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18 科学者、異世界に移住する 5

 究理(さだみち)たちを取り囲んだ男たちは、一見すると村人の様に思えたが、どうも何かが違う。怒っている様子も無く、静かで、誰一人口を開く者がいない。そして、その手には農具ではなく、血濡られた剣が握られていた。究理(さだみち)は武芸者ではないので、その殺気を感じ取ることはできなかったが、そんな彼にも相手が危険な存在であることが察せられた。

 こんな相手では、さすがにメアリーに交渉させるのも危険そうなので、どう対応しようか迷っていたら、男の一人が口を開いた。


「⦿ψγξη⎧⋚♬Д♩ℓ√✓χ♼Ψ∦β! γτ⎫λφ≡ω∩ωξ⊗♡♴Λς!」

「『野郎ども掛れ! 一人も逃がすな!』だってさ」


 メアリーが剣呑(けんのん)な言葉を呑気に通訳してくれた……と思ったら、男たちが一斉に襲い掛かってきた。


 がきん! がきん! がきがきがきんっ!


 刃物を岩に叩きつけたような音がキャビンの中にまで響いてくる。窓から外を見てみると、大振りの刃物を馬ソリに向かって繰り返し打ち付けているのが分かった。

「どうやら連中、山賊だったようだな。

 それにしても、ここいらの山賊は、いきなり襲ってくるんだな。

 いや、べつに、他所(よそ)の山賊なら知ってるってわけじゃないが、山賊ってのは、こういうときはまず、『出てこい!』とか、『金と女を出せ!』とか言ってくるもんじゃなかったのか?」

 究理(さだみち)は自問しただけだったが、メアリーは自分が訊かれたのかと思って律儀に答える。

「知らないわよ、そんなの。

 私が遊びに行ってた山には山賊なんていなかったんだから。それに、もしそんな習慣があったとしても、それはもう済ませた後なんじゃないの?」

 彼らの剣にこびりついた血糊がそれを物語っている。よく見ると、男たちの向こうで女性や子供を含む、数多くの死体が転がっていた。

「なんだ、山賊の襲撃現場に居合わせちまったのか。

 皆殺しとは穏やかじゃないな。

 手引きした奴がいて、顔がバレているから口封じしたってところか」

 この馬ソリは、双対門(デュアルゲート)の盾を応用した、次元操作で作った防壁に守られているので、物理的な攻撃は一斉利かない。なので、呑気にそんな話をしていたら、刃物が全然通用しないことが分かったのか、賊たちが手を休めた……と思ったら、一人が何か花瓶かタコ壺のような物を投げつけてきた。


 かしゃん。


 そんな軽い音を立てて容器が割れると、防壁に油のようなものが掛かったが、防壁にへばり付くことなく、さっと流れ落ちる。

「火でもつけるつもりか? それにしては、松明とかの火種になる物を持っていないようだが」

 究理(さだみち)が疑問に思っていたら、馬ソリの周囲で火の手が上がった。

「発火性の燃料だったのか?

 この世界に焼夷弾があるとも思えんのだが」

「違いますよ師匠。

 今、魔法の焔弾を撃ち込まれたの、見てなかったんですか?」

「魔法!? しまった、見損なった!」

「ほら師匠、向こうと、あと、あっちからも撃とうとしてるわ」

 これから攻撃されるというのに、二人は逃げるでもなく、攻撃の様子をじっくりと見てしまう。使っている魔法の種類にもよるのだろうが、次に撃ち込まれた焔弾は、音も無く近づいてきて、もわっと車体を包みこんで、すぐに消え去った。

「意外とおとなしいものなんだな。火魔法というのは、もっと激しいものかと思っていたよ」

「掛けた油に着火するだけの魔法なんでしょうね。

 それしか使えないのかもしれないけど」

「放っておいてもいいが、鬱陶しいし、いい加減、反撃させてもらうとするか」

 究理(さだみち)はそう言うと、キャビンの天井から梯子をおろして、天井板を開けて屋根から上半身を出し、屋根の上にあった角のカバーを剥がした。

 アメリカ陸軍が使っていたSIG SAUER製のXM250軽機関銃だ。2022年に配備されたものだったが、今となっては既に過去のものだ。これは例のテロリストから入手したものではなく、最近になって手に入れたものだったが、究理(さだみち)が少し手を入れて、屋根の上の回転台座に固定して使うようになっていた。

「人間相手に使うつもりは無かったんだが、こいつらなら遠慮はいらんな」


 ターンッ! ターンッ! ターンッ!


