14 科学者、異世界に移住する 1
ウラリンボーグ王国の第三王女であるエレノーラは、少なくとも表面上は慎ましやかな女性であったが、情報に対しては貪欲であった。その知識は多岐に渡り、私的な間諜を使っての政治的な情報収集もするし、市井の研究者に対して資金援助して、その研究内容を学ぶこともあった。ただし、求められたからといって全ての研究を助成するわけではないし、そもそも研究者は研究していること自体を秘密にしていることが多い。現代社会でも、爆弾や毒物の研究などを勝手にやって事故を起こす愚か者がいるように、エレノーラの国でも危険なことを承知で、こっそりと研究している者たちがいる。そして、そういう者たちがいるせいで、真面目な研究をしている者でも、研究を公にしないことが多かった。しかし、中には人々の役に立つ有用な研究をしている者もおり、エレノーラは私的な駒を使って、研究者のリストを作って、その中から助成対象を選んでいたのだった。
あるときエレノーラは、情報担当のシリモンチェから提出されたリストに奇妙な項目を発見した。
「シリモンチェ。この研究は何なのですか?
私の興味を引くように、態々怪しげな表現で記述したのはあなたなのでしょう?」
「よくお気付きで。
ですが、文章の中に『親愛なる王女様へ』という言葉が埋められていることが指摘されなかったのは残念です。どう埋め込んだか説明しましょうか?」
「また、そんな詰まらないことに時間を掛けたんですか。
そんな説明は必要ありません。
研究の内容と、あなたが疑念を持った理由を言いなさい」
「そうですか。心労の絶えない王女殿下に、少しばかり知的な遊びで息抜きをしていただこうとした、折角の苦労が水泡に帰したのは残念です。今夜は殿下の絵姿の描かれた抱き枕に涙して眠ることになるでしょう。
その研究内容については、端的に言えば召喚魔法の研究です」
「召喚魔法? 魔物を呼び寄せる魔法ですか?
それとも……」
「普通の召喚魔法は、この世界の遠くにいる者を呼び寄せる魔法なのですが、リストにあるこの魔法は違います。これは、先日ブレイヴ・ソードが魔殻を使って虫の魔物を召喚したのと同様の魔法であって、異界から生物や魔物を呼び寄せる魔法です。ただし、あのように完成されたものではなく、まだ実験段階にあって、どの世界から何を呼び出すかも制御できていません。既に呼び出したものもあったようですが、呼び寄せた直後に霧散して消えていたようです」
「その話を聞くと、かなり危険な研究のようですね。
しかも、この研究を推し進めているのが、教会の元司教たちですか。
教会の上層部は、このことを把握しているのですか?」
「いえ、まだのようです。気付けば止めるでしょうが、どうしますか?」
「研究資料を彼らに押収されるのは避けたいですね。
シリモンチェ。あなたには、この研究の阻止と、研究資料の奪取をお願いします。それと、可能なら召喚されたものの行方も探ってください」
「御意」
* * *
話は、究理とメアリーが、エレノーラの世界に来る十数年前に遡る。ただし、エレノーラにとって何年前の話なのかは、彼女からすれば異世界の時間なので、議論するだけ無駄なことであった。
その頃、究理はメアリーを彼にとっての異世界から連れ出して、地球上で親子のようにして暮らして数か月経っていた。ちなみに、親子と言ったのは見た目の年齢の話であって、容姿が全然違うので親子でないことは明らかであったし、究理はメアリーを孫か曾孫のように扱っていた。一緒に暮らし始めて、最初のうちはとにかく異世界から来たメアリーの扱いに戸惑っていた究理であったが、彼女は一か月も経たないうちに新たな世界の常識を身に着け、日常生活には困らないようになっていた。
それは、究理の努力もあるが、メアリーが異世界の人間と会話できる能力による部分が極めて大きかった。ただ、その能力は面と向かった直接の会話に限られ、テレビ放送やDVDやBlu-ray、あるいはPC画面で見たものには適用されなかった。そういうわけで、究理としては密入国状態のメアリーをあまり他人と接触させたくは無かったのだが、メアリーが常識を身に着けるためには仕方がないと考え、世話好きの女性がいそうな所へ連れ出したりしていたのだった。
言うまでもないが、外出するときは少なからず変装をさせる。メアリーは輝くような白髪で、しかも超絶的な美人だったので、素顔では物凄く目立つ。変装していても美形を隠しきれず、スマホのカメラを向けられることは何度もあった。もしも素顔の写真が出回って、それがバズって身元調査でもされたら困ったことになるのが目に見えていた。だから外出時は変装をする。密入国者が潜伏しているのだから当然だろう。
そんなある日、メアリーは究理の過去を聞いてから、これまでずっと気になっていたことを訊いた。
「ねぇ師匠」
「なんだいメアリー」
「師匠って、本当は百歳を過ぎた爺さんなんでしょ?
