誘惑の代償
(ガチャ)
玄関の鍵が開く音と共に響いた声に二人の時間が凍りつく。
「ただいま」
ビジネススーツの肩から滴る雨粒が絨毯に滲む。
疲労と怒りがない交ぜとなった表情で二人を見下ろしている。
「父……さん」
柚希の呟きが最後の糸を断ち切った。
ヨシオが慌てて身を引く。
彼の視線が雅也と真正面から衝突する。
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**リビングルーム**
「ヨシオ!柚希から離れろ!!」
命令形の言葉が部屋に響く。
ヨシオは微動だにしない。
まるで嵐の前の静けさのように。
「雅也さん」
ヨシオの声は低く抑えられていた。
「俺は柚希を慰めていただけだ」
「慰め?」雅也の眉間が歪む。
「抱き合いキスをしようとしているようにしか見えなかったが」
「誤解です!」
柚希が飛び込むように割り込んだ。
「私が具合悪くなって……おじさんが支えてくれただけで……」
「柚希は黙っていろ」
雅也の一喝に柚希の肩が跳ねる。
その眼差しは政治家というより裁判官のようだ。
「やはり貴様のような輩を家に入れたのは間違いだった」
足早に近づきながら言葉を続ける。
「直ぐに出ていってくれ」
ヨシオが息を詰めた。
部屋の温度が急降下したかのような錯覚。
「雅也さん……」
「理由は言わなくても分かるだろう?」
雅也が革靴で絨毯を踏みしめる。
「もうすぐ総裁選があるというのに」
皮肉めいた微笑みが浮かぶ。
「ホームレスを住まわしているとでも噂がたったら……影響が出る」
柚希が震える手で口を覆う。
父親の言葉は刃のように自分自身を貫いた。
「父さん!」
悲鳴に近い叫び。
しかし雅也の視線は娘を一瞥したのみだ。
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**廊下**
深夜二時。
荷造りを終えたヨシオが玄関に向かう途中、柚希が暗闇の中から現れた。
「本当に行くの?」
「ああ」
ヨシオのバッグは必要最小限の品だけを詰め込んでいた。
「私のせいだよね……」
柚希の目尻が濡れている。
「違うさ」
彼の手が彼女の髪を梳くように撫でる。
「守るために離れるんだ」




