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17 科学者、異世界に移住する 4

 究理(さだみち)とメアリーの二人は、異世界の門(ワンダーゲート)(くぐ)り抜けて新たな地に降り立った。そこは、多くの山々に囲まれた山岳地帯にあって、その中でも一際(ひときわ)高い、厚い雪に覆われた山の頂上付近だった。そして今、分厚い防寒具を身に(まと)った二人は、ビュービューと音を立てて雪が吹き(すさ)ぶ中、目の前に積もった雪を掻き分けている。


 究理(さだみち)はこれまでに、異世界の門(ワンダーゲート)を使って千を超える異世界と接続を試みていた。その九割は(ゲート)を開くまでもなく、次元の壁を超えて放射線が漏れ出すような場所であったため、即座に封印して破壊することとなっていた。さらに残りの九割は、宇宙空間だったり、地中だったりして、簡単には行けない場所なので断念。残った十数か所が、地球上とよく似た環境で、普通に歩いて入れそうな場所だった。

 もちろんいきなり踏み込んだりはしない。(ゲート)の手前で対象を十分に観察し、プローブの先だけ入れて温度や酸素濃度を測ったり、ドローンを飛ばしたりして、十分過ぎるほどに安全を確認してから入っていた。だから今回も生存可能な場所であることは間違いなかった。ただ、快適な場所ではなかっただけだ。


「師匠。いつも思うんだけど、異世界の門(ワンダーゲート)って、もうちょっといい場所に繋げられないの?」

「俺も出来ることならそうしたいんだが、地球から繋ぐ先はランダムに決まるんだ。残念だけど、好みの場所に繋ぐのは無理だね。

 そんな嫌な顔をするんじゃない。ここは普通に生きていられて、人目が無い場所なんだから、むしろ理想的じゃないか」

「いや、ここ、普通だったら死にますよ。

 動物たちだって、何にもいないじゃないですか」

 メアリーの言葉は正しい。ここの気温は氷点下二十度くらいで、しかも風が強いので、体感温度が氷点下四十度を下回っていた。

「メアリーはそう言うが、本当に危険なのは、去年入り掛けた、大気中の二酸化炭素濃度が二十パーセント以上もあった世界のことを言うんだよ。見たところ緑豊かな世界だからと、迂闊に喜び勇んで足を踏み入れた瞬間に気絶しちゃったからね。あのとき、頭が元の世界に入るように倒れてなければ死んでたな。助かって良かった」

「何呑気なこと言ってるんですか。師匠は、あのときは半分死んでましたよ。私が引っ張り出して治癒魔法掛けてなかったら、そのまま死んでたか、廃人になってました」

「あのときは本当にありがとう。感謝してるよ。

 ただね、メアリーが俺を助けてくれたことには心から感謝してるんだが、あのとき引っ張られた頭皮のダメージが未だに残ってるんだよな」

「あっちの世界には精霊たちが少なくて、ただでさえ治癒魔法が効き(にく)いのに、師匠の頭に変なからくりが入ってるのが悪いんです。そのせいで更に効き(にく)くなっているんだから、仕方ないじゃないですか」


 それは今となっては笑い話だった。

 初めての異世界の門(ワンダーゲート)は、僅か一時間しか開いていられず、一往復しかできなかった。その後、少しずつ少しずつ接続時間を伸ばしていって、メアリーと出会ったときには接続時間が三日間に伸びていて、その後も順調に記録を伸ばしていっていた。だがそのときは、最初の頃の時間制限の名残でチェックを短時間で済ませるという失敗をしていて、それによって発生した事故だった。ちょっと怪我したくらいならメアリーが治してくれると油断していたこともある。

 その事件以来、異世界の門(ワンダーゲート)を潜る前に究理(さだみち)が行う、接続先の世界の状況のチェックは、とても厳しくなっている。接続時間が無制限になり、何往復でも可能になった今は、完璧にチェックしている。次に失敗したときに、また運よく助かる保証は全くない。そのときは確実に死ぬだろうから、慎重になるのも当然だった。

