そんなつもりじゃなかった、と彼女は途中にも言っていた。
「ただいま」
小谷君を送り終え帰宅したわたしは部屋に入るとふう、と息を吐き制服から着替える。
「……と、流石にね」
わたしはソレを倒し、脱ぎ始める。今日は体育があり汗をかいたので早く着替えたかった。小谷くんより優先するものはないけど。
帰り道、汗臭くなかったか不安になる。思わず自分の身体をかぐ。大丈夫、のはず。小谷君が不快にならないように匂いには気を遣っているつもり。それに……。
『小谷ってさ、香水とか苦手そうだよね?』
前に、小春がファストフード店で小谷君に聞いていたのを思い出す。
『あ、ああ……うん。あんま得意じゃないかも』
『じゃあ、好きな匂いとかある? アタシと輝咲と陽真理だとどの匂いが好き~?』
「……! あ……」
服を強く握りしめていることに気付き、慌てて放す。小春は距離感がおかしい。いや、三人とも小谷君にニヤニヤしながら迫っていった。あの時には本当に何を考えているんだと思った。
他の男子が匂いの話したときには近づいてくんなとかいやがってたのによりによって小谷君にみんなで近づくなんて。
小春は好きな人がいるし、輝咲も彼氏いるのに。陽真理はよくわかんないけど。わたしがとめなければどうするつもりだったんだ。その上、小春のやつ……。
『じゃあ、ひかりの匂いはどう? いつも嗅いでるでしょ?』
なんて聞くもんだから、その時小谷君コーヒーを噴き出しちゃったじゃないか! まあ、わたしも噴き出したけど。しかも、わたしが怒ってもひかない小春。
『だって、ずっと一緒にいるのにヤな匂いだったらお互い嫌でしょ? で、どう? 小谷?』
『え……あ、いや、ではないよ。えーと、いい感じ?』
「ふふ……」
小谷君の言い淀む顔を思い出し、笑ってしまう。
ああいう時の小谷君の顔はかわいい。
鼻元に寄せた服の匂いを嗅ぐ。柔軟剤の匂い。小谷君にとっていい感じの匂い。髪を指で梳いてちょっと匂う。うん、ヘアオイルの匂い。これも小谷君にとってはいい匂い、のはず。
鏡に映った自分の髪を見る。中学校時代よりも黒い黒髪。自然な黒さではなく、塗りつぶした黒さ。だけど、今のわたしにはぴったりだと思う。
『小谷っちはさ、ひかりは今の黒髪がいいと思う? 前の明るい髪がいいと思う?』
そう言ったのは陽真理。みんな本当に小谷君に質問責めだった。
『あー……えっと、キモかったらごめん。今の黒髪は、清楚系で似合ってていい、感じでかわいいと思うし、明るい色も、元気、な感じで、それはそれで似合っていてよかったとは思う』
小谷君はほめるのが上手い。お母さんに鍛えられたからと言ってたけど、隙あらば細かくほめてくれる。しかも、下心がある感じじゃなくて、すっと自然にほめてくれる。
『小谷くんは褒めるのがうまいね。ね、ひかり?』
ウチのグループのまとも枠、輝咲の言葉にはその日も頷いてばかりだった。二人にも輝咲を見習ってほしい。……小谷君は、ずっと輝咲のポテトの食べる真似をしてたけど。
「それにしても……」
三人とまたゆっくり話せるようになれてよかった。
わたし自身、もう三人とも楽しく話すことはないだろうなと思ってしまっていた。
だって、わたしは小谷君をすごく傷つけた人間で、誰かと笑いあって楽しいなんて思っちゃダメだと思っていたから。
だから、三人がすごく気を遣いながら話しかけてくれてたけど拒絶していた。なのにそれでも、小春たちは三か月ずっとふさぎ込んでたわたしと三か月前と変わらず話しかけてくれた。
本当に大切な友達。中学校から上がる時、すぐ友達になれた三人で、高校からの新しいわたしを小春たちが受け入れてくれたから自信が持てた。進級時のクラス替えの時は三人とまた一緒の奇跡が起きて泣いた。
そんな三人とまた友達になれて、本当にうれしかった。それも小谷君のお陰だ。
でも……。
『い、いいいいや、そうじゃなくて、なんというか、朝霞がね、やっぱり3人と話してると、なんかこう肩の力が抜けてるみたいで、ほんとに4人が仲良いんだなって、めっちゃいいグループなんだなって思って、なんか勝手に感動してたし、朝霞が楽しそうに笑っててうれしかったん、だす』
Tシャツに袖を通しながら小谷君の声を思い出す。ほんとうに……小谷君は……すごい。正直、それまでの小谷君との思い出はなさすぎて何か会話をしていたかも定かじゃない。でも、あの日から今までのことは全部覚えてる。忘れない。
今日の小谷君の声だって耳に残っている。