なんで爺さんなのにおっさんの姿なの?」
「そりゃ、若返ったからさ」
「若返りの魔法なんて聞いたことないよ?」
「それはメアリーのいた世界での話だろ?
あと、俺の若返りは魔法じゃないからね。俺は、この世界でも、メアリーがいた世界でもない、別の異世界で若返ったのさ。いや、意図せず若返らされたって言った方が正しいかな」
「そんなこと言っても、異世界と行き来する魔法だって、師匠が作る不思議な門の他には聞いたことないし。若返った人の話も聞かないし。師匠がよく言う、検証可能性っていうのが皆無なんじゃないの?」
「まあ確かに、あの世界には二度と行けないから、検証は不可能だな。
だから、その点に関しては科学的な説明は不可能だ。
あと、異世界の門は魔法じゃなくて科学だよ。
メアリーがあの手の物を知らなかったのは、メアリーがいた世界の文明レベルが低すぎて、あれを実現するのに必要な科学力もなかったし、実現する意思を持った人間もいなかったからさ。
双対門の話は以前したよな?
そうだな。今はちょうど暇だし、折角だから、異世界の門の話をしてやろうか」
そう言って、究理は、異世界の門の開発秘話を語り始めた。
* * *
以前語られたとおり、多次元操作科学(MDMS: Multi-Dimensional Manipulation Science)の研究の見込みが立ったのは、究理が六十歳を過ぎてからのことだった。その後、彼は世界各地に双対門を設置して実験データを丹念に集め、最初に門の異常に気付いたのは彼が七十代後半に入ってからのことだった。
時空の接続に揺らぎがある。その事実に気付いたとき、究理は焦った。それを放置したら、双対門での移動で時空の狭間に落ちて帰ってこられない可能性があったからだ。これまで数えきれない回数の実験を繰り返し、十分な実績を積んでいたはずなのに、まだ見落としがあったのか。自分の理論は、まだ不完全であったのか。それは、究理の科学者としての自負を著しく傷つけ、同時に新たな研究意欲を刺激した。
だから究理は、検出された揺らぎの原因を徹底的に研究することにした。それが別の世界の干渉ではないかと推察して、双対門を改造し続け、その位相をずらして異世界と繋ぐ異世界の門の試作についに成功したのだった。究理が八十歳を過ぎてからのことである。
「それでも最初の頃は、接続が不安定でな。長くてもせいぜい十分くらいしか異世界を観察することができなかったんだな」
「どの世界を見るか、どうやって決めてたの?」
「今以てそうだが、接続先は指定できなくって、完全にランダム、運任せなんだよ。だから、接続してみれば、そこが見ても何も分からない真っ暗な世界だったりするのはまだいい方で、地中だったり、水中だったり、巨大生物の腹の中だったり、一万メートル上空だったりして、そこが異世界なのか、こっちの世界なのか判断できないことも多かった。
灼熱世界に繋がったときも、具体的にどこに繋がったのか確認する前に切断したから、火口だったのか高炉の中だったのかすら分かってなかったな」
「普通の、人族のいる世界は無かったの?」
「あったさ。初めて異世界の人間を見たのは、王族らしい姫様と目が合ったときだったな。彼女の背景の様子から推察すると、向こうは鏡か何かを見ていたらしいんだが、挨拶する前に接続が切れちまったんだよな。
