運気アップの効果あり
間の悪い一日を乗り越えた翌日、俺は荒木と透馬と健介を家に呼び出した。
どうやら俺の恋バナを期待していたらしい荒木と透馬は、健介がいるのを見て変な顔になった。まあ当然だ。確認こそしなかったけど、俺たちは、おおよそ同じ理由で健介のグループから離れたんだから。
「三人とも、来てくれてありがと。本題に入る前に、これまでのことを幾つか訂正させて欲しい。関係があるかは分かんないけど、健介には話してないことが多いし、二人にも、言えなかったこととか、言わなかったこととか、嘘もあるから」
「嘘?」
荒木の驚いた声で、俺の心はじくじくと痛んだ。
「うん。それなのに都合のいいこと言って悪いんだけど、二人に話を聞いてもらいたいんだ」
俺は心の裏側を捲って見せるような気持ちで、真っ直ぐに荒木と透馬の目を見つめた。すると二人は顔を見合わせて、それから「分かった」と揃って頷いた。
「ありがとう」
俺はひとまず、ヒナに初めて声を掛けられたところから話を始めた。ここら辺は健介が初耳だろう。
アイキの真心と呼ばれているのが判明して、映画の上映回数が増え、俺は客寄せパンダになって日々特典を配布。そしてアイキの、『俺の真心に会いたい』という書き込みのあと、近江さんがアイキと会う機会を取り付けてきた。
「え!! じゃああの記事、ほんとは聡太郎が載るはずだったんだ!!」
「そう。始めはそういう話だった。それが嘘の一つ」
俺が気まずい気持ちで唇を噛むと、荒木と透馬は思いの外明るい表情で、「嘘だなんて思わなくていいって! 守秘義務ってやつだろ?」「そうだよ」と、簡単に俺の罪悪感を拭ってくれる。
「アイドルに会う予定があったなんて、考えただけでわくわくする! やっぱりイブのあれが原因で支配人に変更になったの?」
今まさに予定を台無しにされたというような顔の透馬に、「イブのあれってなに?」と健介が頭を突っ込んできて、俺は取り合えず話を進めることにする。
アイキに会うと決めた翌日に、アイキファンとして映画館に来ていたヒナがうちの店に来たこと。そしてイブの日には家に来て、俺の彼女だと勘違いした兄たちが家に上げてしまったこと。帰宅した俺がいくら否定しても信じてもらえず、不貞腐れて家を出たところでヒナにつかまり、彼女が実は律のファンで、律に関するむちゃくちゃな頼み事をするために俺の後を付けてきたー……というところで、健介が大きな声を上げた。
「なにそいつ意味解んねえ!! 聡太郎にも、なんならアイキにも関係ねーじゃん!! しかもアイキのファンのフリするとか、ファンの風上にも置けねーやつだな!!」
突然、我がことのように怒り出した健介に、荒木と透馬が驚いた表情になる。解るよ、意外だよね。
自分も同じような顔をしていたんだろうなと思いつつ、推しのことで彼女と別れた健介が、ファンの在り方を語るのも興味深い。
「まあそういうわけで、本当は俺が載るはずだったんだけど、支配人が代わってくれたんだ」
「へえ~~」
俺は明らかに含みのある透馬の「へえ~」を受け流し、「それで、もう一つの嘘なんだけど」と、座りを直す。
「実は、アイキが来た先月の二十八日、俺もこっそり生のアイキを見に行ったんだ」
「えっ!!」
「生のアイキを!?」
予想通りのバカでかい声量の二人に、何とか前のめりで耐える。
「うん」
「真心が!!」
「アイキと対面してた!!」
「いや、対面はしてないんだけど」
「やっぱ顔面凄かった!? スタイルは!?」
「遠目からだったけど、よかったよ」
「「うえ~~~~~っ!!」」
見る見るテンションの上がる二人に、言い訳みたいな事実で対応していると、横で健介がぶはっと噴き出した。
「なるほど、こりゃこいつらには言いにくいな!」
「健介は知ってたの?」
「聡太郎から聞いたんじゃないけどな」
渋い顔をする健介に、二人が不思議そうな眼差しを向ける。
