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13 科学者、少女を保護する 6

 究理(さだみち)は夕食を済ませて自宅(本拠地)に戻った後になって、パジャマだかネグリジエだか、正しくは何というのか知らないが、メアリーの寝間着を買い忘れていたことに気がついた。残念ながら、究理(さだみち)の家に女性用の衣類は置かれていない。夜着(よぎ)はもちろん、女性用の寝間着など、置いてあるはずもなかった。

 ちなみに、ここでいう『夜着(よぎ)』とは、多くの国語辞典に書かれている綿入れや掻巻(かいまき)のことではない。英語のナイトウェア(nightwear)を直訳したもので、 ナイトドレス(nightdress)、ナイトガウン(nightgown)あるいはそれらを幼児化・愛称化した言葉のナイティ(nightie/nighty)とよばれることもある着衣のことだ。本来は洋装の寝間着全般を示す言葉だが、日本では、シルクやサテンなどの光沢のある生地で作られた、スリップなどの露出の多い洋装のルームウェアを想定して使われている。言い換えると、簡素でありながら女性の美を引き立てて男性を誘惑する夜の着衣のことだ。百年以上前から使われ続けている言葉なのに、未だにその意味を載せていない辞書があることが嘆かわしい。監修の不見識が疑われる。


「すまん、君の寝間着を買い忘れた。今夜はこれで我慢してくれ」

 究理(さだみち)がそう言って、メアリーに渡したのは、箪笥から引っ張り出したジャージの上下だ。当然ながら洗濯済ではあったが、かつて彼が着ていたジャージであって、無粋としか言いようがない。究理(さだみち)は、メアリーの美を損ねるような着衣を渡すことを申し訳ないと思いつつも、今は他に選択肢がなかった。

「あと、ベッドは俺の部屋のやつを使ってくれ」

 追加のベッドはネットで注文済だが、届くのはまだ先のことだった。メアリーには自分のベッドを使わせて、自分は寝袋でも使って床で寝るつもりでいる。

「上等なベッドね。暖かそうな布団もあるし、この部屋は十分暖かいから、寝るときは裸でも構わないんだけど」

「俺が構うんだ。頼むから裸は勘弁してくれ」

 究理(さだみち)はメアリーのことを娘か孫娘のように思っていた。メアリーの実年齢が不明なので、もしかしたら彼よりも遙かに年上である可能性も無くはないのだが、その見た目から娘か孫娘のように扱っている。だから、究理(さだみち)が彼女の裸を見ても性的に興奮することはなかったが、不必要に彼女の裸を見ることは、親代わりとして何か大事なものを失うと思っている。

「まあいいわ。それじゃ、これ貸りるわね」

 そう言うと、メアリーは着ていた服と下着を躊躇なく脱ぎ捨てて、ジャージに着替えようとするものだから、慌てて()めに入る。

「待て待て待て待てっ! 下着は脱ぐんじゃない!!

 裸になるなと言ったばかりだろ!

 俺が見てる前で着替えるんじゃない!」

「そうなの?

 お屋敷でも今日のお店でも、着替えの時は裸にされてたけど」

「えっ!?」

 究理(さだみち)は、女性の服のセットアップには下着も含まれることがあるということを知らなかった。脱ぎ掛けのメアリーの姿を改めて見直すと、コンビニで買った下着から、見覚えのないやたらセクシーな下着に変わっていた。

「あの店員、何考えてやがんだよ、全く。

 洗濯機で洗えんのか? それ。

 メアリー、いいかい、下着っていうのはね、人前で脱ぐものじゃないんだ。特に、俺を含めて異性の前でするのは絶対に駄目。すぐに交換が必要なほどに汚してしまったときも、その場で脱ぐんじゃなくって、トイレなんかの個室に入って着替えるんだ。わかったかい?」

「いろいろ面倒なのね。いいわ、わかった」


 この騒ぎで、究理(さだみち)にもまた、はっきりと分かったことがある。メアリーに教えなければならない、所謂『常識』が山ほどあるということだ。そして『常識』とは非常識な知識の総称でもある。仲間外れを生むためのローカルな知識や非公式なルールだ。普段は意識していないから、何を教えなければならないか、考えてもすぐには出て来ない。

 当分の間、メアリーの行動を監視して、彼女が非常識な行動をしたときに、ひとつひとつ正してやらなければならないだろう。


「母親ってのは偉大なんだな」

 究理(さだみち)は、なぜ自分がそんな言葉を漏らしたのか、自分でも分かっていなかった。ただ、無垢な幼子に「何で? 何で?」と問われながら理不尽な『常識』を丹念に教える母親たちに感心したのは確かだった。少なくとも究理(さだみち)の親はそうだった。小学校の教師などは「五月蠅い! 黙って言われた通りにしろ!」などと、まるで銀行強盗のようなこと言って命令することが多かったから、なおさら親の有難さを思い返したのだった。


    *    *    *


「う~~ん」

「師匠、なに唸ってるんですか?」

 翌朝、究理(さだみち)が空部屋一杯に広げた武器を前にして、絞り出すように呻き声を上げていると、メアリーが後ろから声を掛けてきた。服装は、いつの間に着替えたのか、昨日買った外出着になっていた。

