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第二十話

 静かに矛を収めるとエリナ様は俺の目の前でしゃがみ込むと、「アルヴァ様、お手を」と、優しく手を差し伸べてくれる。


 彼女の善意に甘えてその手を掴み引っ張ってもらった。実際、そうしてもらえなければ立てなかった。人に手伝ってもらわないと自力で起き上がることすら出来ないことに驚きを隠せない。自分がここまでやられたなんて……。


「ここまで自分が追い込まれると思いませんでした。流石、エリナ様ですね。どれも一枚上手で……」


 体についた砂埃を払いながら彼女の勝利を祝福しようと褒めの言葉を並べようとした。しかし気に入らなかったのか、不服そうに睨んでいるのを見てすぐ口を閉じた。

 

「アルヴァ様、お怪我はございませんか?」


 睨んでいた時と一転し、身の安否を心配してくれている。彼女に引っ張ってもらえないと立ち上がることすら出来ないほど体がボロボロなのは確かだ。試しに歩けるか一歩前に出すと節々が痺れるような痛みを感じて、そのまま倒れ込むところを再び助けてもらった。「申し訳ございません」と耳元で謝罪の言葉を聞いた後、次のように話した。


威風堂々(いふうどうどう)、これが、私たちシャーロット家に伝わる家系魔法ですわ」

「……家系魔法。……そうか、そうなのか」


(限られた血筋の者が使える……これが家系魔法。そりゃあ、ここまでやられるわけだ)


 アルヴァにとって、ここまでボロボロになったのは初めてのこと。彼自身、このような状態になってしまうほどの差があると思っていなかった(全力を出し尽くしても勝てると思えなかった相手だが)。エリナの口にした『家系魔法』に納得させられる。実力差があるのは目に見えてわかっていたが、家系魔法を出さざるを得ないところまで追い込んでいたんだと、妙に誇らしい気分になっていた。証明するように、やり切ったような清々しいような顔つきをしている。


「アルー!!」


 兄さんの声に反応して振り返ると、屋敷から猛スピードで駆けてきた。きっと家系魔法のあの爆風に驚いたのだと思う。アルヴァの姿を見た途端、この世のものではない何かを見てしまった、とでも言わんばかりに口は開けっぱなし、目は瞬きすらしない。


(これが威風堂々(いふうどうどう)の威力……アルがこんなになるなんて……)


「どうしたの、兄さん?息が荒いよ。ここまで走ってきたの?」

「俺なんかより自分の心配をしろバカ、身体中ボロボロじゃないか」


 

「ちょっと触るぞ」と言い、アルヴァの返事を待たずに体を触った。強く押しているつもりはないが、口には出さずとも痛がっている様子が見て取れる。

 

(全身にかけて大小様々な切り傷に打撲……エリナ様に支えられているのを見る限り、立ち上がるのもやっとってことか。骨に異常はなさそうだな。……むしろこれだけで済んだのが幸いってところか?)


「兄さん、痛いってば」

「ああ、すまん。少し夢中になってた。……まあ、大事になってなさそうでよかった。歩けるか?」

「当然だよ、ほら」


 と、実演してみせるがはじめの一歩目から崩れかけたのを見て、隣にいたエリナがすぐ補助に入ってきた。

 

「アルヴァ様、本当に申し訳ございません」


 エリナは深く頭を下げる。声は震え、動揺を隠せないようだった。きっと彼女もここまでなると思わなかったのだろう。ただ一つ、気がかりな事がエクスにはあった。

 

(一度でも使ったことがあるなら、ある程度威力は把握しているはずだよな……でもエリナ様の動揺の仕方からして、初めてこの家系魔法を使ったのか?)