ただ、そのとき不思議だったのが、接続先の世界と上下が合ってたことなんだ。ランダムに繋がる世界なら、上下逆に繋がったっていいし、天井から床を見下ろしたり、床から天井を見上げたり、いろんな角度で繋がるはずなのに、なぜか上下が合っていた。それが意味するのは、重力によるエネルギーの位相が合った場所に繋がるのではないかってことさ。
そうやって、実験を繰り返して、仮説を立てては検証することを繰り返して、ランダムではあるものの、ある程度条件を絞り込んだ、まともな世界に繋がるようになっていったんだ」
そんな意味不明な理屈だか理論だかを究理が滔々と語るのだが、メアリーにとってはあまり興味の無い話で、いい加減に飽きて来ていた。
「ふ~ん、そう」
そんな素っ気ない反応でも、究理は気にしない。これまでずっと、誰かに話したくて話したくて仕方なかったことを、今話せていることが嬉しくて仕方なかったのだ。相手がちゃんと聞いているかどうかは関係ない。それは、普段無口なオタクが突然饒舌になったときの姿そのものだった。
「それで師匠が若返った話はいつでてくるんですか?」
「実時間では、あと十年ぐらい後だったな」
「師匠の世界の人って、そんなに長寿じゃなかったですよね?
よく生きてましたね。
師匠も、とっくに老衰で死んでてもおかしくなかったんでしょ?」
「あぁ、そうだな。そういう意味じゃ、運がよかった。
異世界の門の試作を始めて十年ぐらいして、ようやく一時間ほど安定して接続できるようになったんだ。もちろん接続先はランダムなままだったけどな。数千か所と何度も繋ぎ直して、ようやく安全そうな場所に繋がったときに、足を踏み入れたんだが、それがたまたま、嘘か本当か、科学技術がとんでもなく発展した世界だったんだ」
「嘘?」
「真実を確認できなかったからね。
そこは、AIに管理された世界で、人の姿はなかった。
言葉は、全部向こうで自動翻訳してくれた。
こっちの言葉のサンプルもないのにどうやって翻訳したのか分からないけど、もしかしたら頭の中の記憶を読み取って解析したんじゃないかと、俺は思っている。
そして、そのAIの判断によれば、そこはこの世界の傍系で、千年ほど未来だったらしい。そして、異世界と行き来する技術はないけれど、異世界の存在は認知されていて、異世界からの訪問者には入国審査のように、身体の検査があるっていうのさ。
他に人間がいない世界だから、俺はそのまま擂り身にされる可能性も考えたんだが、心の底から湧き上がる知的好奇心を抑えられなくてな、結局その検査を受けたんだ。そのとき、病原菌の除去とか、遺伝子レベルで治療されてな、気づいたときには四十代の姿に若返ってたのさ」
「もう少し格好いい理由だと思ってたのに、なんていうか、情けない理由だったんですね」
「確かにその通りだな。
養鶏場とか登山口の入り口で靴底の消毒をしたようなもんだからな。
どうせなら、もう少し若くして欲しかったよ」
「そこって、一時間しかいれなかったんでしょ?
時間は大丈夫だったんですか?」
「そのときの検査と治療は、説明時間含めて全部で僅か四十分の出来事だったな。いや、四十分も使われてしまったというべきだったかな。未来世界で欲しいものも色々とあったし、何より知りたいことが山ほどあったんだが、残り時間がほとんど無くてな。情報入手も、こっちの世界と共通に扱えるメディアが無かったから、口頭で訊けることに限られてしまったんだ。そうやって、ほとんど話をすることもなく元の世界に戻ってきたのさ」




