第百五話 「そーいうこった!」
「幾層封印璧の解除はまだか!?」
先程より随分人が減った指令室の部屋でカーリの声が響き渡る。
その言葉を受けた従者は叱られた子供のように身を縮み込ませながら恐る恐る顔を上げ、書類を彼へ手渡す。
カーリは書類を奪い取ると一層眉根を顰め、口元を大きく歪めた。
「断続的に封印の間へ攻撃を受けている為、解除が難しいとの話が……」
「馬鹿な。封印壁を抜けて攻撃だと? まさか城内に侵入を許したと言うのか」
「いえそれが……封印の間にはレニア女王陛下とその従者、数名の王宮魔術師のみ。謎の攻撃については原因を調査中です」
現在、突然の竜による襲撃で指令室は大混乱となっていた。
只でさえ予定より早い開戦によって不穏な空気となっていた所へ封印の間に対してのピンポイントの攻撃を受け、多くの人間は冷静さを失った。
一部の王族や貴族は特殊な転移魔法陣を使用し、その場から逃走した者も少なく無かった。
それにより様々な責任処理はカーリへ全て向く事となり、不測の事態で度々押し寄せる騎士や役職者の対応を全て彼が行う事に。
今回の大迫轟の節に於いて責任は本来ならば三芒剣のゼルート・パーディンズ・ノーデンディリスにあった。
しかしその彼が王国を離れている間に襲撃を受け、三芒剣と繋がりがあるカーリへ全て責任が向かう事となってしまい、今に至る。
「しかし現状、封印壁の解除が不可能となると……レオナ王女様の試みに望みをかけるしかないのでしょうか」
「馬鹿を言え。あの小娘に何が出来ると言うのだ」
カーリは従者の言葉にそう吐き捨てると被害報告などの書類が広がるテーブルの上を漁る。
人がほぼ残っていない部屋の中でその音は枯葉が擦れるような音をガサガサと響かせ、彼は目当ての書類を見付けるとそれに目を通す。
そして幾層封印璧を解除すると部屋を出たレオナを思い返し、憎々しげに顔を歪めてはポツリと呟く。
「―――使い捨ての傀儡風情が大人しくおればよいものを」
「やっぱりここでも制御操作出来ないみたい……」
レオナは薄暗い小部屋の中でぼんやり光るプレートへ手を乗せながら首を振る。
先程から城内の各所にある幾層封印璧をコントロールする為に試みるが一切操作を受け付けない為、解除は難航していた。
「まったかよ。それってやっぱ書類にあった封印の間への間接的な攻撃が原因じゃねーのか?」
「それもおかしい話なの。本来なら封印を一部解除が出来るようになってるハズなんだけれど……これじゃ敵を閉じ込めるどころか私たちも一切何も出来ないわ」
レオナの説明に妖精は「あ、確かにな」と返しては操作盤を見つめる。
幾層封印璧は絶対的な防壁を基準として襲撃者の逃げ場を奪い、捕えると言った目的を兼ね備えて造られた物だ。
壁は魔法魔術妨害効果を持ち、幾つもの層を作って城や城外、街をドーム状に覆うよう展開される。
攻撃を受けていると言って一切の操作が出来ないようでは有事の際に対処が一切出来なくなってしまう。
故に封印壁の一部解除を出来るように操作室が何ヶ所にも設けられているにも拘らず、操作を一切受け付けない状況となりこのような事態に陥っていた。
「じゃぁどうするんだ? まさか封印ぶっ壊してーとか言い出すつもりじゃねーよな」
妖精は悪人面で黒い笑みを浮かべそんな事を言って見せるとそれに対し、
「……ちょっと近い事を考えてる、かも」
とレオナは答えてはイタズラっ子のように小さく舌を出して見せる。
予想外の反応を前にトシキはひき笑いをしては固まってしまい返答に困る。
そして彼女の言葉を元にトシキは記憶を遡るとふと、「まさか」と声が思わず零れると苦笑いをする。
「オメー、要談の時にやったアレを試す気かよ」
「……操作を受け付けないなら一部を分解して道を作るしかないから。それに破壊じゃないなら封印壁はそのままだし良いかなって。―――ここじゃ狭いから城庭園に行きましょう」
彼女はそう受け答えると散歩に赴く足取りで操作室を後にする。
トシキはその後を小鳥のように飛びながら着いて行き、数分も経たずして2人は城庭園へ辿り着く。
城の外に広がる空は薄い白色により淡い色となっている。
見渡せば膜のような物が空全てを覆っており、レオナはその膜へ近寄るとゆっくりと見上げる。
「これが幾層封印璧ってヤツか……」
目の前にある触れればすぐに割れてしまいそうな結界へ視線を向けながら妖精は固唾を飲む。
見た目は脆弱その物だ。
しかし作りに反してこの膜へどれだけの力が働いているか理解したトシキは彼女の試みへ対して思い留まるべきではないかと恐れを覚えた。
そんな様子も余所にレオナは何の迷いも無く手を伸ばし、道端に生える花へ触れるようにそっと手を宛てる。
「おいおいおい待てってレオナ!?
