第百七話 「秘色」
「……もしかしてどこか怪我でもしてますか?」
問いかけに応えないリアへ悠は心配を口にする。
大きな荷物を両手に抱えるようにしてカーレンを抱く彼は膝を突くと彼女を傍へ寝かせ、リアへ手を伸ばす。
「ひっ!」
しかし心配を向けた悠の手は酷く脅えたリアを前に止まる。
彼女の顔はこれ以上無い程の恐怖を宿し、見せる顔は引き攣っていた。
伸ばした手を下ろす悠を前にリアは我に返り、自分が彼へ向けてしまった事がどれ程の物か自覚し、頬へ涙が伝う。
「あ……う……。ぐすっ」
何か言葉をと口を開くが顎は言う事を効かず、思うように動かない。
そしてその情けなさを前にボロボロととめどなく涙が溢れ続ける。
そんなリアを前に悠は表情を変える事すらなく、立ち上がると赤い目を細めては胸に手を宛て、何かを唱える。
呻き声を一つ零すと悠は前のめりになる。
そして背の一部が盛り上がり、そこより血に塗れた光が生える。
それはゆっくり大きくなると蝶の羽化のように羽を広げ、小柄な少女の姿となる。
銀の長髪に銀の鎧、青い瞳で片手には不釣り合いな長い槍。
彼女は純白の羽を大きく広げると水面に足を乗せるように地へ降り立つ。
「―――何なりと、主様?」
花弁のような唇でそう答えると会釈をして見せる。
「2人をレオナの所へ」
短くそう述べられ、少女は小首を傾げていくらか眉を曲げる。
言うべきか多少戸惑いを見せ、頬へ手を宛てながら彼女は言葉へ答える。
「主様、大変申し上げにくいですがスキルが使えない現状の今、私には荷が勝ち過ぎます」
「―――これで行けるでしょ。早くして」
少女の言葉へ苛立ちを含みながら悠は小袋を投げる。
手に取ると中に入った物が擦れ合うと「カチャリ」と小さな音を響かせた。
「……戻ってきたらキミにもやる事あるんだ。頼んだよサンクリズル」
溜息交じりにそう言って彼は背を向ける。
素っ気ない粗雑な態度はいつもの悠の姿からかけ離れたもので、優しさや思いやりが全くない。
だが銀髪の少女はそんな彼の態度に不満を見せるどころか恍惚の表情を浮かべ、
「御任せを主様!」
小袋を胸で抱き締め、嬉しそうにそう答えた。
「……どこだ」
凍て付いた赤色を凝らしながら彼は呟く。
地を這う竜を虱潰しに倒しては崩壊した城下町を飛び回る。
時折、カラスのように群れて人を喰らう大竜はまとめて倒すには好都合であった。
滑空して接敵すると竜の身体に触れ、竜はそこから全身に氷柱を生やして歪なオブジェへと変貌して行く。
そして負傷して呻く人々へ無言で近寄り、傷を癒してそのまま立ち去る。
「どこだ……どこに居る……」
夢遊病のように崩壊した無人の城下町を歩いて回ってはブツブツと同じ言葉を唱え続ける。
目に付く竜をひたすら殺し、気が付けば全ての竜は物言わぬ氷像へとなっていた。
今の悠の中ではこの元凶を引き起こしたと思われる白ローブのキョーと言われる人物を探し出す事だけが繰り返し唱えられる。
去り際に追ってこいと言ったのなら必ずこの場に居るはず。
そしてカーレンを死の直前に陥るような状況を作り、リアもその危機に晒した人物でもある。
あと数秒遅れていればカーレンは帰らぬ人となっており、リアも同じくそうなっていたであろう。
それは悠が家族を亡くした事を思い返させ、蓋をしていた過去への感情は現在と言う熱を元に劫火となっていた。
故に今の彼に冷静さなど一切無く、キョーを見付けると言う考えしかない。
―――いや、キョーを見つけ出して殺すと言う考えしかなかった。
刹那、悠の横を青い電撃が掠める。
急所を僅かに外した狙いで、悠は攻撃の先を見やる。
「……違う。けど、その格好はアイツの仲間だな」
瓦礫の山の中で顔を上げた先で白ローブの人影が一つ浮かぶ。
それはミャーと呼ばれていた少女とは違い、それなりの背丈がある。
悠は迷う事無く一足飛びで白い影へ向かう。