「聡太郎、そろそろ本題か?」
「あ、えっと……」
健介に促され、俺は机に手を伸ばした。
夕べ、ヒナから送られてきた画像をプリントアウトした。それを床に並べながら、昨日ヒナと再会したことや、健介が事情を知るに至る経緯を話す。
「――で、昨日元カノが送ってきたのがこれ」
健介が指したトオルくんとの写真を見て、荒木が目を見張った。
「全部聡太郎の写真じゃん。これがファンのコミュニティに上がってんの? 真心だからって?」
「多分そういうことだと思うんだけど、自分以外の人まで写ってたからぎょっとして」
「だからさ、自分が撮られてることにもぎょっとしろよ! なんだよこれ、三枚も増えて!」
健介が真っ当なツッコミをくれ、俺は首を竦めた。
「上げてるのは同じ人なのか?」
「そうらしい。でも、この写真以外に書き込みした履歴は無かったって」
「この並びは何か意味がある?」
何故か声が小さい透馬に写真の並びを示されて、俺は端にある一枚を指で押える。
「うん。これは画像が上がった順番。でも最初にアップされた二十八日の写真は、撮られた時期で言うと二番目に新しいんだ。車が写ってるのは店に電飾が付いてるからクリスマス付近で、自転車に乗ってるのが服装的にそれより前。で、映画館の売店で撮られたのが一番古い」
ヒナは上げられた順で俺に送ってきたけど、撮られた時期はその通りではなかった。そう返事を送ると、たくさんストックがあるのかもね、と恐ろしいことを言った。
「で、この一番古い写真がやべーの?」
健介が売店の写真を取り合げ、耳に付いたピアスが高級な輝きを放った。
「散髪したてだなって思って、担当の長谷部さんに聞いたらさ、バイトを始める直前に来た時のカットだって。襟足を短くし過ぎたから覚えてるって言われて」
「それってつまり、真心って言われる前の写真ってこと?」
理解の早い透馬に頷いて見せると、三人は一斉に沈黙した。それぞれの視線がシリアスな色を湛えて五枚の写真を彷徨う。
「……純粋に、聡太郎を隠し撮りしたってことか」
ひきつる荒木の横から、健介が厳しい顔でこちらを覗き込む。
「本当に見られてる気配とかなかったのか?」
「全然。自転車のときは爆走してるし、バスの乗り降りの後は殆ど歩かないし」
「ヒナって人に後つけられてても気付かなかったんだもんねえ」
「それを言われると……」
急に痛いところを付いてくるな、透馬。
「そのヒナってやつはホントに犯人じゃねーのかよ」
「ちゃんと調べたわけじゃないけど、アリバイはあった」
「聡太郎を隠し撮りしたやつがたまたまMARSのファンで、そのコミュニティに属してたなんてあり得んのかな」
健介の眉間に皺が寄り、「聡太郎がマーズの誰かに似てるとか?」と透馬が言って、三人の視線が俺の顔面に注目する。
「いや、ないでしょ」
「あー! よく分かんねえけど気持ち悪っ!」
短髪をぐしゃぐしゃにする健介の横で、透馬が写真に顔を近づけていく。
「……この写真、上手だね」
「は?」
「構図がさ、いいなって」
さらに写真に顔を近づける透馬に、健介が嫌そうな顔をしながら一枚手に取る。
「なんとなく、どれも映画のポスターになりそうじゃない?」
荒木と健介が、写真を片手に頭を傾ける。よくわからないけど、映画好きな透馬がいうならそうかもしれない、という表情だ。
「でも、同じ人が撮ってるようには思えないんだよなあ」
「どうして?」
「詳しいことは言えないけど、色味の設定とか、角度とか? 似てるのもあるけどー……あ、プロだったらあり得るか!」
「プロ……」
「おいこら透馬! もっと怖い話にすんな!」
「ごめん……」
「あのさ聡太郎、このコメントはなんなん?」
シュンとした透馬の横で、荒木が手にした写真を裏返す。
「自転車で遠出が吉」
「ああそれな」
健介が、持っていた売店の一枚を裏返す。
「笑顔が大吉」