 まずは単発で遠くから焔弾を放っていた三人を倒す。他の連中がその音に驚き、何が起きているのかと固まっている間に、台座を回しながら連射で周囲の賊たちをなぎ倒した。


 タタタタタタタタタタタタタタッ!

 タタタタタッ!

 タタタタタタタタタッ!


 ほとんど陶物(すえもの)を撃つような状態だった。弾丸が貴重なので、少々ケチ臭い撃ち方になっているのはご愛敬だ。


 立っている者がいなくなり、究理(さだみち)が馬ソリを降りて様子を見に行くと、倒れた男たちは、胸や頭に弾を受けて全員即死だった。だが、奥の方にまだ辛うじて生きている男がいた。究理さだみちたちがここに来る前に襲った相手の反撃を受けて重傷を負い、究理(さだみち)たちへの襲撃に参加しなかったので生き延びたようだ。

 究理(さだみち)は、その男の前に立つと、近くに落ちていた木の枝を拾い、男の傷口に木の枝を押し付けながら、メアリーに通訳させて自分たちを襲ってきた事情を問い質した。

 その結果分かったことは、この連中が盗賊団であることと、商人の馬車を襲ったが、金目の物を持っていなかったので(はら)()せに皆殺しにしたこと、そこに馬車のような謎の乗り物が現れたので、自分たちの知らない警備隊か何かかと思って襲い掛かったということだった。念のため他に仲間がいないか訊いたが、それはいないと言う。もう少し訊きたいことがあったが、男はそこで事切れてしまった。

 所持品に何かないかと、賊たちの持ち物を調べたが、とくにこれといったものがない。最初に襲われた被害者の所持品には手をつけなかったが、折角なので、盗賊達の武器と金袋は回収した。


「さて、この後どうしたものだか」

 そう言って、森の中に散らかった死体を見回したが、一人ではどうにもならないので、そのままにして先に進むことにした。ただし、メアリーが気分を害するかもしれないので、念のため確認する。

「死体はこのまま捨てていくが、それでかまわないか?」

「鳥や動物や虫たちの餌になるから、そのままでいいんじゃない?」

 意外とあっさりとした答えだった。

「人間の肉の味を覚えた獣たちが人里を襲ったりするかもしれないんだが」

「ここにはそんな獣がいないし、大丈夫でしょ」


    *    *    *


 移動の途中で襲ってきた山賊を撃退するなどして余計な時間を食ってしまった。そのせいもあり、陽も完全に傾いて暗い森の中を進んでいたが、村を出て約八時間、漸く街の灯りが見え始めた。街に近づくと地面の雪が無くなったので、途中で乗り物を馬ソリから馬車に変更した。雪が無いなら当然ではあるが、そうすれば、二人が雪山から来たと考える者がいないだろうという思いもあった。

 馬車のキャビンの屋根にも回転台座があるが、銃器は設置していない。街が近いので、魔物(モンスター)や獣に襲われる心配が無いし、悪目立ちするのを避けるためだ。


 村から来た道には究理(さだみち)たちしかいなかったが、街に繋がる他の街道は、人や馬車が頻繁に行き来していた。この街は、自由に出入りできるようなので、流通が盛んなのだろう。


「ここを拠点にする!」

「師匠のセンスの無さは、相変わらずですね」

 二人にとって、この世界での活動拠点の確立が最優先事項だった。そのことは、この世界を訪れる前に決めていたことだ。だからメアリーは、もっといい場所を選ぶと思っていた。拠点の宣言は、到着した最初の街ですることとは思えなかった。

「センス?

