11 科学者、少女を保護する 4
「困りました」
究理が独りで悩んでいると、その思いが口から漏れ出してしまう。
「女の子の扱い方が分からん!!」
* * *
究理は、六番目に訪れた異世界で妖精のような不思議な美少女を保護して、日本の自宅兼研究室に連れ帰っていた。
彼女の名はメアリー。治癒魔法が使え、なぜか彼女の世界の人々とは違う言葉を使う究理とも普通に会話ができる。北欧人のような顔立ちで、輝くような純白の髪。ただし、地毛はブルネットらしいことが後になって分かっている。
自分だけなら、異世界より日本にいる方が便利だし、安全……テロリストに泥棒に入られたが……比較的安全だったから、究理は保護した彼女を日本に連れてきてしまったが、本当にそれで良かったのだろうかと思うことはある。魔法という知的好奇心を刺激しまくるものを扱える少女であり、彼女を研究対象として見てしまうことへの後ろ暗さがあるからだ。それに、あの世界と繋いだ異世界の門は一往復しかできないので、もう二度とメアリーをあちらに戻してやることはできない。ただ、あのまま彼女を放置すれば、また別の有力者に便利な道具として飼われただけだろう。どうせろくなことにはならないので、あのときの究理には、彼女を連れて来る以外の選択肢は無かった。
メアリーには家族もいないし、友人もいない。本当はいたのかもしれないが、彼女には記憶が無かった。かろうじて友といえたのは森にいた小動物たちぐらいだった。念のため、何匹か一緒に連れて来るか訊ねたが、その必要はないということだったので、こっちに来たのは彼女一人だ。
そういうことで、連れてきてしまった訳だが、当面の問題は、どうやって日本で一人の人間として育てていくかだ。
メアリーは、日本の法律上は不法移民扱いされても文句の言えない、国籍不明、かつ身元不明の少女だ。しかも、いかにも西洋人風の美少女だから、その姿はかなり目立つ。いや彼女だけじゃない。究理もまた、見た目がアラフォーなのに、生きて過ごした時間は百二十歳を優に超えていて、戸籍上の年齢がとっくの昔に九十歳を過ぎているという問題を抱えている。戸籍には指紋も掌紋もDNAも登録されていないので、疑念を抱かれたときに本人であることを証明することが難しいし、証明できたらできたで、見た目との乖離で騒ぎになるだろう。いずれ新たな戸籍を捏造しようかどうしようか悩んでいる最中でもある。彼には、自治体から後期高齢者向けの封書が届くこともあり、郵便配達員にはここに年老いた爺が住んでいることがバレている。受取りの印鑑を押しているアラフォー男が本人だと知られていないのが、せめてもの救いだ。
そんな状態で、目立つ彼女の存在が近所の人間に知られて、警察の厄介にでもなろうものなら、とてもまずいことになる。二人が共に二十歳前後なら怪しまれる可能性も少なかっただろうが、究理は見るからにおっさん、メアリーは外国人の美少女。誰が見たって怪しい関係だ。
数ある異世界の中から、そういうことが問題にならない世界を探して移住すればよいのだろうが、たとえそういう世界があったとしても、異世界の門は開発途上であって、まだ自由に行き来できる状態ではない。
となると結局、当分の間、現代日本で暮らさなければならないのだ。
究理の自宅は戸建ての一軒家で、家の中では好き勝手出来る代わり、一歩家の外に出れば、庭の中であっても近隣の人の目が光っている。
だが、本当の問題はそこじゃない。一番大変なのは、こっちの世界の文化文明の下での生活だった。
自宅で小さい子供が留守番する際に知っていなければならないことを教えなければならない。
まず始めに照明と電気のこと。
「これが照明のスイッチ。押すごとに点いたり消えたりする。居室のやつは二回連続で押すと明るさの設定が変わるから、押しても点かなかったときは何回か押して試してくれ」
そう言って各部屋で実際に試させると、パチパチパチパチ興味深そうに弄っていた。
「精霊が姿を見せないわね」
どういうことか訊いてみると、彼女がいた世界では、火を使わない照明は精霊のやることだったらしい。
「これは電気、雷の元となる力を使ってるんだ」
究理はそう言うと、壁のコンセントを指さして言う。
「ここの穴から、その雷の力をいつでも引き出せるようになっている。この穴や、ここに繋いだものに水を掛けたりすると雷に撃たれたように感電死することもあるから注意してくれ」
つぎが水まわり。
洗面台に連れて行き、蛇口とシャワーの使い方を教える。
「ここのレバーを上げ下げすると水が出たり止まったりする。出しっぱなしにはしないように。排水穴が塞がると、水が溢れて大変なことになるから注意してくれ。
ここのはレバーだが、他所ではハンドルを回すタイプの蛇口もある。それはまたどこかで見かけたら教えよう。
このボタンで、シャワーへの切り替えができる」
「水で不自由しないって、幸せな世界ね」
「災害とかで不自由することもあるけどな。めったにないが、井戸や川が近くに無いから、君がいた世界より不自由になることもないわけじゃない」
「それでも幸せよ」
トイレの説明がちょっと面倒くさい。
「ここがトイレ。排泄をする場所だ。尻を出して、ここに座って、その中に排泄をする。出し終わったら、この紙を、だいたいこのぐらい引き出して、畳んで尻を拭いて、中に捨てる。終わったらこのレバーで水を流す。
