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16 科学者、異世界に移住する 3

 究理(さだみち)から終末世界の話を聞いたメアリーは、胡散臭そうな顔をして疑念を告げた。

「なんか嘘くさいのよねー。

 だいたい、師匠が宗教の教えを信じてるっていうのが一番ありえない」

「酷いことをいう奴だな。

 俺を含めて、科学者ってのは信心深いものなんだぞ」

 究理(さだみち)は即座にメアリーの疑念を否定したが、メアリーは納得しない。

「私がいた国にも研究者って名乗る人たちがいたんだけど、大抵は教会の異端審問に掛けられて、そのうちいなくなっちゃったわよ」

「言っておくが、教会の教えに背くことと、神を信じるかどうかは別の話だからな。君が言う研究者たちにしても、異端として告発されたんであって、不信心だったわけじゃないんだろ?」

「あの人たちが神様を信じてたかどうか、私は知らないけど、中には精霊を信じてくれてた人はいたわ。だけど、あそこの教会は精霊のことを否定してたから、私の存在が隠されていなかったら、私も他人事じゃなかったかもしれないわね。すぐ目の前に神様に近いものが確かにいるっていうのに、自分たちが感じ取ることが出来ないからって理由で、それを否定するのって馬鹿みたいよね」

「間違いなく精霊のいた世界で精霊が否定されてたのか。

 こっちの世界では、そこまで極端ではないけれど、たまに似たような話は聞くから、笑い事じゃないんだよな。ただ、こっちの宗教事情は少し違う。

 君のいた国のことは知らないが、君が今いるこの世界では数限りない沢山の宗教があるんだ。信者の多い主だった宗教だけでも、キリスト教、イスラム教、ヒンズー教、仏教、神道、ユダヤ教などがあって、しかもそれぞれが細かい宗派に分かれてる。人ってのは、それぞれ信じるものが違うってことさ。何を信じるかは個人の勝手だが、他人に自分の宗教を押し付けたり、派閥争いしたりする奴らが面倒ごとを引き起こすんだ」

「ふーん。でも師匠は、不思議な力を使うときに、神様への言葉を捧げたりしたことないじゃないの。いくら宗派が沢山あったって、師匠はどれも信じてないんじゃないの?」

「俺が信奉する神は、普通の宗教の教えにあるような、人間の祈りを聞き入れたり、直接力を行使したりする存在じゃないからさ」

「祈りを聞いてくれないし、何もしないなんて、ケチ臭いし怠け者の神様ね。

 それじゃあ師匠は、どういう神様を信じてるの?

 そもそも、それって本当に神様なの?

 精霊さんたちだって、私の言うことには耳を傾けてくれるし、力を貸してくれるわよ」

「俺が信じてるのは、科学者の多くが探し求めている神だよ。昔から天文学とか物理学とか数学とかを研究する者は、人知を超えた法則や原理に触れることで、この世界の根源たる(ことわり)そのもの、あるいは、その(ことわり)を作った者を神の存在として感じるものなんだ。まぁ、中にはそこから外れて、世俗の宗教に(はま)っちゃう者も少なくないんだけどね。

 君は知らないだろうけど、この世界には地動説を唱えたガリレオ・ガリレイという人がいたんだ。地動説自体は彼が最初というわけではないが、彼の名前が有名になったのは、その学説のせいで異端審問に掛けられて、強制的に学説を否定させられたという歴史があるからだ。しかし、彼は神を否定していたわけじゃない。神を信じて、神の正しい姿を追い求めたからこそ地動説を唱えたのであって、教会の人間より、遥かに神の信徒だったにも(かか)わらず、その神を教会によって否定させられたのさ。

 詳しいことは専門家に任せるけど、これだけははっきり言う。

 科学者が探し求める神こそが、真の神であると」

「師匠は異端審問官に真っ先に狙われそうね」

「この国に異端審問官は存在しないから問題ないさ。ま、勝手なイデオロギーを押し付けて来るマスコミ関係には注意する必要があるけどな。

 それはともかく、異世界の門(ワンダーゲート)が出来たことで、俺は神の存在を益々強く感じるようになったんだが、それで俺は思ったのさ。

 先駆者たちのように宇宙を知るべきではないかと」

「宇宙……って何?」

「君は翻訳できてるのに意味が分からないなんてこともあるのか。不思議なもんだな。そのこともいずれ調べなければならないんだが、それは長期課題だから後にしよう。

 今は宇宙の話だったな。

 宇宙っていうのはな、この星の外側に広がる世界のことさ。

 自分がいる場所の外側には広大な国土がある。さらにその外側にも広大な大地があって、先の見えない海に囲まれているよな。そして大地と海で包まれた惑星の外側に、無限というに等しい宇宙があるんだ」

 どこから引っ張り出したのか、究理(さだみち)はホワイトボードに板書しながら説明していた。

「お(そら)のこと?」

(そら)というのは、人間の目に見える範囲を指す言葉だが、宇宙というのは見えていない、遥か先の空間全体のことだよ。海に例えるなら、波打ち際のすぐ近くが(そら)で、水平線の向こうが宇宙といったところかな。実際の宇宙は、その例えでも、もっと遙かに広く、遥かに遠くまであるんだけどね」

「広すぎて訳が分からないわね」

「分からないから探究するんじゃないか」

「それで、その訳の分からない宇宙と、師匠は何か関係があるの?」

「何を隠そう、俺が訪れた四番目の世界が、宇宙空間だったのさ」

「お星さまに行ってきたの?

 それとも師匠がお星さまになったってこと?」

「俺を殺すなよ。どっちも違う。俺が行った先は恒星間移民船だった」

「恒星間移民船……って何?」

「別の恒星系の惑星への民族大移動……って言っても分からないか。

 民族大移動って言葉は分かるかな?