「夕食に毒を盛られたんなら私が浄化するよ」

「ああ、メアリーか、おはよう。

 心配してくれるのは有難いが、怖いこと言うなよ。どこかの暗殺機関がある国じゃあるまいし、ファミレスで俺に毒を盛る奴なんていないよ」

「じゃあ、どうしたって言うのよ」

「いや、どうにも武器のストックが心許ないと思ってな」

「十分に強力だったと思いますけどね」

 メアリーは、究理(さだみち)がゴブリンの群れを始末したときの様子や、自分を連れ帰るときに遭遇した魔物(モンスター)を現代の銃器を使って倒す様子を見ていた。メアリーの周囲には、それほど強力な魔法使いがいなかったこともあり、究理(さだみち)が操る武器の圧倒的な力に感心こそすれ、それらが非力だと思うことは欠片も無かったが、究理(さだみち)は納得していなかった。

「使ってみて分かったんだが、やっぱりまだまだ非力だ」

 持っている銃の使い方は一通り学んで、実際に射撃練習もしているが、止まっている的に当てることしかやっていない。そもそも狂暴化したチンパンジーの群れを相手にするような訓練はしたくても出来ない。しかし、メアリーがいた世界では、それが必要となった。隠れた所から一頭を狙撃することなら可能だったが、求められているのはそういう力ではないことを思い知った。


「師匠はお金持ちなんでしょ?

 買ってきたらいいじゃないの」

「そうもいかないんだよ。そもそもこれらは買ったやつじゃない」

 究理(さだみち)が所有する武器の多くは、かつてテロリストの武器庫から調達したものだった。次元操作が安定して行えるようになってからは、時間停止した異次元に保管していたので、劣化こそしていないが、既に三十年は前の時代遅れの代物だ。ときどき使っているSIG SAUER P320も、暴発(ぼうはつ)の危険があるからと無償で改修(アップグレード)されるはずだった奴だが、正規に入手したものでないから改修(アップグレード)サービスを受けることができず、今も尚、潜在的な暴発の危険に晒されたままだった。

 そういうわけで、銃器類を一新したいところなのだが、入手する手段がない。双対門(デュアルゲート)は海外にも設置してあるので、アメリカの銃器店に行って銃器を物色することはいつでも可能だったが、アメリカで有効な身分証も狩猟免許も持たない究理(さだみち)には銃器を購入することができなかった。いや、普通の日本人なら、正式にビザを取ってアメリカに滞在して住所を定め、狩猟免許を取得して購入することは可能であった。もちろん、正規に日本に持ち込むことは出来ないが、購入は出来る。購入してしまえば、双対門(デュアルゲート)を使って日本に持ち込むことは可能だった。法律云々を気にするなら、銃器は全て海外に置いといたっていいのだ。

 しかし、今の姿がそれを許さない。若返ってしまった究理(さだみち)は、日本の役所に顔を出してパスポートやビザの申請をしたりすることが難しかったのだ。

 それに、どのみち殺傷能力の高い武器は買うことができない。大口径狙撃銃や対物ライフル、対戦車ミサイルなんて、軍の横流しでも受けないと入手しようがない。


 話かけたまま考え込んでいたら、メアリーが続きを訊いてきた。

「黙っちゃってどうしたんですか。

 この武器って、買ったんでないのなら何? 献上品なの?」

「献上品って、どこのお貴族様だよ。武器だろうと宝石だろうと、俺に献上してくれる相手なんているわけないじゃないか。法に基づいた行為じゃなかったから君には言ってなかったが、これらの多くは、たまたま出会った、国家転覆を謀る悪党から収奪したものなんだ」

「勝者が敗者の武器を奪うのは珍しいことじゃないですよ」

「メアリーがいた世界ではそうかもしれんが、法治国家(こっち)ではそうもいかないんだよ。それに今は、国内に退治する相手がいない」

 少なくとも、前みたいに武器を集めたテロリストに心当たりはない。善良な企業を装った怪しい組織はいくつかあるが、あの事件以来、公安の監視が厳しくなっているので、同じことはしていそうにない。

「国外はどうなんです?」

「国外ねえ~」

 今現在、日本の周囲には、日本に対して明白(あからさま)に武器と敵意を向けている国がいくつかある。そういう国に行って、軍事施設から武器を掠め取ってくることが可能かといえば、困難ではあるが不可能ではないだろう。しかし、それらの国の武器は、信頼性が著しく低く、所持すること自体が危険であった。未改修のP320よりも遙かに危険だ。

「ま、もう少し考えてみよう。

 ああ、それより、朝っぱらから放っておいて済まなかったな。

 朝食にしようか」


    *    *    *


 ここで生活するには、まだまだ問題が残っている。

 家事については、メアリーは自分でやったことが無いという。炊事も掃除も洗濯も、家事は全て屋敷の使用人が行っていたようだ。まあ、当面は究理(さだみち)がやればいい。長い独り暮らしで全部自分でやっていたのだから、それ自体に問題はない。世の中には、難しい仕事を社員がやって、社長が雑事をこなす会社もあるのだから似たようなものだ。メアリーも、そのうち興味を持ったら手伝ってくれるだろう。


 そして、こっちの世界で暮らすのに一番肝心なのが戸籍と住民票なのだが、その入手は絶対に無理だった。究理(さだみち)には、それを入手できるような反社組織に全く縁がなかった。なまじ知り合いになったら、あの爆破テロ発覚事件との関係がバレる可能性がある。

 だから当面は、なんとか警察の厄介にならないようにするしかなかった。


 え~、まことに勝手ながら、来週と再来週は、更新を一時停止してお休みさせていただきます。

 次回は5月15日から再開する予定です。


 では、みなさま、どうぞ良いGWをお過ごしください!! (^^)/


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