嵐と平穏の間 (続き)
**夜・寝室**
布団に潜り込んだヨシオが暗闇の中で左肩をさする。じんじんとした痛みが治まらない。
(花音は今頃どこで何してるんだろうな)
フランスに渡った彼女の消息は途絶えたままだ。
紗月に関しても法廷闘争が続いていると聞く。
(この騒ぎが落ち着いたら一度会いに行きたいもんだ)
枕元の携帯が震えた。LINE着信。表示された名前に思わず起き上がる。
《久しぶり。元気?》
差出人の名前を見てヨシオの表情が変わった。
《花音》
《肩は大丈夫?あの傷》
続くメッセージに指が震える。国立競技場での事件の一部始終を知る数少ない人物だ。
《ああ。大丈夫だ、時々疼くがな》
返信するとすぐに既読マークが付いた。
《本当は直接会いに行きたいんだけど》
《事情があって日本には行けないの》
《そりゃあ大変だな》
《こっちも色々あるぜ》
メッセージを打つ手を止める。
雅也の選挙戦や柚希の奇妙な行動について伝えるべきか迷う。
《旧伯爵家の動きが怪しい》
《柚希ちゃんの安全を考えて》
突然の核心に触れる内容にヨシオが息を呑む。
《どういう意味だ?》
《詳しく》
数十秒の空白の後、花音から一枚の写真が送られてきた。
パリのカフェで撮影されたと思われる写真には――見覚えのある若い男の横顔が写っている。
《何度か家の周辺で目撃している》
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
**翌朝・リビング**
「おはようございます」
珍しく早起きしたヨシオがテーブルに並んだパンをかじる。
テレビからは既に雅也に関する報道が流れていた。
『与党幹事長の突然の出馬宣言により党内は激震に……』
「うるさいわね」
柚希がイヤホンをつけたまま通り過ぎる。長い髪がふわりと靡いた。
(こいつの安全を考えてって……)
昨夜の花音のメッセージが頭を巡る。
柚希が階段を駆け上がる直前、制服の袖からちらりと見え隠れした痣のような痕。
「おい柚希」
「なに?」
「その腕どうした?」
「なんでもないよ!」
急に態度を変えた柚希が浴室へ駆け込む。
閉まったドアの向こうでかすかに嗚咽が聞こえた。




