二月 バレンタインデー
オリジナル短編シリーズ
『山田さんは告らせたい!』の第十一話です!
毎月1日に短時間でサクッと読めるお話をアップしていきます!
山田さんや山崎くんたちのどこにでもありそうなささやかな青春物語をお楽しみください!
横広のポストに小さな紙袋は簡単に吸い込まれていった。
紙袋が着地する音を確認してから、まるで柏手を打つかのように小さく手を合わせる。
「明日、山崎が実力を発揮できますように」
最後にもう一度だけお辞儀をして踵を返す。
ちらりと視界に入る山崎の部屋はカーテン越しに照明の明かりが漏れている。
「頑張ってね。山崎」
ぽつりと呟いた言葉は曇天の空模様の中で曖昧な白い靄となって消えていく。
二月も半ばに差し掛かった今日は二月十四日――バレンタインデーだ。自然と町中の空気感が甘酸っぱい雰囲気に包まれて、そわそわしてる男子とそれに気づきながら素知らぬ様子を装っている女子たちの駆け引きがあちこちで見受けられる一日。
けれど三年生の私たちはその限りではないのかもしれない。
学校は新学期になって早々自由登校となり、ここ最近はすっかりみんなとも会う機会のない日々を送っている。
「次に会えるのは登校日かな」
「あれ? 山田さん?」
そんなことを考えていたからか、思わぬ声に私の心はびくん、と小さく飛び跳ねる。
「あ、あれ山崎? どうしたのこんな所で?」
動揺を隠しきれていないであろう私を山崎は特に気にした様子もなく、
「散歩の帰りだよ。ちょっと気分転換でね」
「そっか。明日だもんね」
「うん。いよいよって感じ」
そう言う山崎の横顔はどこか清々しい表情すら伺える。
「順調そうで良かった。明日、頑張ってね」
「うん。ありがとう」
数週間ぶりの会話だったけれど、お互い進むべき道を見つけてからはなんとなく少しだけ二人の間に流れる空気も落ち着いたように感じる。
「ね、山田さん」
「うん? 何?」
あまり引き留めても悪いと切り出そうとした矢先、ダウンジャケットのポケットに手を入れていた山崎が少しもぞもぞとし始めた。
いや、《もじもじ》だったのかもしれない――。
「何かあっという間だったね。高校三年間って」
「もうあとひと月だもんね」
「特に今年は早かったよ。ほんといろいろあったって感じ」
「そうかも。何? 山崎ってばどうしちゃったの?」
まるでいつぞやの私みたい。私みたいにもじもじしちゃって……。私みたいに……。
……あれ? こ、この流れってもしかして……――。
「山田さん。これ」
「ひゃいッ! ――って、これは……?」
ずっと仕舞っていた山崎の手がポケットから小さな紙袋を取り出す。
寒さのせいなのか、素直に照れているのか頬を赤らめた山崎はぷいっと視線を外したままだけどその小さな紙袋をそっと差し出す。
「ほ、ほらこの前のクリスマスにプレゼントもらったけど、結局俺からは何もあげられなかったからさ! そのお返し。こういうの慣れてないから何選んでいいのかわからなかったし、女の子に何かあげるとか経験ないし、俺センスだってないからちゃんと気に入ってもらえるかわからないけど、良かったら貰ってくれるかな」
まくし立てるように話す度に頬は朱色を濃くし、吐く息はまるで蒸気機関車のように忙しない。
けど、ちゃんと伝わったよ。
「ありがとう。嬉しい。開けても、いいかな?」
「う……うん」
最後までぎこちなく頷くと、真一文字に口を引き締める山崎。
「わぁ、髪留めだ!」
「うん。山田さんよく付けてたからさ。似合うかもと思って」
「ね、山崎、どうかな?」
視線が泳ぎ続ける山崎を覗き込むようにして付け替えたばかりの髪留めをお披露目する。
薄金色をした三角形のシンプルな髪留めは山崎らしいチョイスで、心なしかじんわりと温かい気持ちに包まれる。
「うん。似合ってると思うよ!」
「そこは可愛いって言ってよ!」
「え、それはちょっと」
「ちょっとって何なのさー?」
「や、山田さん目が怖いよ!」
あと何回山崎とこんなやりとりができるんだろうな。
流れる時間は止まってはくれないけれど、だからこそ今この瞬間を愛おしく感じ、大人になって振り返ったときに見ても大切な宝物になっているんだと思う。
いつの間にか降り始めていた粉雪はそんな私たちをそっと静かに優しく包み込んでいた。
( 二月 完 )