ここも詰まると溢れて大変なことになるから、この紙と排泄物以外は流さないようにしてくれ」
尻を剥き出しにする実演こそしないが、トイレットペーパーを引き出して丸め、便器に放り込んで水を流して見せた。
さらに、温水洗浄器付き便座の使い方を教える。
「あと、こっちのボタンは尻を洗うためのものだ。
ここを押すとノズルが出てきて、ぬるま湯で尻を洗ってくれる。
こっちを押すと止まってノズルが引っ込む。
紙で拭くだけでもいいが、できればこれで尻を洗って、残った水気だけ紙で拭いてくれ。
あと、気持ちがいいからって、何時までも洗ってると尻の穴を痛めるから、洗い過ぎないようにな」
これも尻を出すことなく、ボタンを操作し、掌に温水を当てて実演してみせた。
あとは、家の電話が鳴ったときの音や、インターホンが鳴ったときの音を聞かせて、それらを無視するように教える。子供にそうするように教えるのと同じなのだが、なにより、彼女が電話やインターホン越しに会話できるかどうかも分かってないかったからだ。
ひと通り説明を終えると、メアリーの服をどうするかが問題になった。
服なんて着られればいいと考えている究理は、自分の服はネット通販で済ませていた。もちろんブランド物なんかではない。だが、メアリーにそういうものを着せるのには抵抗があった。もっと真面な服を着せてやりたい。何より、出会ったときに森の妖精と見紛う姿だったので、それを隠すようなことはあっても、汚すようなことはしたくなかった。
本当は、向こうの世界を出る前に、メアリーの服をいくつか持って帰るつもりだった。しかし、彼女が住んでいた屋敷が完全に焼け落ちて、着替えも全て失われていたので、その願いは叶わなかった。
「メアリー、問題は君の服だ」
「師匠、私の服の何がいけないんですか?」
「今君が着ている衣装はね、この世界の人からすれば、薄汚れたコスプレ衣装なんだよ」
「?? スプレーを使うときに決まった衣装でもあるのですか?」
「Co-Sprayじゃなくてコスプレだよ。その説明は難しくて、下手すると大勢の人の反感を買うから省くけど、君がその恰好で俺と一緒にこの家を出るところを他人に見られると、警察、君の世界でいう警備兵の取り調べを受ける可能性があるんだ」
「べつに疚しいことがないならいいんじゃないんですか?」
「この国じゃそうもいかないんだ。この国ではね、国民以外の人間が勝手に住み着くことを許していないんだ。外国人が入国する際にも、出身国の国民であることの証明書が必要なんだ。だけど君は、この世界のどの国の人間でもないから、国籍不明の不法移民とされて、拘束されてしまうんだよ」
「面倒な国なのね」
「でだ、君には着替えてもらわないといけないんだが、この家には君の着替えが無い。さて、どうしたものか。この家から出るときは、地味な恰好でも噂になるんだよなぁ。う~ん、……よし!」
「何か思いついたの?」
「俺は都会に、ここほど近所の住人の監視が厳しくない家を持っているから、そこから出るとしよう」
「今すぐ行く?」
「いやその前に、やることがある」
メアリーも究理も、火災現場の近くにいたので、全身が煤で汚れていて、このままでは服屋に入れない。
「風呂場のシャワーの使い方を教えるから、自分で自分の体と髪の毛を洗ってきてくれるかい。その間に、下着の替えを用意するから」
「師匠が洗ってよ」
「いや、それはまずいって。それをやってしまって、万が一どこかで君がその話をするようなことがあると、俺が牢屋に入れられちゃうから」
「でも今までだって、屋敷の使用人に洗ってもらってたわ。
話しちゃうかもしれないって言うなら、もう手遅れじゃない?」
「いや、それは違う……とは言い切れないのか。
う~~む……、わかった、今は俺が洗おう。
だが、絶対に秘密だぞ。
『昔はうちの人(じつは使用人)に洗ってもらってた』とかも駄目だからな。
次からは自分でやってもらうから、洗い方はちゃんと覚えてくれ。
ただ、ちょっと待っててくれ。下着と外出用の着替えを買ってくるから」
* * *
メアリーの体をバスタオルで拭き上げ、ドライヤーで髪を乾かし、コンビニで買ってきた下着を着せ、Tシャツとトレーナーを着せる。正直いってセンスの欠片もない格好だが、それでも様になるのは美女の特権か。
その後、究理自身もシャワーを浴びて、日本のオジサンらしい服に着替えると、メアリーと一緒に双対門で都内の別宅に移動して、そこから渋谷の服飾店に向かった。はっきり言って、どの店がいいかなんて、究理には皆目見当がつかない。比較的おとなしそうな服を扱っている店を選ぶと、店員にメアリーを託し、全身コーディネートを依頼して店を出た。彼は、こういう店に長時間いると魂が削られるから、長居はできなかった。
およそ三十分ほどした頃、そろそろいいかと店に戻ってみたら、なぜかそこにはメイド服姿のメアリーがいた。
「……なんでそうなる……」
「この子が、これがいいって言ったから、メイド服で纏めてみたんだけど、気に入りませんか?」
「いや、コーディネートの方向性を指示しなかった俺が悪いんだ。
これも一式買うから、いいとこのお嬢様風の普段着も二組頼む」
(あぁ、結局コスプレかよ!)




