第11話 謀反人の娘②
後宮は皇帝と、皇帝の後継である皇太子のみが形成する。
皇太子は最初の結婚をもって、皇帝よりは小規模な後宮を開く。
婚儀を重ね、側室である妃嬪が揃ってくると、後宮は彼の家庭および後継の育成施設として機能し始める。
宦官たちが集められ、派閥が形成され、女たちの熾烈な出世競争が始まる。皇太子が即位し皇帝になると、妃嬪たちは皇帝の正室である皇后を目指して、さらにしのぎを削ることになる。
大黎の後宮は門閥主義で、いわゆる庶民、一般女性に門戸は開かれない。出身の家格こそがすべてだった。
妻である女官には厳格な序列があり、皇后を頂点として、皇貴妃(皇后の代理)・貴妃・淑妃・徳妃・賢妃の上位の妃五人、下位の嬪(暫定)九人が皇后候補となる名家出身の女性から選ばれる。妃の数は決まっているが、嬪以下に特に定めはない。九人以上になることもよくある。
その下は、婕妤(九人)、美人(九人)、才人(九人)、宝林(二十七人)、御女(二十七人)、采女(二十七人)と続き、これは中堅貴族以下、実家の後ろ盾がない女官、貴人出身ではない者などが任命される。
妃嬪とそれ以下の女官の間には、明確な身分の壁があった。嬪以下の女官は、たとえ皇帝や皇太子の子を産んだとしても、よほどの寵愛と功労がない限り妃嬪にはなれなかった。
凰琳は皇族出身であり、正鵠の一番目の妃ではあったが、官位は下位の嬪であった。下位にされた理由は明白である。彼女には自分を援助し、後宮での生活を支えてくれる確固たる後ろ盾がなかった。
さらに悪いことに、正鵠の父である今上帝にも好かれていなかった。
皇帝は正鵠と凰琳の結婚に難色を示した。夫唱婦随する皇后も同じ気持ちだろう。凰琳の兄も反対した。元から祝福された結婚ではなかった。
麗麗は、凰琳の現状や寄る辺なき身上を知っていた。
知っていて、あえて意地の悪いことを言った。何事も最初が肝心、今後の敵手となる女を叩き潰しておきたかった。
皇族特有の古式ゆかしい話し方も、皇太子に名を奉って媚を売ったのも、結婚早々に子を身籠ったのも気にくわなかった。
麗麗は手を叩いて婢を呼んだ。
「崔妃さま、今日はお近づきのしるしに贈り物を持って参りました。皇后さまから賜ったものですが、生憎当家では茶は有り余っておりますの。どうぞ遠慮なく受け取ってくださいな」
余り物を人へ贈るのは無礼千万である。
凰琳は腹が立ったが、いちいち反応するのも相手の思惑に乗るような気がして黙っていた。
麗麗は、婢に白木の箱を持ってこさせた。
箱を開けると、中には深緑色の四角い塊が入っていた。茶葉を乾燥させて固めたものである。
麗麗は小匙を使って茶葉を崩し、欠片をつまんで口に入れた。食品を贈る場合、相手の目の前で一部を食べてみせるのが大黎貴族の礼儀である。
舌で茶の味と香りをよく味わうと、麗麗は微笑んだ。
「問題ございません。最高級の白牡丹茶です。いただきましょう」
麗麗はともかくとしても、姑にあたる皇后からの下賜の品とあれば賞味しないわけにはいかない。
凰琳は仕方なく、もてなしとして出した茶を下げさせた。崔夫人に、贈られた茶葉で茶を淹れ直すよう命じた。
しばらくして白牡丹茶が出てきた。
麗麗は、茶を優雅に飲み干した。
彼女が飲み終わるのを待ってから、凰琳も一口だけ飲んだ。茶は美味だった。とろりとして上品な甘みがあり、後味が爽やかだった。何より馥郁たる香りが素晴らしい。香り聞きたさに何杯でも飲みたくなる。
皇后から賜ったというが、皇后は珂家の出身である。
おそらくは珂家からの献上品だろう。この白牡丹茶は珂一族の喉を潤すために宮中を回っている。白茶は薬としても用いられる高価なものだ。凰琳はこれを常飲できる珂家の財力に圧倒された。純粋に羨ましくも思った。
麗麗は、凰琳の様子を注意深く窺っている。すっと目を細めた。
「本日は内覧に参りましたの。来月から暮らすところですもの、今から入念にお支度しませんとね。香宮殿下にもわたくしの部屋で居心地よくお過ごしいただきたいですし。そうそう、わたくしは小徳妃に叙せられることになりました。お部屋は香花殿を賜りました。南で日当たりもよいですし、なんといってもお庭の眺めが素晴らしい。こちらは随分じめじめとしてお暗いのにね」
「……」
凰琳は、茶碗から手を離した。
円卓の下で手を重ねるとぎゅうと握った。
信じられなかった。自分は下位の嬪なのに、麗麗は序列第四位の徳妃に叙せられるという。皇太子の後宮だから、「小徳妃」と謙遜しているにすぎない。
部屋は香花殿を賜るという。
香宮とよばれる皇太子の住まいにおいて、妻女が暮らす殿舎には「天地花鳥風月雪雨上品」という序列があった。
凰琳が暮らす香雪殿は、広さも内装も使用人の数も中庭の手入れの頻度ですら香花殿に劣った。上や品に至っては、婢が寝起きする場所である。
「それは……重畳かと。香花殿はよきところと伺います。麗麗さまが健やかにお過ごしになるのは、殿下にとっても僥倖でございましょう」
凰琳は、そう言うのがやっとだった。
皇族の生まれである自分よりも、麗麗の方がはるかに官位が高く厚遇されている。
入宮すれば、彼女は凰琳の上官になる。命令されたら従わなくてはいけない。部屋に呼ばれたら何においても駆けつけなくてはならないし、挨拶の際は足元に跪かなくてはならない。それは屈辱以外の何ものでもない。
仕方がないこととわかっている。
珂家は大貴族である有氏十家を追う新興勢力であり、正鵠も新たな妻をないがしろにはできない。それでも……あまりにも差がありすぎる。
麗麗は、衝撃を隠しきれない凰琳を満足げに眺めた。
高貴な生まれ以外には、何の取り柄もない凰琳を侮辱するのは楽しかった。
「新参者であるわたくしが崔妃さまを差し置いて小徳妃になるなんて。申し訳ないとは思っているんですよ。でも致し方ありませんわね。わたくしは皇后さまの異母妹ですし、父は丞相補。対して崔妃さまは黎大公さま……いいえ、皇帝陛下に反逆した謀反人の娘なんですもの」




