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第三話 まかない

 小間使いにはまかないが出る。


 まかないとは使用人や働いているひとに出される食事のことで、あたしとカイも食べさせてもらえる。


 ほんとうにうれしい。スラムでカビや泥にまみれたパンを奪い合ったり、ひとかけらのクッキーをカイと分け合ったときのことを思い出して、ちょっと胸のなかがチクッとした。


 まかないは旦那様や奥様、メイドさんたちに出されるお食事とは違う。


 だいたいは、毎日の旦那様たちの料理であまった食材を使って料理長さんや料理人さんがつくってくれる、ちょっと質素なものだ。


 たとえば、ジャガイモが崩れてしまったシチューや、ほんのちょっとだけ焦げてしまったパン、余ったミルク、などなど。


 お屋敷の料理を作ってくれる人たち、とりわけ料理長さんはあたしたちにも優しくて、「たくさん食べろよ」と言って、余った食べ物を使っていろんな料理をつくってくれた。


 ときには、チャーハン、ラーメンなんていう名前の変わった食事をもらったこともある。


 東の国の料理らしいけど、あたしにはよくわからない。


 わかるのは、おいしくて、たくさん優しさが込められていることだけだった。


 あたしが好きなのはロールパンだった。香りが素敵で、表面はちょっと硬めで、でも中はふんわりやわらかくて、バターの香りがする。


 カイは好きなのは、シチューだった、野菜がゴロゴロ入っていて、たまにお肉が入っているミルクシチュー。ミルクは毎日朝早く、お屋敷にミルクの配達員さんが届けてくれるらしい。


 カイはいつもあたしより落ち着いていて礼儀正しいけれど、食事の時だけは、あたしよりニコニコ笑いながらおいしそうに食べる。


「カイ、今日も幸せな顔をしてるね」


 あたしがそう言うと、


「だって、おいしいんだもの。これ以上、幸せなことはないよ」


 ってやり取りをしたこともあったなあ。


 そうそう、まかないは一日三食出るよ。お昼が一番量が多くて、朝と夕方はちょっと質素。


 これはあたしたちだけじゃなくて、お屋敷、とりわけ旦那様に合わせているのだとか。


 旦那様はどういう考えの方なんだろう。いつか話せたらいいな。


 ちなみに、まかないは決して残飯じゃないよ。余った食材を腐らせないよう、それとあたしたちにお腹いっぱい食べられるように、っていう旦那様からのお申しつけらしい。


 前に、スラム上がりなんだから、最悪残飯でもいいや、と思っていた自分を反省したことがある。二度とそんな失礼なことは考えない。




 *




 夕方までのおつとめが終わって、厨房に顔を出す。


「おう、お嬢ちゃん達か、ちょっと待ってな」


 料理長さんはあたしたちに言ってから、厨房の火に向き直った。あたしたちはイスに座って待つことにする。


 むせるような火の匂いと薪の匂い。けれど、匂いも煙も、かまどのうえにある穴にどんどん吸い込まれていく。これも『まどうぐ』の一種なのかな。


「む、こりゃいかん」


 料理長さんがフライパンを動かす手を止めた。見ると、レンガ造りのかまどの火が消えてしまっていた。


「……参ったな。嬢ちゃんたちに生焼けのものを食べさせたくはねえし……」


「火起こしの魔道具は無いのですか?」


 カイが聞くと、なんでも故障中らしい。『まどうぐ』にもいろいろ種類があるみたいだ。今度カイに教えてもらおう。


 料理長さんは必死に考えてくれている。


「カイ、なんとかならないかなあ?」


 カイは少し考えた後、にっこり笑って言った。


「あるよ」


「ある?」


「忘れたの? ライラは火の魔法が使えるでしょ?」




 というわけで、薪を細く削って小さな枝にして、あたしの指先から火をちょろっと起こす。枝の先をチリチリと炙ると、小さな火種ができた。それを薪の奥深くに差し込んで、しばらくすると、薪が再び火をおこし始めた! 成功だ!


「おおすげえ、さすがだな、嬢ちゃん……いや、ライラ!」


「あたしだけじゃできなかったですよ、カイが考えてくれたからできたんです。ありがとう、カイ!」


「カイもありがとうな!」


 料理長さんはあたしとカイを見てあたしたちのあたまを撫でた。


 油と煤で汚れているその大きな手を、あたしは嬉しいと感じた。


 お父さんのことは覚えていない。いなかったのかもしれない。


 けれど、お父さんに撫でられるのって、こんな感じなのかなあ、って思った。


「どうしたライラ? 煙が目に染みたか?」


 気が付くと、あたしはポロポロと泣いていた。カイがあたしの目元を拭いてくれる。


「……おとう、さん」


 あたしはその言葉を口にせずにはいられなかった。


 料理長さんはあたしを抱きしめると、


「すまねえライラ、俺はおまえのお父さんにはなってやれねえ。けれど、いつかお父さんにあったら自慢できるくらい、おまえたちにうまい飯をつくってやる。いまは安心してこのお屋敷にいるんだ、いいな?」


「はい」


 あたしは料理長さんの分厚い前掛けをぎゅっと握って、しばらく泣かせてもらった。


 やがてカイが、


「ライラ、このままだと料理長さんが料理ができないよ」


 というので、あたしはようやく手を離すことができた。


「……よし、今夜はいっとう、おいしいものをつくってやるからな!」


 ちなみに、まかないは鹿肉のシチューだった。


 とっても、おいしかった。香り、味、そして――優しさが、おいしかった。


 ごちそうさまでしたをしてから、あたしたちは自分たちが使ったお皿の洗い物をすますと、料理長さんにあいさつをして、厨房を出ていった。


「ライラ」


「カイ」


「「幸せだね」」


 ふたりの言葉が重なった。


(つづく)

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