お前、あの場で分解したアクセなんかと比べモンなんねーじゃねーかコレ!!」
慌てて声を上げるトシキの声に驚いた彼女は少々ギョッとした表情を見せ、一拍を置いて軽く笑みを浮かべる。それは「大丈夫」とでも言わんばかりの物で一抹の不安も見えない。
「……そうね。流れも強いし、力も色々な人のElfが混じってるから大変そう」
「お、おう。ってそーじゃねぇよ!? 何でそんなに軽いんだよ相当ヤベーだろコレ。失敗したらどうなるかなんて考えたくもねぇぞ……?」
「うん。でもこのまま何もしなかったらもっと酷い事になると思うの。だったら危険でも何かしなきゃいけないし、現状それが出来るのは私だけだと思うから」
その答える彼女の瞳を前にトシキは何も言えなくなる。
幾層封印璧のせいでリスリムを始めとした王国騎士団との連絡が取れていない。送り出したユウとも会話の途中に繋がりが絶たれ山脈での戦況が全く分からない。
そんな中で城下町を中心とした襲撃があり、一刻を争う状況下である。
故に手詰まりな現状でレオナが無謀な試みをしようとも、トシキに止める事など出来ないのだ。
「それにユウが頑張ってる中、私だけ無理だなんて言ってられない」
向けられた言葉に彼はこれ以上無い納得を得てしまう。
そして自分の中で何かしら引っ掛かっていた物がやっと取れたような感触を覚える。
「そう言えばその、あなたもどうして私の護衛を引き受けてくれたの?」
「あー……。それねぇ」
その問いにトシキは言葉に迷う。
彼は魔力が枯渇したルシードの代わりで今、彼女と同伴している。
ニーアから強い反対があるかと思われたが以外にもそのような事態にはならず、万が一の為にと一緒に居る事を許された。
このような理由がある為、今更どうしてそんな疑問をとトシキは考え、もっと別の理由がある事を思い出す。
しかしそれを言うべきか思いあぐねいた顔を見せて―――彼はレオナから視線を外すと目を細めて黙る。
その表情は突如警戒を帯びる。
トシキが向けた視線の先を追えば5、6m先に……5名の幼いメイドの姿が。
彼女たちはいくらか息を荒げながらこちらへ駆け寄り、
「レ、レオナ様! お探ししました!」
と声をかけてくる。
馴染みのある格好をした彼女らの言葉にレオナは困惑を覚えるも一歩前に出ようとするが、宙を浮く小さな妖精がそれを阻む。
「二番煎じは流石になぁ。ユウで失敗したから今度はコッチってかぁ?」
トシキはくくっと笑い、自分たちの前を立ちふさがる妖精を前に彼女らはいくらか表情が変わる。
そしてレオナたちを囲む形で並ぶと右腕を後ろにやる。
「既に精霊で守りを固められていらっしゃるのは想定外でしたが……精霊と言えど魔法魔術が使えない現状なら無意味ではなくて?」
「ほーん。で? お前らもそれは同じだろ」
「あ、貴女たち一体何の話を―――」
疑問を口にした瞬間、レオナの傍を風が吹き抜ける。
それは地面の草を巻き上げ、風の過ぎ去った方へ視線を向ければ目の前に居たメイドの一人が斜め後ろに立っている。
目にも映らぬ俊足で自分の横を駆け抜けたのだと理解したレオナは戦慄を覚え、固まる。
「レオナ様。
手荒な真似をして疵を付けてしまっては主様が哀しまれるので、願わくばじっとしていて下さいね?」
彼女はにっこりほほ笑むと隠していた右腕を前に出してはその手に握るナイフで警告する。