透馬が支配人の車が写った写真を裏返し、「ドライブすると運気アップ」。次の二十八日の写真にはなにもない。そしてトオルくんとの写真には、「友情運アップ」。
「投稿者が画像と一緒に書き込んだって言ってた」
「待ち受けにすると運気が上がる、みたいな?」
「あー、アイキの真心ならご利益ありそう」
「んだそれ! ふざけてんのかよ! てか『笑』なんてついてねえじゃねえか! ののかのやつ!」
三人がそれぞれ写真を手に取って、隅々に視線を走らせている。俺は少しの間それを眺めた。そして息を吸って心を整えると、今日の本題の前振りに入ることにした。
「それの意味は分かんないんだけどね、この画像が上がる前、少し炎上してたみたいなんだ」
驚いた六つの目が揃って俺を見る。そう言えば、荒木のものもらいは治ったようだ。
「……炎上って、誰が?」
俺はポケットからスマホを取り出して、夕べのヒナとのやり取りを画面に表示させた。
『――炎上? 俺が?』
『君じゃなくて、おたくの映画館が、かな。なんで記事に載ってるのが君じゃないんだって。アイキが会いたいって言ったのに、その通りにならなかったのが気に入らなかったみたい。あんたの上司にも文句付けてた』
『なにそれ』
『そしたらさ、あのアイキと君の画像が続けて投稿されて、やっぱり会ってたんじゃんって大盛り上がり。じゃあ尚更なんでこのオッサンなんだって言う人と、高校生だししょうがないって擁護する書き込みがあって、二人のツーショットが欲しかったってゴネてる人もいたんだけど、君の画像が例のコメント付きでポンポンって上がって、そしたらなんでか収まった』
「……じゃあ、この投稿が炎上を止めたんだ」
荒木の指先で写真がペラペラと揺れ、俺は真似て頭を揺らした。
「まあ、意図的かはわからないけどね。炎上って言っても、小さなコミュニティでの話だし。だからー……どうしよって思って」
「どうしよって、どういうことだよ」
訝る健介と目を合わせると、赤いピアスが濡れたように光った。
「調べたんだけど、どんな場所や格好でも、本人の承諾もなく公共性もない場合は、無断で投稿、拡散するのは肖像権の侵害になるんだって」
「は!? ののかの奴、嘘言ったのかよ!!」
「あ、いや刑事罰はないみたい! もしもこれがストーカーだってはっきりすればあるかもだけど、元カノはそうは思ってなかっただろうし」
俺が慌ててフォローを入れるも、健介の歪んだ顔は悲しく陰っていく。俺は健介の膝に手の平を乗せた。
「まずは管理者に削除依頼を出して、聞いてもらえなかったら民事訴訟とかになるみたい」
「じゃあ、取り合えず管理者に連絡入れてみようぜ! ヒナって人ならわかるんだろ?」
「うん……」
言い淀んだ俺を荒木が覗き込む。
「……乗り気じゃないのか?」
「ヒナが言うにはさ、一時の暇つぶしだって」
「暇つぶし」
「あそこはそもそもMARSファンのコミュニティだろ? ローカルだから、そんなに人数も多くない。この辺が生活圏のファンが、あそこにまだグッズがあったーとか、ライブに一緒に行きませんかーとか、そういうやり取りをするようなところなんだ。だから、そのうちMARSのイベントとかが発表されたら、みんなそれに気が移るだろうって」
「だからって放っておくのかよ。お前はアイドルじゃないんだぞ? ちょされて暇つぶしにされて、なんのメリットもないだろーが」
声を抑えた健介が、膝にある俺の手を丸めた拳で優しく叩く。
「それはそうなんだけどさ」
「映画館と支配人が悪く言われてたのがショックだった?」
やっぱり、透馬は察しがいい。
「……うん」
「それは聡太郎のせいじゃないよ」
「わかってる。でもせっかく収まってるなら、余計な事したくないなって」
「いいじゃねえか企業と大人がちょっと言われてるくらい」
「全然よくないよ!!」
「そうだぞ健介!!」
俺の支配人への想いを知らない健介は、透馬と荒木に急に厳しく言われて、怯えたように俺の手に縋った。
