7.単純接触でも回数を
(歴史のあたりは読み飛ばして下さっても問題ないです)
こんにちは、ニワカ肉食系女子のヒロインです。
出会っていきなり『結婚して下さい!』なんて、漫画やドラマに登場する美男美女が言うならともかく、私が言ったらただの頭のおかしい人である。
では、現実においては如何に結婚まで漕ぎ着けるのか。前世でお向かいに住んでた、婚活に必死だったお姉さんに教えを乞うておけばよかった、と毎度のごとく後悔する。
合コンもお見合いパーティも結婚相談所も、行ったことのない私は、とにかく頭を悩ますしかないのである。
ちなみに、ゲームでは指導や育成で会いに行けば好感度が上がる。
随分とお安く感じるが、実際に『ザイオンス効果』という、単純接触でも回数をこなせば好感度や親近感がアップするという心理学用語があるから、あながち見当外れでもない。
地道に好感度を上げていく作戦、とても私向きであるが、問題は半年があっという間に過ぎてしまうことだ。
ともあれ、まずは私に出来ることをやっていくしかない。
サブリミナル効果でも、吊り橋効果でも、出来る事ならばやってやろう。最終手段はストックホルム症候群だ。立て籠もり型乙女ゲームヒロインなんて、ちょっと新しいかもしれないがどうだろう。
今週の行動で、私がまずロックオンしたのは秋智宮のマチアス様である。
若葉肉食系女子の私は、どの神官様なら攻略出来るのかとか、全くわからないので、直感で決めた。ごめん嘘、本棚が余りに魅力的だった。あと結婚後、余り会話をしないで済みそうだから、と後ろ向きな考えです。
書物が目当てだなんて、乙女ゲーヒロインとしてはどうかとも思うが、お向かいのお姉さんも男性に求めているのは、年収と身長と親と同居しない事だったので、これくらいはアリだと信じたい。
いざ秋智宮と、筆記用具片手に向かった私は、それなりに気合いが入っていた、のだが。
書架と本による無言の圧力を受ける執務室で、肩身の狭い応接チェアとテーブルのセット。そこが勉強をしにやってきた私に与えられたスペースだ。
まずは国とその周辺の歴史やらを勉強すればよいのだろう。
マチアス様は何も言わないが、テーブルの上にドンと置かれた歴史書がその答えなのだと思う。入室した際に、言葉少ない挨拶と、積まれた本をちらりと見たところから、そういう事だと推察した。
なんというセルフサービス型の指導か。
本から目を離さない彼の方は、もう私の事など意識外に違いない。ああ、でもわかるわかる。本を読むのは以下略。
というか、聖女候補が字を読めない可能性など、考えてもないのだろうか。
エッツェンラーグの歴史・全集──編者20名を超える本著は読み物としても十分面白いので、読めというのなら吝かでは無い。しかし、ライバルとの能力テストの際、この歴史全部が出るとも思えないし、中間、期末考査のように範囲があったりしないのだろうか。
中程の一冊を手に取り、パラパラと捲る。あえて途中から読むのが、歴史の前と先が想像を搔き立てられて楽しかったりするよね。
読み始めてから15分ほど経った頃、ふと目次と、積んである本の背表紙タイトルを見る。
「あれ?」
歴史を紐解く作業は純粋に楽しいのだが、なんとなく違和感、というか物足りなさを感じた。
「この全集、間が一冊足りない……」
王国の歴史書は昔、貸本屋で一度読んだことがあった。小さな街の貸本屋には珍しい立派な書物で、お爺さんが若い頃に苦労して手に入れたと看板にしていたものだ。
子供には難しい字が多かったが、人に聞いたり、調べたり、読み終えた時の苦労もひとしおだった。
そのこともあって、国の歴史については、流れがそれなりに頭に入っている。
「……そんな筈はありませんが」
私の独り言が、読書中のマチアス様に届いていたらしい。
接着されているのではないかと思えるほど、その場から動く気配の無かった彼が、ツカツカと私の方へと歩いてきた。本の扱いに自負があるのだろう、ほんの少し不機嫌のようにも見える。
けれど、少年から青年にかわりゆく途中といった容貌は、横顔だけでなく真正面から見ても麗しいことが、ああ、よく分かりました。
マチアス様は机の上に置かれた本の背表紙を数え、確認すると、私に吊り目がちの瞳をまっすぐに向けた。
「全17冊、我が国の歴史の勉強のための本は、全て此処にあります。巻数も抜けてはいません」
