第百六話 「私の知るあなた」
※グロ描写注意。
トシキの言葉に反応に困るも自分と同じ気持ちだと気付いた彼女は思わず笑みが零れる。
そんなレオナの反応で彼は気恥ずかしさを覚えてしまい、気が付けばまた頭を強く搔いてしまう。
「そこまで笑わなくたって良いじゃねーか……。で、分解するなら早くやっちまおうぜ。またコイツらみたいのが来たら面倒だろ?」
「うん、確かにそうね」
レオナは地面の上で横たわるメイド服の彼女らを一瞥し、頷く。
今は一刻を争う事態で、もたもたしていればまた襲撃を受けかねない。
そうなれば無事で済むと言う保証は無く、手間取れば更に時間を消費してしまう。
レオナは胸に手を宛てて息を整えると今一度頷いては心する。
覚悟を決めると幾層封印璧の前へ足を進めると壁へ両手を宛て、深く息を吸うとゆっくりと吐き出す。
彼女は瞑目すると呼吸と共に自身のElfを送り込む。
白色の膜は呼応するように光を帯び、呼吸に合わせて光は強くなったり、弱くなったりを繰り返す。
トシキは時折、彼女の様子を伺いながら新たな襲撃が無いか警戒を続ける。
先程のメイドたちは目覚めたとしても逃げられぬように背中合わせで拘束し、絨毯のように敷いたポピアの花の上に寝せている。
「……嘘、どう言う事なの……これ」
封印壁へ手を宛てたままレオナは困惑の表情に染まる。
「どうした?」
「封印壁の術式の一部を改竄しようとしてるんだけど、どこにも術式が見当たらないの!」
「―――は?」
本来、術と言う物は一定の式と言った方向性や規則性を持ち合わせ、それによって形となる。
故に式を失った術式はただの力の奔流であり、術式とは呼べない。
しかし、
「……待てよ、術式が見当たらないなら何で防壁として機能してんだ? 何か見落としてんじゃねーのか」
「そ、そっか! 一部分で見るからダメなのかもしれない。もっと力を全体に拡げて―――」
トシキの言葉にレオナは力を拡散させ、術式を探る。
同時に封印壁は一層強く輝き始め、白から金へその色を変える。
段々と勢いを増す発光は辺り一面を金色へ染め上げ、レオナもトシキも風景もその色の中に溶け込んでいく。
そして一面、金色の世界へ変貌する。
『……嗚呼。幾々度と待ち続け』
『幾星霜、盃らが創るその先をたがえようとも必ず至るその悲しさを知っても、尚』
『あなたとまた逢える一瞬を前に』
『何もかもが一抹として消え失せるよう』
『砂粒の中から一粒の望みを探すような愚かさ』
『けれどあなたはその砂粒となると笑って見せた』
『果てにあるのは二つの終わり』
『果てへあるのは二つの始まり』
『何度も出逢い、何度も別れ、何度も果て、何度も始まる』
『焦がれた想いを胸に手を伸ばしても』
『あなたが想う私は私じゃない』
『私が想うあなたはあなたじゃない』
「な、なにこ……れ……! 頭の、中……に」
「どうしてオレにも声……がっ」
視界の全てが金色一色で奪われる中で幾つもの声が2人の頭の中で反響する。
それは女性の声であったり、男の声であったり、子供の声であったり、老人の声であったり……。
様々な物が入り混じる声は木霊となって幾つも重なり、響き渡る。
『私の知るあなたは……もう何処にも居ないの―――』
悲しみを孕んだ少女の声が静かに響く。
内に秘めた深い悲哀は声はレオナとトシキたちへ強く干渉し、その感情に2人は胸を締め付けられる。
それは遠い遠い、久遠を思わせ。
それは長く長く、悠久を思わせ。
それは深い深い、想いを見せ。
『だからお願い。全てを、終わらせる為に……』
瞬間、幕が開けるように金色は晴れ、視界の先は元に戻る。
反響していた多くの声は消え、2人はその場で倒れ込んだ。
2人は顔からは夥しい汗を流し、口を大きく開けて酸素を吸い込む。
「な……んだってんだ今、の」
トシキは軽く頭を振ってその小さな身を起こして目を細める。