それに倣って他のメイドたちもナイフを構え、腰を落とす。
現状、魔法魔術が使えない中で実力行使はこれ以上無い手段だ。
そしてレオナの横を一瞬で駆け抜けた技量からして相当の手練れ。
魔法魔術が使えるてならばいくらか応戦出来たであろう。
だがレオナはそのような訓練も受けておらず、対魔王戦の為に鍛えられたと言っても魔法魔術を主軸とした戦闘方法しか知らない。
「……安心しろって。すぐおわっからよ」
どうすると打開策を思案するレオナへ向けられるその言葉。
同時にメイドたちは疾風となって襲い掛かってくる。
「大丈夫ですよ……主様はお二方を番って愛でる事をお望み! あの方も後からちゃんとお連れしま―――」
「させねーよボケ」
トシキが呆れた口調で呟く。
そして空を駆けていた彼女たちの身体もその言葉で阻まれたようにして宙を浮き……
そのまま落下する。
突然の事に何が起こったかわからず慌てて身を起こすメイドたちは自分たちの動きを止めたソレを前に大きく顔を歪める。
「つ、蔦!? このような物、先程まで無かったのに!? しかもどんどん絡み付いて……い、いやぁ!」
「おーおー。やぁっぱ魔法魔術使えないつっても穴があんだなー」
蔦に絡まり身を捩るメイドたちを前にうけけなどといやらしい笑みを浮かべてその様をトシキは眺める。
彼女たちの身体に絡まる蔦は這うように四肢の自由を奪い、そのまま地面へ拘束する。
「とりあえず後で聞きてぇ事もあっからよぉ……ちょーいと寝ててくんね?」
トシキの言葉と同時にポンッ! と、花が彼女たちの鼻先へいくつも落ちる。
それは真っ白で、甘い芳醇な香りを漂わせる……
「ポ、ポピア!? 魔法魔術が使えない中、どう……や…………って」
その花が何かと気付き、慌てて顔を背けて逃れようとするが時既に遅し。
強い睡眠効果を持つ香りを一嗅ぎしてしまった彼女らはそのまま昏睡する。
大人しくなったメイドたちを眺め、一つ溜息を吐きトシキはヤレヤレと一言を零す。
そして肩に手を宛がっては首を鳴らしてはレオナに顔を向ける。
「あ、ありがとう…………魔王」
様々な疑問が入り混じる中、困惑しながら彼女はお礼をする。
襲ってきたメイドは一体何者なのか、何故自分を狙うのか?
もしや選帝を妨害する王族の誰かが仕向けた物なのか……と。
「……オレぁトシキってんだ。魔王じゃ誰だかわかんねーよ」
「あ、ごめんなさい。トシキ、ありがとう」
「約束しちまったからな」
「約束ってやっぱり……ルシード?」
トシキの言葉にルシードが護衛を頼んでいた事をレオナは思い出していた。
しかしトシキはその言葉に答えず、暫く黙っては強く頭を掻く。
それは言い辛い事を口にする時に彼がよく取る行動で、気恥ずかしさを浸隠しするものだ。
「―――ちげーよ。ユウだよ」
顔を逸らしながらそう答えると彼はレオナの傍を離れて浮遊する。
倒れるメイドたちの様子を伺うかに見せ、自分の言葉をはぐらかすかのように飛び回る。
そして少々自棄混じりに顔を大きく上げると、
「アイツが無茶してんのにオレが遊んでる訳にもいかねーだろ? そーいうこった!」
ここまで言ってしまったなら全部吐ちまえと言った調子で口にするか迷った内容を全部ぶちまけては、誤魔化し混じりに笑みを浮かべた。
休みがほすぃ!