 メアリー、君はこの街の何が気に入らないんだ?」

「目の前にあんな雪山が(そび)えているような街じゃなくて、もっと暖かい街にしたらどうなんですか」

「住みやすい土地だと、魔物も多そうじゃないか」

「何でそんなことが言えるんですか。

 この世界の魔物は雪が好きかも知れないでしょ」

「うん、まあそうだけど。考えても仕方ないからここにします」

「はぁ~~~~」

 もう議論しても無駄だと、メアリーは深い溜息をついて諦めた。


「では予定通りにするとしますか」

 そう言った究理(さだみち)たちが街に入って最初に行ったのは、他の世界で手に入れた宝石を売って、この世界の貨幣を入手することだった。ここは地球と同じような環境の星なので、ダイヤモンドが道の舗装に使われるぐらい無価値と言うことも無く、宝石はそれなりに価値があるはずだ。

 販売の交渉はメアリーが担当した。究理(さだみち)も脇に立っていたが、顔にも体格にも貫禄が無いので威圧感の欠片も無く、そこに居ても脅しにはならない。だが、メアリーには天性の人心掌握術があり、相手の悪意を読み取ることができたので、交渉で不利益を被ることは無かった。

「師匠、金貨六白枚だって」

「それは、ここではどれくらいの価値があるんだ?」

「家が二件買えるって言ってた」

「十分じゃないか」


 究理(さだみち)のアイテムボックスには、まだ十倍以上の宝石が残っていたが、今回はそれを売るつもりはない。大量に売れば値が下がるし、他の土地や他の世界でも売る必要があったからだ。

 また、この街に来る途中の峠で出会った盗賊から没収した金袋に入っていた貨幣や宝石もあったが、その宝石はこの街で奪われたものかもしれないので、それもアイテムボックスに封印したままだ。貨幣は、金貨だけでも八十枚手に入れていたが、これは宝石店で受け取ったのと同等なものだったので、きっとそのまま使えるだろう。


    *    *    *


 現金を手に入れると、今度は家を買いにいく。

 余所者に家を売ってくれるかどうか不安だったが、メアリーが交渉したら、あっさり話が付いた。金貨三百五十枚と割高だったが、価格に見合うかどうかはともかく、究理(さだみち)が要求した最低限の条件を満たす家だったので文句はない。

 ちなみに、その価格では、さすがに貴族の屋敷ほどの立派なものではない。木造二階建て、一階の床面積の半分が厩舎になっていた。使用人を雇う予定がないので、生活空間が広すぎても持て余すだけなので、今回の家で十分だろう。

 購入した家には、いくつかの改造を施す。

 まずは、出入口や窓のカギを、厳重なものに交換。

 一室を気圧緩衝室として、雪山に出現した異世界の門(ワンダーゲート)をここに移設。帰宅用の双対門(デュアルゲート)を複数用意して、それもこの部屋に設置し、そのうちの二つは、馬ソリと馬車のキャビンに繋いだ。

 あとは長期滞在の準備だ。

 ベッドは、日本から持ち込んだものを使う。この世界のものは、貴族でもなければ干草に布を被せたもので、ダニやシラミの温床となっているので、使いたくなかったからだ。

 食器も、この世界では銀製品以外は安全性に疑いがある。塗りのない木製品や青銅器や陶器が主体なのだが、重金属を含んだ塗料を使ったものがあり、安全性に疑念があった。貴族が身の安全を守るために使う銀食器ですら、鉛やカドミウムが混ざっていたりするのだ。そんなものは、あまり使いたいとは思えないので、日本から持ち込んだ食器を使うことにした。漆器や磁器、プラスチックや強化ガラスやステンレス製の物まで、そのほぼ全てがこの世界ではオーパーツになってしまうが、この家に客を招くわけではないから構わないだろうという考えだった。


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