2-7 セツカの助言
その日の夜、わたしは自室のベッドに転がって、姉に電話をかけた。両脚と片手で抱き枕を抱える。
「色々あってね、セツカちゃんに電話した次第です」
わたしは期末テスト前、一週間に起きた出来事を話した。電話越しに、姉は相槌を打ちながら聞いてくれる。
『それで、フユちゃんはどこまで分かっているの?』
「職員室からUSBを盗んだ犯人が、松来くんということまでは分かってるよ。トリックもね。ただ、動機には納得していない」
わたしは――見たのだ。職員室からUSBを盗み出した犯人は松来くんで間違いない。野分先生の話から、犯行方法も推理できた。それなのにどこか、パズルのピースが埋まっていないように感じている。
姉は少し考えて、パズルのピースを見つけたようだった。
『そうなんだ。それじゃあ、フユちゃんが考える、松来くんはUSBを盗んだ動機を教えてくれる?』
「松来くんは、わたしにテストの成績で勝負を申し込んでいる。一本桜でわたしは勝負を断ったけれど、勝利の景品がなくても、彼はわたしに勝ちたかった。だから、テストで点を取るために、テストの問題が入ったUSBを盗んだ」
『その動機の、何が不満なの?』
「一つ目、勝負で勝つためにズルをするという性格が、松来くんと合っていない。今まで松来くんと話していて、彼は勝負事でもカンニングや不正はしない。そう、わたしは感じた。だけどこれは、わたしの印象でしかないから、松来くんの悪い本性が犯行をさせた可能性は否定できない」
松来くんは、期末テストの順位でわたしに勝ったら、一日だけデートをするつもりだった。彼は、わたしとデートをするために、テストの問題を盗んだのか? でもそれはあり得ない。理由は単純で、USBが盗まれた時点では、まだ勝負の約束をしていないからだ。わたしが、彼との成績勝負を蒸し返したのは、USBが盗まれた後のことである。
「二つ目、テストで点を取るためにUSBを盗んだこと。USBが盗まれたことに野分先生が気づいたら、当然、先生はテストを新しく作り直す。テストの出題をあらかじめ知ることが目的なら、出題が流出したことを先生に知られてはいけないんだよ。松来くんがその可能性に気づかなかったとは思えない」
『なるほどね。フユちゃんが引っかかっていることが分かったよ』
「さすが、お姉ちゃん」
姉はわたしの一枚も二枚も上手だ。わたしは、自分が姉に敵う未来が想像できない。
『愛する妹のために、ヒントをあげましょうか。えーとね、フユちゃんが話してくれた松来くんの性格の話、それは信じていいよ』
「……勝負に勝つためにズルをするという性格が、松来くんと合っていない。松来くんは勝負事でもカンニングや不正行為はしない。うん。お姉ちゃんが言うなら、信じる」
『それから、友達想い。……うん。だから、松来くんの動機をもう一度よく考えてみて。そうしたら、もう一つの期末テスト盗難事件が見えてくると思うから』
「どういうこと?」
一瞬、はてなが浮かんで――すぐに消える。
「あ」
わたしの中で、すべてが繋がって――
そして何かが、プツンと切れた。
電話越しで良かったと思う。もし対面なら、セツカはわたしの様子に気づいていただろうから。
『分かったみたいだね』
わたしは目を瞑って。
「やっぱり、セツカちゃんには敵わないな」抱き枕を両脚で抱えたまま、寝返りを打つ。「ありがとう。その……夏休みは、いつ頃に帰ってくるの?」
『うん、夏祭りの前日に帰るよ。お盆のちょっと前くらい』
「楽しみにしてる。それじゃあ、またね」
『また会おうね。バイバイ』
通話を切って、スマホをベッドに放り出す。
わたしが報復する相手は、松来くんだけじゃなかった。いや、報復でさえないのかもしれない。ただの自己満足。それでもわたしは、これからしようとしていることを止められない。
でも――
わたしは少し迷って――
後は、成績勝負の結果次第。
翌日、教室を出た廊下の掲示板に、二年生のテストの成績順位が張り出されていた。
一位 桜町春
二位 柊木冬
三位 松来秀太朗
勝ってしまった――最後の砦が、崩れ去る。
わたしの隣で、ハルは小さなガッツポーズをしていた。小さな声で「良し」と呟いたのが聞こえる。見えないところで、叫びたくなるほど努力しているはずなのに、周りの目を気にして、大袈裟に喜ばないところがハルらしい。
「ねえ、ハル。今回も安心して、勉強できた?」
「まあ、うん。頑張った結果が出て良かった」
人だかりの先に、掲示板に背を向ける松来くんの姿を、わたしは見つけた。その場を去ろうとする彼を追いかける。人の気配がない廊下の角で、松来くんは壁にこぶしを打ちつけていた。
「わたしの勝ちだね、松来くん。当然、勝負の件は覚えてるよね」
松来くんは、壁に打ちつけた手とわたしの顔を交互に見て、状況を悟ったらしい。真っ青な顔で、頭を抱える。
「あんなふうに啖呵を切っておいて、結局いつも通りでした。本当に……自信はあったんです。でもダメだった」
「今回のテスト、松来くんは本気だった? 本当に?」
「いつだって本気です。言い訳はしない」
「まあ、どっちでもいいけどね。約束さえ守ってもらえれば」
わたしは振り返って、松来くんに言った。
「終業式の後、一本桜に来てほしい。そこで話をしよう」
終業式の朝、わたしは用意していた手紙を靴箱に投函した。




