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原罪少女の推理練習曲  作者: 有上透
第二話 期末テスト盗難事件
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2-1 テストの完成

 ――期末テストまで、あと七日。月曜日。


 七月も、もうすぐ半分。まだ明るい放課後。うるさい蝉の鳴き声をBGMに、わたしは廊下を歩いていた。

 コツ、コツ、コツと規則正しい靴音。向こう側から歩いてくるのは野分(のわき)先生だ。授業終わりだろうか。きりりとした鋭い目。冷たい無表情。彼女はいつもパンツスーツを着込んでいる。クールビューティーなのだ。でも、ときおり寝癖が付いている。

「野分先生、今回の期末テストはどんな感じですか?」

「柊木さんなら、きっと大丈夫よ。授業の内容だって、ちゃんと理解しているでしょう?」

「一応、訊いておこうと思って。ほら、成績順位もハルの隣でいたいから」

「本当に、桜町くんのことが好きなのね。テストのことを言うと、本当に大事なのは、理解の方よ。点数は理解を測る指標」

「ふうん、今回のテストも簡単じゃなさそうだね」

 野分先生の担当科目は数学だ。彼女が作るテストは、数学に対する本質的な理解を求められる。だから、数学が苦手な生徒と得意な生徒で点数に差ができてしまう。

 加えて、彼女には甘さがない。ビターなのだ。季風高校の赤点ラインは三十点。四十点を下回れば夏休みは返上、補習である。他の先生(歴史の金山(かなやま)先生とか)は三十九点を取った生徒には、レポート一枚で一点おまけしてあげるなんていう甘さがあるけど、野分先生はそういうことをしない。問答無用、補習直行。だから裏で、数学嫌いの生徒から冷徹野分と呼ばれている。

 わたしは先生の顔をじっと見て、

「どのくらい、テストはできてるの?」

「九割かな。それじゃあね、私は職員室に戻るから」

「バイバイ、先生」

 わたしは手を振って、彼女の後姿を見送った。


 ◇

 

 野分(さく)はすれ違った生徒のことを考えていた。

 柊木冬。学校内では大人しい、特に問題のない生徒。成績も優秀。授業態度も真面目。同じクラスの桜町春と一緒にいるところをよく見かける。

 でも――言葉にはできないけれど、どこか危うい。 

(いや、今は、テストを作らないと)

 職員室に戻り、一直線に廊下側にある自分のデスクに向かった。回転椅子に背中を預け、パソコンを起動。学校からの支給品なので、モニターの右端にはパスワードが書かれたシールが貼られている。相変わらず、セキュリティ意識が甘いなあ、と心の奥で呟きながら、野分はパスワードを打ち込む。

 デスクトップが立ち上がる僅かな時間。教科書を開いてテスト範囲を確認していると、同期の金山(こう)が話しかけてきた。

「野分先生、僕は期末テスト、作り終えましたよ」

「自慢しに来たの?」

 金山はふふんと鼻を鳴らす。

「へへ、去年と一昨年の問題を使い回しました。野分先生は真面目ですねえ。問題を考えるのも楽じゃないでしょう?」

「あなたのテスト、いつも平均点が高いものね。生徒たちの間で過去問が流通してること、知ってるでしょう?」

「過去問集めの口実で、先輩や友達とコミュニケーションを取る機会を作ってあげてるんですよ」

「本音は?」

「問題作るの、大変」

「やっぱりね」野分は溜息を吐き「それで、私に何か用ですか?」

「手伝えることはないかなと。ほら、課題の丸つけとか」

 金山は手を擦り合わせて、そわそわしている。

 野分は引き出しから、ブロックになったプリントの束を取り出す。

「内容の出来は問わないので、提出状況のチェックをお願いします。そうね……今、このUSBにエクセルファイルを入れるので、少しお待ちいただけますか」

 金山は、ほお、と驚いた表情をする。

「意外ですね。野分先生のことだからクラウドとかで管理しているものかと」

「それって、テストや生徒の成績を企業に預けるってことでしょう? 信用してないわけじゃないけど……なんとなく、抵抗感があって」

「USBなら物理的に取られない限り、安全ですか」

 本来ならば、学校に関連するデータは学内で完結させるべきだ。だが、教師の多忙さゆえ、業務を持ち帰らなければならないときがある。そんなとき野分は必要なデータをUSBメモリに入れていた。

 USBメモリにエクセルファイルをコピーして、金山に渡す。金山はぎこちないスキップで自分のデスクに戻っていった。

 野分には、彼が何を考えているのか、さっぱり分からない。

 斜向かいの金山のデスクを見ると、彼は隣の熟年教師に、

「見てくださいよ。ここにチェックを入れると、自動で成績が計算されるんです」

 と、パソコンの画面を指さして自慢していた。エクセルはお前も使えるだろうが、と心の中で突っ込んでみる。

 金山は悪い人ではない。しかし、どこか飄々としていて胡散臭い。彼の態度はいつも表面的で、演技のように思えてしまうときがある。

(もしかして、あの子も……?)

 金山がマウスをクリックする。

「へへっ、ファイルをコピーしちゃおう。歴史の成績もこれでつけちゃうもんねー」

 それが目的だったか。それならば、彼が突然、野分を手伝うと言い出したことに合点がいく。

 たしかに、野分が作ったエクセルファイルなら、成績の計算式をいじるだけで、他の教科にも転用できるだろう。奪われたのは癪だが、一部仕事を代わってくれたので、文句はない。

 むしろ文句を言わせないように、金山は仕事を代わると提案したのだ。人間関係の立ち回りにおいて、自分は金山に敵わない。

「野分先生、お返しします。チェックを終えたら、また声をかけますんで」

 返してもらったUSBを、野分はパソコンの端子に差し込む。フォルダを開いてMath1Test20xx.docxをクリックした。昨夜自宅に持ち帰って徹夜で文字を打ち込んだせいか、ところどころ文字が抜けている。

 問題文を修正する。最後の問題を打ち込み、期末テスト完成させた。


 問10  微分の定義から、cos x の微分を求めよ

 

 一仕事を終えて、野分は肩甲骨をぐるりと回す。凝り固まった肩がほぐれて、気持ちがいい。すっかり忘れていた大きな欠伸を、野分朔はようやく吐き出した。

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