持ち主が言うのならそうなのだろう。しかし、私は記憶の違和感が拭えなかったので、言葉を続けてしまった。
「でも、この巻のあたり。なんか足りない気がします。……ソムール朝とアドエラ朝の間、もう一個くらい王朝があったような」
……自分で言ってみて、なんだか妄想の痛い子のようだ。これ以上は口を噤んだほうがよいか、と思いマチアス様の方を見ると、思案をするように口に手を当てている。
「…………! ああ!」
合点がいった、というように、すこし表情が明るいのは、謎が解けた時の高揚感だろうか。大人びた横顔しか見ていなかった分、随分と年相応に見える。
マチアス様は一人で納得をしていたが、はた、と私がいることを思い出したようだ。表情を取り繕うと、私にあらためて向き直る。
「……ええと。まずもう一度言いますが、僕は出す巻数を間違えていません」
「そうですか」
「でも足りないという貴女も間違っていません。この歴史書は版が変わった際に、大幅に改訂されていたのです」
「なんと」
成る程、それならばお互いズレがあっても仕方がない。
「貴女が言っていた通り、ソムール朝とアドエラ朝の間にはもう一つ王朝があったのですが、当時、王家が分断していた為にソムール朝も同時に存在していたのです。30年ほど前はその消えた王朝を時代の一つとして数えていたのですが、純粋な血統はソムール家にあったということで、編纂の末、一つ巻数が減ったという訳です」
貸本屋のお爺さんの本は、確かにかなり古いものだった。どこの前世でも歴史なんて、改竄や消失、逆に真実が明らかになるなど、色々あるものだ。
しかし、テストに出る系の情報が更新されていなかったなんて、危ないところだった。
「けれど、この時代の王家の血統は今も議論が繰り返されており、別の釈義で書かれた書物によると、50年ほど前に同盟国のバスカーから第三王女が嫁いできた時まで遡って……」
成る程、一つの時代でも様々な解釈の歴史書があるのか。知識を司る神官様のところには、あらゆる本が集まるのかもしれない。なんとも羨ましい事だ。
「その前代の王には5人の王子がおり第一継承者である王太子が不審な死を遂げたのを皮切りに末の王子のみが生き残るという状況から突然あらわれた王の庶子が当時王宮で力を二分していた宰相が彼の後見を──」
読んだ本は全て知識として頭の中に入っているのだろうか、書物も開かずに朗々と歴史を語る。
まるで史書が美しい人型を取ったような、そんな感覚に陥った。一家に一台彼がいれば、日々にどれだけ潤いがあることか。
「辺境に於ける最大の内戦と言われたエルガルドの戦いの背後には当時人界との接点を持たなかった魔族が暗躍していたという説とそれを隠れ蓑にエッツェンラーグの国力を削ごうという周辺国の思惑が──」
……んんんん?
歴史四方山話といったものは確かに楽しいのだが、なんだか話し始めて止まりませんね、この神官様。
最初のソムール朝の話はとうに遠くに飛んでいって、今は前の前の前か、そのあたりの歴史の講釈が始まっている。
テストに出るのなら、ノートに写させてもらって良いだろうか?
「やがて港が整備されると主要産業として林業が盛んになり同時に輸送量を上げるために造船を強化するよう当時の聖女による──」
「あれ……この国って原則的に政教分離が成されてる筈じゃ」
「ええ、そうです。ですが例外的に40年間だけ…………」
「……?」
「…………」
ぴたり、と風が止んだ。気がする。イメージ的に。
マチアス様が、喋り続けたオタクがはたと気付くとまわりが白い目だったり引きつっていたりした時の顔になっていらっしゃる。いや、別に私は白い目など向けていないが。むしろ逆だが。
「いや、その、今のは」
「……」
「な、何で笑っているんですか、貴女は……!」
笑ってないです、同じオタクとして限りなく生暖かい眼差しで見ているだけです。
どんなに無口で引きこもりで自分の世界を持っていたとしても、時折、同好の士と趣味について思う存分話したくなるのがオタクです。むしろ自分の話だけを聞いて欲しいのがオタクです。(※匿名Mさんからのお便り)
「お話聞いてて楽しかったので。まだ続きがあるのなら是非」
「……っ。いえ、」
嗚呼、一瞬ものすごい嬉しそうな顔をした。
どうやら今日は、引きこもり神官様の発散お付き合いで一日が終わりそうだ。果たしてこれで学力アップするのだろうか、それだけが心残りであった。