「ローカルってことは、つまりはうちのお客さんだし、俺ももう、あそこに愛着があるんだよな」
なにかがパチッと窓を打った。風が強いんだろうか。朝は曇っていたけど、今は晴れ間があるらしい。窓から差し込む陽光が、四人が沈黙する部屋の壁を照らしている。
「今日三人に話を聞いてもらったのはさ、取り合えず様子を見ることにしたいから、しばらく俺から離れててってことを言いたかったんだ。
ようやく目的地にたどり着いてホッとした俺の頬に、再び六つの視線が突き刺さる。
「はあ?」
すっとぼけた声が荒木から飛んできた。
「それ言うための話? 全部?」
「だって、事情を言わないで距離取ったら意味解んないじゃん」
「おい聡太郎!! 俺がお前のストーカーにビビるようなしょうもない男だと思ってんのか!!」
健介の眉が難しい形に曲がって、荒木と透馬の目もつり上がる。
「そうだぞ聡太郎!!」
「俺も!! 心外!!」
「そんな怒らないでよ、今までと大して変わらないからさ。スマホっていう文明の利器があるし、学校に犯人はいないだろうから、校内では今まで通り。冬休みももう終わる」
「だからってお前なあ!」
この後しばらく三人から文句を浴びせられた。俺はそれをのらくらとかわした。
部活があるだろうとか、趣味があるだろうとか、俺はバイトがあるしとか。今までだってさほど頻繁に出歩いていたわけじゃない、だからなにも変わらないと繰り返して、丁度よく母から差し入れられたホットサンドを食べさせ、午後一時を待たずに、なんとか帰ってもらった。
「ふう」
久しぶりに部屋のロックを掛けた。一人で居るのが安全だ。もしかしたらここを出ない方がいいのかもしれない。でも、もう冬休みも終わる。
音も無くもう一度ため息を吐いて、それを動力に床に散らばった写真を拾い上げた。
真心が始まる前に撮られたってのは、言わない方が良かったかな。ファンが暇つぶしに遊んでいるだけってことにしといた方が心配させなかったかも。でももう嘘はつきたくないし。
ああ、一体誰なんだ。俺なんかを目に留めたのは。写真ならいくらでも撮っていいから、もう投稿しないで欲しい。そんな風に手紙に書いて道に落としたら、その人が拾うだろうか。
くだらないことを考えた瞬間、スマホから着信音が鳴りだした。静寂に浸っていた心臓がギクッと縮み上がり、慌ててスマホに手を伸ばす。
ところが画面に支配人の名前を見た途端、全ての緊張がホットサンドのチーズみたいにとろけてなくなった。
ヒナのことは夕べのうちに伝えていたけど、既読が付いただけで返信は無かった。恐らくそのことだろうと思いつつ、かなり浮かれた気持ちがする。
ここ数日、変なことばかり続いているのに、どうして恋心が膨らんでいるんだろう。不安な気持ちが糧になってるのかな。
「森口くん?」
「はい」
「休みのところ悪いんだけど、今からこっち来られる?」
「事務所にですか?」
「そう。予定あるかな」
「いえ、行けますけど」
どうしたんだろう。口調がすごく気だるい。くたびれた姿が目に浮かぶようだ。
疲れてるのかな、眠れてない? 写真に自分の車が写ってたから? それとも、自分の悪口を書き込まれてたからかな。言わない方がよかったかも。
「迎えに行こうか?」
「いえ! 行けます!」
「そう? ごめんね」
けだるい声に耳元で謝罪されて、つい鳩尾をむずむずさせていると、
「早くおいで~」
スマホの向こうから支配人とは違う声がして、反射で背中がにょきっと伸びた。
今のって。
「うるさいですよ、近江さん」
「え、近江さんが居るんですか!?」
「そう。悪いけど、待ってるから」
「あっ……」
ぷつっと通話が途切れて、俺の脳内の電気信号もしばし途切れた。
ざっくりラストまで書いてみたけど、なんで十話の予定がこんなことになるんだろう。素人過ぎる。
すみませんが、あと少し続きます。あと少し!!!