 そして今回、究理(さだみち)は、この世界なら移住可能と確信していた。しかも、メアリーが「この世界には精霊たちが沢山います」と言っていた。だからこの世界を移住先に選び、入念に準備を進めて、そして足を踏み入れたのだ。


「そんなことより師匠、早く乗り物を出してくださいよ」

「もう少し地面を(たいら)にしとかないと、出した途端に滑り落ちちゃうだろ。あと少し待っててくれ」

 そう言って三十分ほど雪掻きを続けて、そこそこの広さの平地になると、異次元空間に収めてあった馬と馬ソリを取り出した。

「これって、何か異様よね」

 メアリーがそう言うのも当然だ。普通なら、こういう過酷な場所で使うのは犬ぞりだ。いくら馬が寒さに強いといっても、馬で牽く馬ソリは山の麓で使うものだからだ。しかもこの馬ソリ、馬車のキャビンに車輪に代わってスキー板を取り付けたような異様な恰好をしていて、さらに屋根の上に角のようなものが生えていた。普通だったら強風で吹き飛ばされるか、横倒しにされそうなものだった。しかし目の前にいる馬たちは、地に根が生えたようにしっかりと立ち、車高の高い馬ソリもビクともせずに、その姿を保っている。

「こんなものを持ってこれるんなら、一度戻って雪上バイクとか除雪機を買って来ればよかったのに」

 メアリーは、究理(さだみち)と既に十数年、日本で一緒に暮らしているので、雪上バイクや家庭用の除雪機の存在も、それらの価格も知っていた。気軽に買えるものではないが、究理(さだみち)なら十分に購入可能だ。

「俺もそれは考えたんだが、あれらは騒音が酷いから、今みたいな密入国まがいの隠密行動中には使えないんだ。それに、雪上バイクも除雪機も向こうの家では使わないし、こっちで家が定まった後でも使うわけにはいかないからな」

「ふーん」

「さあ、トイレは済ませてきたよな。

 当分、キャビンの中の扉は開かないからな」

「大丈夫よ」

 究理(さだみち)の下品な物言いも、メアリーのぶっきらぼうな返事も、いつものルーチンとなっていた。双対門(デュアルゲート)は異世界とは行き来できないので、快適な旅をしたかったら、まずその世界で安心して住める家を手に入れて、そこと繋ぐ必要がある。異世界に来たばかりの今、キャビンの中の扉はどこにも繋がっていなかった。

「まったく、師匠がぐずぐずしてるから吹雪(ふぶ)いてきちゃったんですよ」

吹雪(ふぶき)になる前にドローンを飛ばさなきゃいけなかったんだから、仕方ないだろ」


 究理(さだみち)異世界の門(ワンダーゲート)(くぐ)って、まず最初にしたのは、ドローンを飛ばすことだった。事前調査でも飛ばしているが、さらに入念な調査をする。ドローンを飛ばし、異世界に持ち込んだタブレットPCから操作して、周辺の地理を確認する。ちなみに、異世界ではGPSが無いので、このドローンの姿勢制御機構は全て自作したものだ。

 少し離れた場所に街道と村があることを確認して、ドローンを収容した後に、雪掻きを始めていたのであった。


「さて、では出発しようか」


    *    *    *


 ドローンで見つけた村に向かって、馬ソリで雪上をほぼ一直線で進むと、三十分ほどで村に到着した。

 究理(さだみち)たちが馬ソリで村に入るとすぐに、(すき)(くわ)(なた)などの武器になるような農具を抱えた村の男たちが十人ばかりぞろぞろと出てきて、馬ソリを取り囲んでしまった。どうやら彼らは、究理(さだみち)の馬ソリを警戒しているようだった。