だがそれを電撃の雨が行く手を阻む。
悠はその攻撃を瞬間移動する形で全て躱し、白い影は彼の移動する先を見透かしているかのように攻撃を放ちながら距離を取る。
「どうした。前とは様子が違うな?」
白い影は縦横無尽に飛び回り、距離を空けるとそう呟く。
その一言に悠は動きを止め、目を細める。
―――どこか聞き覚えのある男の人の声だけど、思い出せない。
曖昧とした記憶を前に苛立ちから彼は唇を噛む。
「色々あって今更キレたってところか?」
悠の心情を読み取ったかのように彼は言葉を吐く。
それを前に悠は眉を顰め、目を細める。
「まぁそんな物だ。失ってから自分の愚かさ、無力さを知る。しかし時間が過ぎ、緩慢とした中で過ごしていればそれを忘れてしまうのが人間だ。今回の件は良い例だったろう? 幸い、一歩手前でどうにか出来たみたいだが」
何も答えない悠を前に彼は嘲笑を見せ、口元を押さえる。
よく見ればローブの下よりいくらか覗く顔は包帯で覆われ左半分を割れた仮面で隠す。
そして手元も全て包帯で覆われており、僅かに覗く口や目が異様さを引き立てる。
「あんたが、ボクの何を知ってるのさ……」
悠はギリっと歯を鳴らすと激情に合わせて8つの火羽は大きく揺らめく。
煽られるろうそくの火のように靡いていたかと思えばそれは掻き消え、無風で悠は白い影の前へ移動する。
そして感情に任せて細い腕を振るうが易々と躱され、大きく振り被ったところに肘打ちを喰らう。
「……がはっ!!」
重い一撃を受けて悠は轟音を響かせて瓦礫の山へ墜落する。
それは辺りの瓦礫と砂をを巻き上げ、辺りに砂埃が幕を張る。
「大切な人を奪った奴を、世界を壊したいほどに憎んでいた。
そしてそんな中で生きる自分すら許せず、自分を殺した。
―――俺が知っている、少なからずお前に共感出来た一部。だが今のお前はどうだ?
元の世界での憎しみも忘れ、この世界でのうのうと生きている。見ていて吐き気がする」
瓦礫の中から身を起こす悠を見下ろしながら彼はそう向ける。
悠は白い影を睨みながら困惑を抑え付ける。
彼は自殺した理由を他人に話した記憶は無い。
仮に知り得る存在が居たとすれば精神で繋がりのあるトシキたちだけだが、それ以外は検討も付かない。
「おっとぉ? 駄目ですよいけませんよやりすぎですよ秘色の方。貴方が深く関わるにはまだ早すぎます?」
「……キャラに合わずほんと細かいなよな月白。コイツのお陰で最終段階に入ったんだ。これくらいは許せよ」
「―――つけた……」
突如現れたキョーは慌てた調子で悠へ肘打ちした白い影を諌める。
その姿を前に悠はぽつりとそう呟くと、姿を消す。
「見つけた……」
言葉と同時に悠はキョーの目の前へ現れ、彼の胸座と腕を鷲掴みする。
「痛いですよ激痛ですよ捥げますよ!? は、離して下さぃいい」
「離すかぁああああああっ!!」
か細い手に全力を込め、指先はローブ越しにキョーの身体へミシミシと音を立てて食い込む。
キョーは痛みの余りに振りほどこうとするが悠はそれを許さず、悠の瞳は濃い赤から熱を帯びた鋼のような朱へと変わる。
「な、何を―――」
キョーの言葉を遮る赤い発光。
それは悠を中心として大爆発を巻き起こし、2つの白い影はその中に飲み込まれる。
空中を割く灼熱は辺りを染め、夕陽とは違った赤色が空を焦がす。
「げっほ! ごっほげっほげほ……。い、いやはやなんとも無茶苦茶ですね? 力を外部発動出来ないからと内側で無理矢理とは」
拡がる爆炎の外れで咳き込みながらキョーはローブに付いた煤をはたく。
爆発の音が響き渡ると同時に安全圏へ姿を現わしたその光景は瞬間移動でもしたようで、隣に浮かぶ秘色は無関心な素振りで目の前の赤を見やる。
現状、幾層封印璧の効果により魔法魔術は発動出来ない。
それは詠唱などを用いて体外へ魔力が放出され、方向性を持って構築する過程を妨害される為に発動が不可能なのである。