『お前らだって追い詰められてる朝霞に何も出来なかったんだし、今も何も出来てねーだろうがよ! ……朝霞は! ずっと苦しんでんだろうが! 俺に絡む暇あるんなら! なんかしろよ!』
赤城君たちへの言葉。教室に小谷君を迎えに来た時に聞こえた赤城君たちの言葉で潰そうと教室に入ろうとした時の小谷君の叫び。
お前ら『だって』っていうのが小谷君だった。小谷君は何故か自分も責めてる。もっとわたしに出来たことがあったんじゃないかって思ってる。わたしのために。わたしのために。
胸が痛くなりドアの前で立ち止まったわたしに小谷君の声が響き続けた。
『朝霞のこと好きなら! 朝霞のことを考えろよ! 朝霞は! 朝霞は! あ、あ、あ朝霞は!』
朝霞って大声で呼んでくれるたびに心臓が跳ねた。小谷君はわたしのために怒ってくれた。わたしのために叫んでくれた。わたしのためにたたかってくれた。小谷君は。
そんな小谷君だから、周りに集まる人もやさしい。
例えば同じクラスの中原君。小谷君と直接話したい小春に頼まれてわたしの足止めをしてた。邪魔だと思っちゃったから睨んだら、ちょっとだけ長めの言い訳みたいなことを言って時間稼ぎをしてた。怖くても頼まれたことをやるのは小谷君のともだちっぽい。あと、小谷君の情報をくれる。いい人。
あと、隣のクラスの日野君。日野君の噂は前からよく聞いてた。すごいモテてたし、何故かわたしはよく日野君をおススメされてた。お似合いだって。全然そんなことないのに。日野君は天然の太陽、わたしは作られた太陽もどき。
とはいえ、小谷君に近づきすぎだと思うけど。幼馴染みだからって近づきすぎ。で、なんかすっごい挑発してくるし、小谷君のこと八雲って呼ぶし……わたしは何度か下の名前呼びに挑戦したけど出来なかったのに。やっぱ男子と女子では難しさが違うと思う。それを嬉しそうにわたしに見せつける腹立つ人。
でも、体育の授業の後、
『朝霞ぁ~、連絡先交換しない? 小谷のことで相談とかお互いあったら便利でしょ?』
と言われて連絡先を交換した。そして、小谷君の情報と写真をいっぱいくれた。いい人。
「あ、そうだ……さっきプリントアウトしたのも貼らないと……って、ん?」
ソレを直した瞬間、スマホが鳴る。慌ててとるとやっぱり……小谷君だった。
『朝霞のおすすめ読み終わった! ガチで衝撃の展開でビビった! おもしろすぎんか? ありがとう!』
「ふふ……」
小谷君からのメッセージで笑みが零れる。小谷君は、すごい正直な人で、『おもしろい』『おいしい』『すごい』をすぐに言ってくれる。『ありがとう』もそう。本当に小谷君は、正直ですごい。
「小谷君はこういう作品も好きなんだね……うん」
わたしは、小谷君がおもしろかったという作品名をカードに書く。そのカードを小谷君の好きなものゾーンにはる。
「小谷君、なんでもちゃんと面白いって言ってくれるから……スペース足りないかも。ね?」
わたしはコルクボードいっぱいに貼られた小谷君カードを見上げ、そして、隣のさっき倒した小谷君の写真がいっぱい貼られたボードに貼られた小谷君に話しかける。その隣は小谷君のくれた言葉ボード。小谷君のために、小谷君のことをずっと考えられるように。高校受験の時のボードがこんな形で役立つとは思わなかった。
ああ、小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君小谷君!!
どんどん小谷君に満たされていく感じがして、わたしは思わずにやついてしまう。
わたしが絶対に一番たくさん小谷君のことを知っている。絶対に。日野君でも中原君でもなくわたしが、絶対に。
「…………でも」
ふと机に置かれたメモが視界に入る。そこに書かれていたのは、小谷君の松葉杖がとれる予定の日。もし、両手が自由になって、どこへでも自分の足で行けるようになったら小谷君は、わたしの事を必要としなくなるんだろうか。
小谷君にとって……。
わたしは、ベッドに飛び込みまくらに顔を押し当てる。
元気になった小谷君が求めればわたしは小谷君から離れるつもりだった。
そんなつもりだったのに……。
「とりあえず、新しいコルクボードを買いに行かなきゃ」
わたしは今の悩みから目を逸らしベッドから降りる。
そして、小谷君が松葉杖を離した時、わたしたちを悪意が襲い、二人の関係が変わっていくことになるのをその時のわたしはまだ知らなかった。
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