1-5 セツカのヒント
その日の夜、わたしは自室のベッドに転がって、姉に電話をかけた。
「もしもし……セツカちゃん?」
『フユちゃんが電話をかけてくるって、珍しいね。もしかして、お姉ちゃんが居なくなって寂しくなった?』
姉は四月から東京で大学生をしている。
「うん、まあ、家が静かになった気がする。もう慣れたけど」
『そっかー。お姉ちゃんはまだ一人暮らしに慣れないな。現在、ホームシック罹患中』
「大学はどう? 楽しい?」
『楽しいよ。新しいことも新しくないことも学べる。例えばさ、人生の体感時間の半分は、十歳なんだって』
ジャネの法則っていうんだけど――とセツカは続ける。
「それじゃあわたし、六年前に人生の半分が過ぎちゃったの?」
『お姉ちゃんは九年前だ。もうそんなに経ってしまったんだね』
スマホの向こうで姉は「早いなあ」と呑気な声を出していた。
寝返りを打って、勉強机に背を向ける。大切なものを隠すように背中を丸め、胎児のように脚を畳む。心の奥を悟られないよう、友達と恋バナをするようなトーンで姉に尋ねる。
「ねえ、セツカちゃん。そっちで恋人ができたりした?」
『残念、できてないよ』
答えを聞いた途端、風船のように肩の力が抜けた。
もし姉に恋人ができていたら、ようやくハルはわたしを見てくれるかもしれない。自分の恋のために、ハルの恋の失敗を願う自分が、わたしは怖い。
「セツカちゃんは、夏休みは実家に帰ってくる?」
『うん、そうする予定。行くとしたらお盆くらいになるかなあ』
「オーケー。パパとママに伝えておく」
『お願いね』
何を話そうか、わたしは言葉を探す。
先に言葉を見つけたのはセツカだった。
『フユちゃん? 何かあった?』
「うん、いろいろあったよ。どうして分かったの?」
『お姉ちゃんの勘』
「すごいね、さすがお姉ちゃん」
『そう? 何かがない日なんて、一日もないけどね』
「確かにね。お姉ちゃんの言う通りだよ」
拾ったハンカチのこと、ハルが男子バスケ部の練習試合に呼ばれたこと、〈Spring〉で大人の男から大金を受け取る北山さんを見たこと――二日間の出来事を、わたしはすべて姉に話した。
『フユちゃんが真実に辿りつくための手掛かりは、それなりに揃ってると思うの。後はそれぞれの手掛かりをどう解釈するかだけ』
「解釈? どういうこと?」
『うーん、どこまで言おうかな。フユちゃんはどこまで分かってる?』
「バスケ部の試合時間が増えていた件については、分かってる。〈H.N.〉のハンカチの件は、まだ繋がってない」
『繋がってない、ね。それじゃあ、ヒント。バスケ部の試合時間の延長と、〈H.N.〉のハンカチの件は切り分けて考えていい。これは、同時期に起きた二つの出来事ってだけだから』
さすがお姉ちゃん。わたしの話だけで、すべて理解しているのだ。真相に辿り着くことに関して、彼女は群を抜いている。
姉は優しく尋ねる。
『どう? できそう?』
「うん、できそう。ありがと、お姉ちゃん」
『フユちゃんを安心させるために言っちゃうけど、〈H.N.〉のハンカチのことも、踊り場の桐山くんのキスも、心配しなくていいんだよ。このせいでバスケ部はなくなったりはしないし。
北山さんが男性からお金を受け取っていたことも心配しなくていい。フユのことだから、いろいろ考えちゃうんだろうけどね。大丈夫、何も起こらないから。
フユちゃん、自分で考える?』
「うん、自分で考えてみる。『何も起こらない』って聞けただけでも、落ち着いて考えられるよ」
わたしはスマホの録音アプリを起動して、
「相談は終わり。セツカちゃん、ハルに何か伝えたいことはある?」
『そうだなあ。受験は来年だけど、勉強は頑張ってる? それから……夏祭り、三人で行こうよ。みんなで、浴衣を着てさ』