 元々住んでいた土地が天災や(いくさ)で居住不可能になって、そこに住んでいた大勢の人たちが揃って新天地を求めて旅をすることと、見つけた新天地に住み着くことなんだが」

「そんな話、聞いたことがないわね。だいたい、新天地っていうのが見つかるまで、居住不可能な場所が続くんでしょ? すぐに食料が付きちゃうわよ」

「その通りだ。それに、居住可能な場所には先住民がいるから、そこで衝突が起きるし、場合によっては先住民が追い出されることもある。そして、その場所に住み着いた余所者の住民は、自分たちの居住の正当性を主張するために、移民である歴史を抹消する。だから、民族大移動なんて歴史的大事件なのに、後世の人々はそれを知らなかったりするんだ。

 それを知っているのは、彼らに追い出されて、新たに民族大移動させられた人たちだけなんだな」

「酷い話ですね」

「恒星間移民っていうのは、その惑星版だよ。元々住んでいた惑星が居住不可能になって、別の惑星に移住しなくちゃいけなくなったときに、ひとつの恒星系に居住可能な惑星はひとつあるかないかだから、新しい惑星に移住するには別の恒星系まで行かなくちゃいけない。そのための乗り物が恒星間移民船なんだ」

「まだよく分かんないけど、その移民船に乗り込んだってこと?

 それじゃ、その人たちが師匠の家に全員移住してきたの?」

「いや、彼らを助けることは出来なかった。

 そもそも、異世界の門(ワンダーゲート)が繋がった先は、厳密に言うと、恒星間移民船の外壁と内壁の間だったからな」

「何よ、それ。天井裏のネズミみたいに入り込んだってこと?

 台所のチーズとかを齧ってきたの?」

「そうじゃない。透明な内壁が使われていたから、中の様子は丸見えだったんだが、内壁が封鎖されていたから、結局中には入れなかったんだ。向こうも、俺の存在に気づいていたけど、何もしてこなかった。

 いや違う。手を出したくても出せなかったんだ」

「そりゃあ、天井裏のネズミは退治したいと思うのが普通でしょうね」

「不審者だったのは間違いないだろうが、彼らが狙っていたのは俺が持っていた食料だよ。別に見せたくて見せていたわけじゃないが、俺がサンドイッチを食ってるのを見て、それを奪おうとしてたらしい。内壁の中にいた人たちは、みんな瘦せ細って飢えた顔をしていたからな」

「ちょっと師匠。そんな人たちの見てる前で食事するって、人としてどうなんですか?」

「だから、見せたくて見せていたわけじゃないと言ったろう。こっちは動物園の檻に入った猿みたいに見世物状態だったんだ。それに、彼らに食料を分けてやりたくても、隔壁があって出来なかった。まあ、隔壁が無かったとしても、あの人数を救援は、俺ひとりじゃ無理だったけどな」

「それで、その後どうしたんです?」

「何も。とにかく観察することしかできなかった。

 彼らを見ていた分かったのは、長いこと文化的な活動をしていなかったらしいってことだ。振舞いが、まるで類人猿だったんだよ。とりあえず服は着ていたんだが、仲間同士でもまともな会話をしている様子がない。猿山の猿のように、牙を剥いて叫ぶようなことしかしていなかったんだ。あれは恐らく、何世代にも渡る長い年月、移民船の中で何もしないでも生きていける状態が続いた結果、何もできない人間ばかりになってしまって、文明や文化が失われてしまったんだろうな。生命維持に必要そうな機械のいくつかは故障しているみたいだったが、その修繕もできていなかった。

 あれだとまるで、猿の群れを乗せた漂流船だよ。俺は戻ってきたから、その先のことは知らないが、おそらくあの移民船の人たちは、遠くない将来に絶滅したんじゃないかな」

「何だか嫌な話ね」


「五番目に訪れた先は、ちょっと違ってた」

 嫌な話を忘れたいかのように、究理(さだみち)は急に次の話を始めた。

「違ってた?」

「そう。こことはちょっとだけ違う世界。

 ここと同じような文明と文化。何より言葉が通じる」

「言葉なんて、誰とでも通じるじゃない」

「それが出来るのはメアリーだけだよ。この地球上でだって、外国に行ったら言葉が通じないんだ。

 それのに、繋がった先が、よりによって日本語が通じる世界って、()()()てるのかって思うよな」

「何かの間違いで、隣の街に行っただけなんじゃないの?」

「いや、微妙に、だけど間違いなく違うんだ。

 例えば日本人と見分けがつかないけど、右利きより左利きの人の方が多いとか、餃子が一番売れているのが兵庫県だとか。

 違う世界なんだから、こっちと同じである必要はないけど、だったらもっと違っていいはずなんだ。あそこまで似るなら、なんで完全に一致しないのか。

 不思議で興味が尽きないよ」

「ふーん。それで?」

「随分と素っ気ないな。

 まっ、違いが少ない分、そこでは目立ったことは無かったから、詳しくはまた今度な。

 そうやって異世界との接続実験を続けて、異世界の門(ワンダーゲート)の接続時間が三日間になったとき、それを十分に検証して、そして覚悟を決めて足を踏み入れた六番目の訪問先が、メアリーのいた世界なんだ」


 メアリーを保護した後の究理(さだみち)は、移住先を探すために、その後も色々な世界を訪問し続けた。時間が数千倍進む世界での数か月を、こっちの世界で日帰り旅行することも何度か繰り返した。

 その後も研究を続けた結果、異世界の門(ワンダーゲート)の接続時間が半永久的になり、一度接続した後は、自由な往復が可能になった。


 そうやって、ようやく見つけた移住先。

 異世界の門(ワンダーゲート)を一瞬で(くぐ)り抜けると雪国であった。


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