逆に言えば体内の魔力を使い、放出をしない状態で術を使えば発動可能だ。
しかし問題は術発動も体内のみで起こる。
攻撃スキルを使えば体内で発動し、召喚を行えば体内で召喚され、肉体を引き裂いて出てくると言った自爆技である。
「目的の為には手段は選ばない。俺たちも同じ事をしてるだろう? ならアイツがイカレた行動を取っても不思議は無い」
秘色は自分の頭をトントンと叩きながら皮肉を口にする。
その言葉にそれもそうですねと納得し、キョーは頷く。
顔を向けた先の爆炎は黒煙を多く孕んで黒ずみながら拡がっているかと思えば突然、膨脹が止まる。
そしてそのままゆっくり収縮し、高速逆再生するように中心へ集まると消え去る。
そこの場所に唯一残ったのは悠の姿。
腕から先を損傷し、煤を全身に纏った満身創痍で空中を佇む。
「……月白。お前のか?」
「いえ? 自分は今、空きが無いので使っていません使えません」
「って事はスキルの賢者の魔手でも応用してるな。
器用な事をする…………しかしまだまだだ」
彼はそう呟くと不満そうに首を振る。その刹那、小さな火は揺らめきと共にまたキョーの元へ。
二度目は無いと言わんばかりにキョーは姿を霞ませながら後退しようとする、が悠は逃がすまいと回り込む。
そしてまたローブの裾を掴み、力の限り引き寄せると腹を鷲掴みする。
「ま、また爆発ですか炸裂ですか……!?」
「―――芸が無いな、お前」
仲間がやられているのをただ黙って見ている訳が無いだろうと秘色は悠の背中目掛けて手を振り下ろす。
が、手前でそれは弾かれる。
大きく弾かれた先で見えるのは白色に光る剣を握った血に染まる右腕。
それは悠の背を割いて生え、火色の眼をする彼は秘色を一瞥して、
「……芸が無いのはソッチだろ」
言葉と共に白色は大輪の花の如く悠の背から咲くと11人の甲冑を纏った少女となる。
彼女らは手に持った剣でキョーと秘色へと襲い掛かり、剣風が空を割く。
次々と迫り来る猛襲を前に2人は防戦一方となる。
その隙を狙い、悠は手を伸ばしてキョーへ触れるとまた爆撃を見舞う。
「な、内部でニーベ召喚んんん!? クォーツ様! 貴方様、正気ですかまともですかイカレすぎてやしませんかー!?」
続け様に攻撃を喰らい、黒煙を上げて墜落する戦闘機のようにキョーは瓦礫の山へ突っ込む。
遅れて銀色が瓦礫目掛けて幾つも落ち、剣を突き立てる―――が、5m程離れた場所でキョーは前のめりで立ちながら肩で息をする。
その様子を空で見ていた悠はまたか、と言った表情を見せる。
そしてらしくも無く舌打ちを鳴らす。
「月白。俺はそろそろ帰るぞ」
「ちょ!? お待ち下さい冗談はおやめ下さい!? 自分が基本的に一対一は苦手だとお判りで!?」
「やる事はやった。それにそろそろ戻る時間だ」
秘色は気怠そうに首へ手を宛がいながらキョーの傍へ立つ。
彼の言葉に取り乱すキョーは縋るように彼へ近寄るが……その2人のやり取りを11の銀色が許すはずも無く、剣閃が幾つも走る。
その一撃は瓦礫を巻き上げ、空気を引き裂く。
切れた空気は真空を生み、それは衝撃波を引き起こして爆風を生む。
が、
「―――今のお前程度じゃ無理だ。諦めろ」
宙へ浮かぶ悠の後方で秘色の声が響く。
ゆっくり振り返れば先程まで地上に居た2つの白い影は瞬時に悠の背後に回っていた。
「……じゃあな」
「そ、そんなもう少し、もうちょっと、もう僅かでも手伝って下さっても!?」
「多少なり飯は喰えたんだろ? ならケチってないでもう一色使えよ月白」
背を向ける白い影を「逃がすか」と叫び、悠は追う。
しかし秘色の姿は悠の数歩先で揺れ、その距離は今の実力差と言わんばかりに突き付けられる。
そして彼は包帯で隠れた指で線を引き、
「今のお前程度じゃ、無理、だ」
そう嗤うと白い影は夕陽に溶けるようにして姿を消した。




