入ると店長山本が深刻な表情で座っていた。
机上には現金レポート用紙とPOS端末が置かれている。
「売上報告によると」
低い声で店長が切り出す。
「現金売り上げが3万円足りないんだ」
ヨシオの喉がカラカラになる。
「私が担当した時間帯というのは……」
「君がレジにいた時間全部だ」
山本の目が厳しくなる。
「特に18時台の会計記録が怪しい」
(まさか……)
記憶を辿る。
確かに混雑するピークタイムでレジに殺到する客を必死でさばいていた。
何度も桜木に助けを求めたほど忙しかった。
「僕はそんな大事なお金を盗むなんて‥‥‥」
「もちろん疑いたくはないよ」
しかし店長の言葉とは裏腹に声には疑念が滲んでいる。
「ところで‥‥‥」
話題が突然変わる。
「さっき確認したんだけどね」
山本店長がICカードリーダーを手に取る。
「君のネームプレートから取得したIDログだと」
ディスプレイに表示されるアクセス記録にヨシオの血の気が引いた。
**春野 ID:C-0908**
**09:30 入退室:○**
**11:45 入退室:●(非常口使用)**
**18:20 入退室:○**
「昼休みはどうして裏口から退出したのかな?」