様々な疑問はあるがAlpと同様に力の中に意識や魂が融合した集合体である事は理解出来た。
しかしそれが何故、レオナが触れた事で表面化したのか判らない。
いや、先程の「どこにも術式が見当たらない」と言うレオナの言葉を思い返せばおかしくも無い話である。
幾層封印璧とは元より、Elfと意識を内包した集合体だったのだ。
彼がそんな思考をする中、レオナも身を起こすと呆然と光の壁を見上げ、
「これ、解いちゃいけないんだ……」
心此処に非ずと言った表情を見せた彼女はそう呟く。
「……おい、お前何言いだしてんだよ!?」
「違うの。これは国を護る為の結界なんかじゃなくてもっと別の物かもしれない……。だからこの力は私の言葉に答えてくれないんだと思う」
今現在、封印の間への謎の攻撃が続いている。
そして城下町は竜の襲撃を受けてとこの国は窮地に立たされており、幾層封印璧が国を護る為の物とすればレオナの言葉に呼応するハズ。
しかし幾層封印璧はそれに応えなかった……。
「じゃあどうすんだ。襲撃されてんのに大人しくしてるつもりかよ?」
溜息を零しては胡坐をかいて彼女へそう向ける。
封印壁がElfで出来ている以上、Alp体であるトシキに打つ手はない。
第五の戦いに於いてレオナの封印術を解けたのはレオナのElfで術を操作したからであり、このようにいくつものElfが入り混じった物へは何も出来ない。
「……ううん、大丈夫」
彼女はおもむろに立ち上がると空を見上げる。
それは遠く離れた人を想うかのようで、儚さを帯びた横顔。
「ユウが、来てくれたから」
レオナはそう言ってトシキへ顔を向けると静かに微笑んだ。
城下町の一区は竜の襲撃を受け、街は瓦礫の山と化していた。
その山の中で時折煙が上がり、小さな赤い川がいくつも流れる。
陽気が心地好い週末最終日は一瞬で地獄絵図と化し、その中を人々は逃げ惑う。
我先にと女子供関係無しに悲鳴を上げながら走り回る。
中には傷付いた者を必死に支え、安全な場所を探して逃げ回るが足が遅れた人間から次々と竜の餌となる。
竜たちはどれから食おうかと言った足取りで瓦礫の中を我が物顔で歩き回っては逃げ遅れた人間を食って回る。
既に息絶えた人間には目もくれず、あえて意識が残っており、声が出る者だけをいたぶりながら喰らう。
そんな阿鼻叫喚が木霊する中、傷付いた我が子を腕に抱きながら走る女性。
息も絶え絶えになりながらも走り、必死に安全な場所を探す。
週末の昼過ぎに夕食の食材を買いに城下町へ出たハズなのにどうして―――
悪い夢でも見ているのではと思いたい感情を噛み殺し、人々が逃げる中に混じってひたすらに走る。
そんな中、疲労により遅れた足取りがもつれ、大きく地へ転ぶ。
地面へ転がった我が子をすかさず抱きかかえ、身を起こすがこけた拍子に足を痛め、立つ事がままならない。
早く逃げなきゃ早く逃げなきゃ早く逃げなきゃ……。
焦りと共に同じ言葉を繰り返しながら地を這い、声を上げる。
そして彼女に気付いた一人の男が駆け寄り、彼女を支えては助けを求める。
だがそんな声など、周囲の叫び声や騒音に全て掻き消され、後ろから迫る影は容赦なく3人を食む。
3人は断末魔など上げる暇も無く、一瞬で絶命する。
そしてゴミへ群がるカラスのように数匹の竜は集まり、我先にと肉を奪い合う。
辺りにはゴリゴリと骨を噛み砕く咀嚼音と、肉の千切れる音がが不快に響く。
獲物を平らげた大竜は満足そうに顔を上げ、染まった口を歪に開いては嗤うように一声上げる。
情けなど餌になる為の愚行、とでも言わんばかりに。
「―――カーレン、カーレン! しっかりしてぇ……!」
半壊した建物の陰に隠れ、血塗れで横たわるカーレンを必死に揺さぶるリアの姿。
カーレンは頭から血を流し、静かに目を閉じるその顔は流血によって蒼白と変わっていた。
辺りには同じく意識を失って倒れた者や既に息絶えた者たちが横たわる。