 どんな人も、自分が生み出した炎や水に驚いて火傷のような外傷を負うことはザラにある。何度も試してようやくコツを掴み、日常で使いこなせるようになるぐらいだ。数日前ようやく使い始めたアルヴァの水魔法も、はじめは制御できずに部屋中を水浸しにした。部屋中の水をどうやって処理すればいいのか、と慌てふためく姿は忘れることができない。今のエリナに当てはめるとまさに、魔法を使い始めたばかりのアルヴァに似ていた。違うのは、それによって誰かに傷を負わせてしまう事。魔法に詳しくないエクスもこれまでの経験からこの考えに至った。


「謝罪なんて必要ないですよ、エリナ様。これは二人の()()、怪我することぐらい初めから承知の上です。それに……」

「アル、楽しかっただろ?」

「うん!今までで一番楽しかった!」

「おう、そうか!」

 

 アルヴァの言葉に偽りはない。その顔が全てを物語っている。エクスも理解していた。


「アルもこう言っていることですし、エリサ様が気を負うことはありませんよ。始まる前、こう仰っていたではありませんか、『互いに全力を出すのが最も重要』だと」

「しかし……私は……」


 

 彼女に巣食う動揺を少しでも和らげようと試みたが、その様子から上手くいかなかったようだとエクスは察した。咲き乱れる薔薇のように活発だったお方が、今は花壇の隅で枯れた雑草のようになっている。当初予定していたおもてなしどころではないと、心の中で焦燥感に駆られてしまいそうになった。そんな考えをよそに、空気も読まずその口を開いた。


「でもやっぱ勝ちたかった!」


 その言葉とは裏腹に悔いを感じさせない爽やかな笑顔。ここまで笑っている姿を見るのも久しぶりだ。


「その割には笑顔だけど?」

「だって楽しかったんだもん。それに、兄さん以外の人と戦うのは初めてだったし」

「それもそうだな。頑張ったな、アル、偉いぞ」


 無邪気に笑うアルヴァの頭をわしゃわしゃと撫で回した。


「兄さんやめてよ、まだ体痛いんだからさ〜」


 そんな言葉を並べるが抵抗しない。むしろ今日は腕に吸い付いてくれる。今のアルヴァは満ち足りているみたいだった。


「だからエリナ様!また手合わせしてください!」

 

 おかしなことを言っているのではないかと思わんばかりに目を見開く彼女。自力で立つことも難しい人に再戦を申し込まれているのだ、そのような反応をされてもおかしくない。


「満身創痍の状態で何言ってんだよアル、いくら楽しかったからって再戦を申し込むなんて……体を壊したら元も子もないだろ?」

「分かってる、だから手合わせはまたいつか。それまでに俺も、もっと鍛錬して強くなるんだ!剣の腕も、魔法も!今よりずっと強くなって、今度は俺が必ず勝つ!」


 (アルがここまでやる気を見せるなんて……珍しい)


 アルヴァの宣言はエクスを感心させた。この瞬間、エリナ・シャーロットとの戦いはアルヴァにとって目指す道標となる。女神から与えられた使命を忘れた事は一秒たりとも無いが、そのスケールは誰も計り知れない。想像できるだろうか、貴族として生まれた人間がその土地を治めるだけでなく、世界の今後を左右する役割を背負っているなんて。最終目標が世界の平和である事はRPGならよくある事。しかしながら、これは現実である。一度でも死んだらお終い。レベルアップするみたいに自分の努力が可視化されるわけでも無い。生きなきゃいけない。自分が死なないように強くならなきゃいけない。強い人はアルヴァも知っている。目指すべき者としては恵まれているが、そのどれもが自分より体格が騎士としての経験が違うため、目標として掲げるよりも憧れの対象として見ていた。ところが、彼女は同年代で体格はほとんど変わらない。そして打ち合いの結果、全身に傷を負うことになった。師事する人間は違えど同じ世代に生まれた人間、アルヴァは戦って初めて、今の自分が越えるべき壁を見つけ出した。


「……アルヴァ様」

「なんでしょうか!」


 静かな口調で名前を呼んだエリナと対照的にハツラツと返事を返したアルヴァ。手合わせの返答が来るのを待ち望んでいるようだ。


「手合わせのお誘いですが……断らせていただきますわ」

「え……?」

作者の瑠璃です。

まずは読んでくださりありがとうございます。

この作品はタイトル通り、それぞれの視点で描かれる異世界物語です。魔族サイドのお話もあるのでもしよろしければその作品も読んでいただけると嬉しいです。また不定期投稿なので気長に待っていただければと思います。ブクマ、評価等していただけるとめっちゃ喜びます!!

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