段ボールカプセルの朝(前編)
**明日への誓い**
携帯電話を開き充電器に接続。
バッテリー残量は6%。
まずは緊急連絡網を整理する。
1. 柚希への謝罪メッセージ作成(保留中)
2. 紫苑の名刺番号への問い合わせ内容検討(明朝開始)
3. 新たな収入源確保作戦立案(詳細後述)
「よしっ……」
自分自身に喝を入れるとヨシオは静かに目を閉じた。
段ボール越しに聞こえる川のせせらぎが心地よい。
明日はきっと新しい展開があるはずだ。そう信じて眠りについた。
---
薄い段ボール壁を透過して差し込む朝陽がヨシオの顔面を照らす。
まぶしさに瞼が痙攣した。
「ん……」
短いうめき声と共に目を開く。
最初に認識したのは天井を形成する段ボールの皺模様だ。
昨夜組み上げた「カプセルホテル」内で迎える初の朝だった。
(思ったよりマシかもな)
起き上がり際に体を伸ばそうとするが壁がすぐに当たる。
さすがに175cm超えの体躯には狭すぎる設計だ。
**起床チェックリスト**
1. 手持ち現金確認 → ¥3,152-
2. 飲食物在庫確認
- おにぎり2個(消費期限: 今日)
- 牛乳パック1L(期限: 今日)
- 鯖缶2個(常温保存OK)
3. 天候確認 → 曇り(降水確率20%程度)
4. スマホ充電率確認 → 15%
5. トイレ状態 → 清潔(段ボール壁内設置)
**朝食メニュー考案**
「さて……」
段ボール壁を軽く押して開口部を作る。
朝靄が立ち込める河川敷が視界に入った。
爽やかな風が寝起きの肌を撫でる。
「やっぱまずはコイツだな」
冷蔵庫代わりの小型保冷バッグからおにぎり一個を取り出す。
包装フィルムには『消費期限: R8.7.3』の印字が見える。
危険水域だ。
「まぁ大丈夫さ」
躊躇なく噛みしめる。
程よい塩加減の米粒が口いっぱいに広がる。
米の水分がかなり飛んでパサパサになっているがまあそれさえ我慢したら食べれるレベルだ。
次いでペットボトル殻で製作したコップでコーヒー牛乳を作る。
賞味期限がやばいが腐敗臭はなし。
ひと口含むと……
「ん!」
微妙な酸味が舌先を刺激した。
長期保管による劣化は否めないが十分許容範囲だ。
**食後行動プラン**
1. 衣類洗濯計画
- 濡れタオルで全身拭き掃除
- 下着類脱衣&川で手洗い
- 日当たり良好箇所に干す
2. 本日の稼働予定
- 午前: コンビニバイト面接二件(9:30~/11:00~)
- 午後: 柚希対策会議
3. 中長期視点で重要案件
- 紫苑連絡方法確定(10時頃開始)
- 冷房設備導入検討(段ボール内の夏対策)
- 安定収入獲得戦略練り直し
**現実逃避の誘惑**
「でもなぁ……」
牛乳パックをゴミ袋に入れつつ呟く。
本当は全て投げ出して惰眠を貪りたい衝動に駆られる。
この段ボールカプセル内で永遠に籠っていたい――
「でもなぁ……
(柚希は今頃怒っているだろうな……)
胸の内をよぎる罪悪感。
昨日の歩道橋での一件がフラッシュバックする。
涙で潤んだ瞳。「嘘つき」という言葉。
逃げるように走り去る小さな背中。
(紫苑は何が目的なんだ?)
記憶の中の紫髪が風になびく。
あの高級車センチュリーが再び脳裏に浮かぶ。
月城家総代代理という立派すぎる肩書き。
何故自分に近づいたのか?
二つの思考が錯綜し始めた瞬間、突然猛烈な眠気が襲ってきた。
「くっ……!」
抗い難い倦怠感に視界がぐらつく。
段ボール壁に寄りかかると急速に意識が遠のいていく。
「まずい……起きな……いと……」
最後の抵抗も虚しく瞼が閉じた。
そして夢が始まる――
**二度寝の幻想**
夢の中のヨシオは奇妙な浮遊感に包まれていた。
まるで水中を漂っているような感覚。
周囲は虹色の濁流で満たされ色彩が蠢いている。
前方からふたつの影が近づいてくる。
一つは金色に輝きもう一つは紫紺色の光彩を放っていた。
『おじさま』
聞き慣れた声に目を凝らすと柚希の輪郭が現れる。
しかし現実とは異なる異様な透明感を持つ彼女は水滴のように儚げに揺らいでいた。
『あなたは一人ではありません』
もう一方は紫苑だ。
こちらは闇を纏う妖艶な女性として具現化している。
紫色の長髪が水流に乗りながら踊っていた。
二人はまるで磁石に引かれる砂鉄のようにヨシオの両側に集まり寄り添ってくる。
柚希の体温は夏の麦畑のように温かく紫苑の肌は冬の月下美人のように冷たい。
相反する矛盾した感覚が同時にヨシオを貫いた。
『私たちと一緒に来てほしいんです』
『すべては貴方のためにありますから』
異なる色調を持つ唇が同時に動く。
言葉が融合して一つの旋律となる。
二重奏のように美しく調和した歌声が鼓膜を揺さぶる。
**現実への回帰**
「うぅ……!」
突如激痛が走った。
股間を強烈に圧迫される感覚で飛び起きる。慌てて下半身に触れると……
「最悪だ……」
ベージュのボロボロになったジーンズには明らかな跡が残っていた。
若かりし頃ならいざ知らず四十半ばでこのような生理現象に苛まれるとは。
しかもよりによって実の姪と謎の美少女を想像して――
「最低だ……」
自己嫌悪に打ちのめされるヨシオ。
しかしこれが現実だった。
段ボールカプセル内には既に日差しが差し込み暖気に満ちている。
時計は7時30分を指していた。
「コンビニバイトの面接に行かなきゃ」
重い足取りで出口を目指す。
入口を開くと夏の朝日が容赦なく照りつける。
眩しさに目を細めながら決意を新たにする―
(どんな夢を見ようと俺は前に進まなきゃならない)




