6・きみが“きみ”であること
「――なんですって!?」
みっしり詰まった本棚。重厚感のある執務机。
思案する魔王デモニウスを前に、アスタは思わず声を荒らげる。
「最終チェック時は完璧だった。魂の影響である事は間違いないだろう――なるべく早く調べたい」
珍しく焦りの色が見える魔王に、アスタは僅かに目を瞠る。
「光魔法が使えると言うことは、魂と器が融合しきれていない、と言う事でしょうか」
「⋯⋯わからん。その可能性もあるだろう」
「そうだとしたら、最悪、魂が抜けますね」
「ああ。消えるだろうな」
そうなってしまったら⋯⋯
――静寂が、落ちる。
「⋯⋯そうなったとしても、新たな魂を用意すれば宜しいのでは?」
あっけらかんとした声に、静寂は破られた。
そうだ。その通りだ。だが、素直に頷けない――理由はわからないが。
不可解な胸の重さを振り払うように、魔王は息を吐く。
「――とにかく、一度調べよう。連絡を頼む」
「御意」
執務室から出ていくアスタの背を見ながら、思考を無理矢理、手元の書類に向けた――。
***
「先程、演習場から戻られてから、顔色が優れませんが⋯⋯何かあったのですか?」
メメリィがお茶を淹れながら、問うて来た。
思わずビクリと肩が跳ねてしまう。
「⋯⋯それが、何故かヒールが出来てしまって」
「ヒール⋯⋯光魔法、ですか⋯⋯」
「やっぱり、おかしいよね」
不安を隠すように微笑んでみせるが、上手く出来ずに俯いた。
メメリィは茶器を置き、私の手を握った。
「⋯⋯エリー様、それは不安だったでしょう」
「⋯⋯うん」
メメリィの手は、人間よりも少し暖かかった。その温度に縋るように握り返す。
「良いですか、エリー様。たとえエリー様が“何”であろうと、私は貴女のお傍におります」
「⋯⋯えっ」
思わず顔を上げると、優しい笑みがそこにあった。
「はじめてお会いした時から、私は、エリー様のその優しく明るい御心が大好きなんです」
「メメリィ⋯⋯」
目頭が熱くなる。
「きっと、魔王様もそうですよ」
「それはないと思う。適当な魂だし、私じゃなくても大丈夫だよ」
魔王が優しくしてくれるのは、この外見だから。
それが命を持って動くのなら、中身は誰でもいいのだ。
拗ねてみせると、メメリィは可笑しそうに笑った。
「エリー様がエリー様でいられるように、これからもお傍におりますから」
「ありがとう、メメリィ。すごく嬉しいよ」
「ええ、こう見えて結構強いので、何でも頼って下さい!」
「ふふ、うん、知ってる!」
この外見ではなく、メメリィはちゃんと“私”を見てくれている――そう思えた。
ほっと息を吐き、メメリィが淹れてくれたお茶を飲む。
残った僅かな不安も、その暖かさに溶けていく気がした。
「そうです、エリー様。今度気晴らしに、お出掛けに行きませんか?」
「――えっ!!行きたい!」
「城下町には、沢山のお店がありますよ!」
「そう言えば、ここに来てから一度も外に出てなかったね」
「はい。魔王様のお金で豪遊しましょう!!」
「そ、それは、そうなるね⋯」
全て頼っている事に、少し罪悪感もあったし――これを気に仕事を探してみても良いかもしれない。
(――うん!そうしてみよう!)
わからない事に頭を悩ませても、当然答えは出ない。
それなら、新しい事や楽しい事を考えていた方が、ずっと充実する。
メメリィに気を使わせてしまったな、と申し訳なく思う反面、はじめての外出に、胸を躍らせずにはいられないのであった。
――まぁ、この後、外出を渋る魔王を小一時間説得する羽目になったのだが⋯⋯。