 それも当然だろう。雪山で、荷運び用の犬ぞりならともかく、馬で牽くキャビンのあるソリで乗り付けてくるような輩が、怪しくないわけがない。


「⋛〻〽Д♤〄♭⌆∂❀Γ⏇⚠⌘€⁈」

 村人の一人が何か言っているが、究理(さだみち)には何を言ってるのかさっぱり分からない。

「すまないメアリー、通訳を頼む」

「しょうがないわねー」

 二人で馬車を降りると、メアリーが、改めて村人に向かって挨拶をする。

「こんにちはみなさん。私たちは、街に向かっている途中で、道に迷ってこの村に来てしまいました。街に向かう道が分かれば、すぐに出ていきますので、街に向かう道を教えてもらえないでしょうか?」

「⁇⋚♬Д♩ℓ√✓χ♼Ψ∦β!」「⁂♺⏂ωδ∓Λ☗Δ⊋⊂↑Ω∞♦ζζξ⁑」

「γτ⎫λφ≡ω∩ωξ⊗♡ヾ⊠✂⌘%Λμζ⊿ι∧⎱γπ」

「そう、どうもありがとう」

 メアリーは村人たちに挨拶すると、究理(さだみち)に交渉の結果を伝えた。

「村の南側を出て、左に進めば半日で着くって。

 あと、早く村から出てけって」

「そうか、じゃあ行こうか」

 日本人気質でお礼をしたいところだが、ここで下手に食い物とかを差し出そうものなら、全てを奪われかねない。向こうが余所者を警戒するように、こっちだって警戒するのだ。

 黙って二人でキャビンに乗り込むと、さっさと馬ソリを街に進めた。


 究理(さだみち)がメアリーに村人との交渉を任せたのには訳があった。

 究理(さだみち)がメアリーと出会った日、メアリーとは会話出来たのに、彼女以外の人間の言葉が全く分からなかった。その事実を考察し、彼女には異世界人と会話できる不思議な能力があることを知ったからだ。究理(さだみち)は、その原理を調べて自動翻訳機を作っているのだが、未だ完成には至っていない。

 また、メアリーには相手の戦闘本能や敵対心を削ぐ力があった。だから、異世界人との会話は、これまでも全てメアリーに任せていた。さっきの村人とのやり取りが簡単で済んだのも、メアリーにその力があったからだ。

 究理(さだみち)は彼女の治癒魔法も研究していた。魔法という新しい次元は、彼のライフワークである多次元操作科学(MDMS: Multi-Dimensional Manipulation Science)の研究のメインテーマになっていた。そしてこの研究は、自動翻訳機の開発よりも長くかかりそうだった。

 その一方、究理(さだみち)はメアリーに、自身が開発した次元操作魔法の中から、単純な次元切断の方法と、防護障壁の出し方を伝授していた。もちろん呪文では起動しないので、専用の補助装置(ブレスレット)を作って彼女に身に付けさせていた。自分のことを師匠と呼ばせているだけのことはあったのだ。


    *    *    *


 その後、究理(さだみち)は、雪の降り積もって判りにくくなった街道に沿って馬ソリを進めていた。さすがに街道のすぐ脇に危険な用水路を掘ったりはしていないだろうが、道を外れない方がいいには違いない。

 この道中では、馬を休ませるために、二時間(ごと)にニ十分程度の休憩をとっている。三度目の休憩時間が近づくと、いい加減に街が見えてきてもよさそうなものだが、全然街に到着する気配がなかった。

 村を出てから既に六時間近くなる。メアリーの通訳では、村人は半日で着くと言っていたはずだ。村人がいい加減なことを言ったのか、それともメアリーが聞き間違ったか、翻訳を間違えたのか。そもそも『半日』という言葉は、丸一日の半分のことだが、丸一日という言葉は、二十四時間のこともあれば、太陽が空に出ている時間のこともあれば、起床から就寝までの時間のこともある。相手がどういう意味で使ったのか分からなければ、正確な時間は分からないのだ。

 このまま強行軍で先に進むか、それとも宿泊の準備をするか、どうしようかと迷っていたら、藪の中から現れた男たちに再び囲まれてしまった。


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