「何で……何で治癒魔法効かないの……どうして……!」
彼女は拙いながらも不得意な白魔法を何度も唱えるが発動する前にことごとく力が霧散する。
このままでは近くに転がる既に絶命してしまった者と同じになってしまう。
今日はお城から連休を貰って、洋服を選んだり食事したりいつも通り2人で騒いで、いつも通りの店で夕食を取っていつも通り歓談を交わしながら帰るハズだったのに。
そんな日常は一瞬で非現実のような惨状へ変わった。
「あたしなんて庇うから……」
竜の襲撃から避難する際に自分を咄嗟に庇い、瓦礫の一部を頭部などに受けてカーレンは意識不明に陥った。
襲われないように物陰へ彼女を引っ張り、白魔法を施すも一切効果が無い。
そんな中、時間だけが無情に過ぎ去りカーレンの容体は悪化する一方だ。
打開策を求めて脳は過去の記憶を遡り、近しい経験を掘り起こす。
だがそれはリアに無力さを叩きつけるだけの物となり、彼女の頬には大粒の涙が伝う。
身近な人が目の前で弱って行く様をただ眺めているしか出来ない。
―――それは10年前、妹を亡くした時を思い返させる。
「ガァアアアァ……」
血生臭さを纏った生温い風が振動と共にリアへ届く。
大きく顔を上げれば城下町に並ぶ店と同じくらいの影が目の前で揺れ、喉を鳴らしながら一歩一歩こちらへ。
「あ……」
恐怖から悲鳴など出ず、開いた口から抜けた息が辛うじて声のような物が零れる。
遅れて歯がカタカタと鳴り、身体は警鐘を打つがリアは動けない。
竜はズシリ、ズシリ。と丸太よりも太い足を踏みしめる。
足の下敷きとなった転がる死体は水の入った袋のように容易く弾け、地面を、瓦礫を、リアを赤く染める。
そして大きな振動と共に竜は目と鼻の先まで寄ると横たわるカーレンに顔を近付け、彼女の服の裾を噛んで引っ張る。
何をしているのか理解が出来ないリアは呆然とその様子を眺めていたが、竜が自分の元へカーレンを引き摺り込んでいる事に気が付き咄嗟にカーレンの体を抑える。
「いや、やめて……! カーレン連れてかないでぇえ!」
悲鳴混じりに大声で彼女は叫ぶ。
しかし大竜の力に敵うはずも無く、ズルズルとカーレンは引き摺られる。
泣き叫びながら必死に彼女を引っ張るリアの姿を見て、竜は口角を歪めてはそれはまるで満足気に嗤ったかのよう。
そして竜はカーレンの腕を噛むと首を振ってしがみ付くリアを振りほどき、咥えていた彼女の身を宙へ放り投げる。
身を転がしたリアが顔を上げた先には上に向かって大口を開ける竜と、落下するカーレンの姿が―――。
次の瞬間、ゴキャリと非現実な音と共に鮮血の雨が彼女の頭へ降りしきる。
「いやあぁあああああああああああああ!!」
赤い雨の中、彼女の絶叫が木霊する。
竜はその声を嬉しそうに聞き入り、彼女を食んだ口を半開きのまま聞き入る。
悦を見せた様子で、もう一噛みをしようと顎を開く。
そんな竜の前へ小さな姿と共に小火が揺らめき、
「――――返せ」
小さな声の主は瞳に赤色を灯して竜の喉元を殴りつける。
非力な一撃はペチリ、と情けない音を響かせた。
しかし同時にそこを中心として顎元まで凍結する。
それは竜の血を水晶のように凝固させ、肉は耐え切れずに割れ、鱗を突き破って赤い結晶が顔を見せる。
そして小火を帯びる影はその水晶へそっと手を伸ばし……。
同時に竜の全身から氷の針が何百と生え、悲鳴を上げる事無く竜は絶命する。
大きな音を立てて横倒しになる竜の口の中から零れ落ちるカーレン。
小火を帯びた影は彼女の元へ駆け寄ると抱き上げ、リアの元へ近寄る。
「間に合った……大丈夫ですか。リアさん」
見覚えのある仕事着姿を前に安堵を覚えるがそれは一瞬で消え去る。
馴染みのある彼の姿は血に塗れ、リアへ向ける表情はいつものようなあどけなさなど一欠けらも無い。
冷酷を宿した赤い瞳の悠を前に彼女は戦慄を覚える。
そこにはリアが知る悠の面影はどこにもなかった―――。




