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第四話 おつかい

 あたしとカイは、メアリー様におつかいをしてくるようにと言われた。


「おつかい……ですか?」


 あたしが少し小さな声で言うと、メアリー様はあたしの目を見つめて言った。


「そうです。日用品の買い出しですが、こういったこともあなたたちの仕事です」


 カイを見る。カイも緊張しているようだった。


 ――あたしたちは、スラムからここにきて、まだ一度もお屋敷の外に出ていない。


「これは、わたしからのひとつの試験でもあります」


 メアリー様は少し厳しい口調で言った。


「もちろん、あなたたちをスラムに捨てたりはしません。それは前に言ったことです。けれど、あなたたちはずっと雑巾がけで過ごしていいのですか? あなたたちの人生はそれでいいのですか?」


 人生……。考えたこともなかった。スラムにいたときは、明日なんて、ううん、いつだって死んでしまうだろうって、あきらめていたから……。


「メアリー様……わたしとライラには、人生というものがよくわかりません……」


 あたしは頷くことしかできなかった。


「ただ、メアリー様がおっしゃることなら、正しいことなのだろうと思います。がんばります」


 カイはきっぱりと答えた。親友が信じていることなら、あたしも信じてみようと思う。


「メアリー様……あたしも、がんばります」


 そういうと、メアリー様は「あなたたちなら必ずできます」と言って微笑んでくれた。




 翌日、朝のまかないを食べてから、あたしたちは出発した。


 お屋敷は小高い丘の上にあって、森を背負う形で建っている。だから街を見下ろすことになる。


 大きな壁にぐるっと囲まれた街は、それだけであたしの背中をゾワッと震わせた。


 街にはたくさんの人がいる。もしスラムみたいに怖い人がいたらどうしよう……。


「ライラ、行こう」


 カイがあたしの右手を引いてくれる。そのあたたかさに少し安心したあたしは、左手に大きな買い物かごを持って街に向かった。




 *




 街は賑やかさと華やかさとたくさんのひとたち、そして乱暴と怖さであふれていた。


 いろいろな商売をする人や、メイド服のあたしたちをじろじろ見てくる男の人たち。


 どれだけひとにぶつかっても気にしない冒険者。


 みんなあたしたちより背が高いから、空も太陽も見えないし、なによりカイとはぐれそうになる。


 ようやく人込みを抜けると、そこはちょうど市場だった。良かった、買い物カゴも壊れていない。


 カイの様子を見た。あたしは結構荒っぽいけれど、カイは繊細だから人とぶつかってばかりで、あちこち埃にまみれていた。


 あたしはカイの服の汚れを取ってあげて、買い物カゴを持ち直すと、


「おつかいがんばろうね、カイ」


「がんばろうね、ライラ」


 お互いに励ましあってから、買い物を始める。


 別に難しいものを買うわけじゃない。ジャガイモとか、にんじんとか、ブロッコリーとか。……あたし、このブロッコリーのつぶつぶ、苦手なんだよな。買わずに帰れないかな……無理か。


 あたしたちは役割分担をした。――あたしは読み書きと計算ができないのだ。でもカイはできる。しかも紙に書いたりせず、頭の中で計算ができるらしい。本当にすごい。


 そんなわけで、読み書きと計算はカイにお願いして、あたしは荷物持ちになることにした。


 カイは露天のおばちゃんに注文をして、正しくお金を払う。


 丁寧な仕草でお釣りをもらってから、あたしはカゴに買ったものを入れる。あたしたちのような小間使いがおつかいにくるのは珍しいらしくて、いろんなお店の人たちがちょっとオマケしてくれたりした。


 このカゴの中身がどうなるのかは知らないけれど、旦那様や奥様、メアリー様たちに食べてもらえたら嬉しいな、と思った。


 こうしてメモに記されたお買い物はぜんぶ終わったと、カイが教えてくれた。


 これからどうしよう。


 じつはあたしたちは、おこづかいをもらってきていたのだ。


 ふたりとも、銅貨1枚。カイが言うには、子どものおこづかいとしては十分すぎるという。


「カイ、どうしようか」


「ライラはなにがいいと思う?」


「うーん……」


 ふたりで話しながら歩く。夕方になってきて、人通りも減ってきた。


 そのとき、ガラン、ガシャンという音が鳴り響いた。


 見ると、おもちゃ屋さんの棚が倒れて、おもちゃが転がってしまっていた。あたしは買い物カゴを置くと、カイと一緒に片付けるのを手伝った。


「おお、お嬢さんがた、ありがとうよ」


 おじいちゃんにお礼を言われて、なんだかこそばゆい気持ちになった。


「ねえ、カイ」「どうしたの?」


 そのとき、あたしは()()を見つけた。




 *




「カイ、ライラ。ふたりとも、心配したのですよ、こんな夜まで何をしていたのです?」


 お屋敷に帰り着くと、メアリー様がランタンを掲げて出てきてくれた。その顔はとても焦っていて、少し怒っているのが分かった。


「ごめんなさい、メアリー様……」


「とにかく、けがはしていないのですね?」


「は、はい、おつかいもきちんとできました」


 あたしが答えると、メアリー様はふーっと息を吐いた。


「ふたりともおつかれさまでした。けれど、夜更けまで外にいるのは禁止です。その時は、何があっても切り上げて帰ってくるようになさい、いいですね?」


「はい、ごめんなさい」


「おつかいの中身は、明日あらためることにして、今日は二人とも、もう休みなさい」


「あの、メアリー様、その前にお渡ししたいものが……」


「?」


 メアリー様がポカンとしている中、あたしとカイはそれを差し出した。


 ペンダントだった。


 あのとき、おもちゃ屋さんの人形が首にかけていたペンダントを、ふたりのおこづかいを合わせて買ってきたのだ。


「これ、メアリー様へのプレゼントです。受け取ってほしいです」


 ふたりで勇気をもって差し出す。あたしとカイの手が少し震える。気に入ってもらえるか、手に取ってもらえるか、心配になる。


 メアリー様は、しばらく口に手を当てていたけれど、そっとペンダントをとって、首にかけてくれた。


「似合いますか?」メアリー様はちょっと泣いていた。


「はい、とても」


 こうして、あたしとカイの、おつかいという名のちょっとした冒険は終わった。


(つづく)

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