5・はじめてのヘルゲート
杖を受け取ったその日から、午後は魔法の練習にあてるようになった。複雑だが⋯⋯この肉体が優秀に創られているお陰で、覚えが早い。
今日は、魔王が教えてくれると言う事で、魔国軍の演習場に来たのだった。
私と過ごす小一時間のために、前日徹夜したのだとか⋯。
朝からニッコニコで、背後に黒薔薇を撒き散らしていた魔王だったが、演習場に足を踏み入れた途端、覇者の顔つきに変わった。
「――魔王様!!」
一斉に声が揃う。
先程までのざわめきが嘘のように、空気が張り詰めた。
「ああ、精進せよ」
それを片手で制する魔王。
「なんだか魔王みたいだね!」
「魔王なのだが」
「そうだった」
隅の方を借りて、練習をはじめる。
「初級魔法程度ならできるようになったんだよ」
「流石、我が創りし理想の――」
「アイスブレイク!」
私は魔王の頭上から大きめの氷を振らせてみた。人目があるんだ頭を冷やせ。
だが――
魔王へ当たる寸前――全ての氷が空中でぴたりと静止し、次の瞬間、音もなく霧散した。
「わ、すごい」
「当たりたいのは山々だが、そんな所部下に見せれんからな」
「おお、かっこいいね」
「⋯⋯ぐっ⋯⋯人目が無ければ」
「ファイヤーウォール」
火炙りにしてみる――が、余裕の表情で火に包まれたまま立っている。
「エリーはなかなかセンスがあるな」
「え?なにこの生き物無敵なの?」
さすがは魔王である。
⋯⋯そして私は、この後後悔する事になる。
「ねぇデモくん、デモくんの魔法見たいな!かっこいいの!」
「⋯⋯ふっふっふ。良かろう。惚れ直してもらおうでは無いか!!」
「直すも何も惚れてないよ」
魔王が集中すると、途端に空気が重くなる。
そして、いっそう低い声で、詠唱をはじめた――⋯
「――深淵の底に眠りし禁忌の門よ、次元の狭間に揺蕩う冥府の扉よ⋯!!我が名と、我が魔力に応じてその境界を破り、奈落への道をここに繋げ――ヘルゲート!!」
「長い!!」
フッ、と風が止まる。
――その場にいる全員が固まっていた。
次の瞬間、魔王の足元から黒い闇が音もなく広がり、演習場にいた隊員全員が――跡形もなく消えた。
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯ふっ」
「ええええええ!ちょっと!どこ行ったのみんな!!」
「地獄だ」
「⋯⋯死んだの!?」
「自力で戻る」
「ブラック企業!!」
総勢百人はいたはずなのに。それを一瞬で消してしまうなんて。
「本当に魔王みたいだね⋯」
「魔王だが」
「そうだった⋯」
「案ずるな、そのうち戻る。そんな事よりも――エリー、君の魔法から“魔族の魔力では無い力”を感じた」
「えっ、それってどう言う⋯」
珍しく真剣な表情の魔王に、胸の奥から不安が込み上げる。
「⋯⋯エリー、ヒールと唱えてみてくれ」
「えっ⋯⋯ヒール」
唱えると、白い光が周囲を包む。
「ええっ?できたけど、これって――」
「光魔法だ。魔族には使えない」
「だよね?私、魔族じゃないの?」
「いや、心臓が魔石だから魔族だ」
「どういう事?⋯⋯私、どんな存在なの?」
人間でも魔族でもない?――いったい何者なのか。
魔石のはずの心臓が、早鐘を打つ。
自分自身に恐怖し、一瞬視界が揺れる。
「大丈夫だ、エリー」
少し低い体温と、僅かに掠れた声が私を包む。
「不安にさせてしまったな。もともと君は人間だ。その魂が入っているのだから、その過程で変異したのかも知れない」
「⋯⋯どういう事」
「調べないとわからんが、人間と魔族の間なのか、それとも――」
「それ、とも?」
声が震える。
「⋯⋯もっと高尚な存在か。女神だな」
「ふ、なにそれ」
「我が居るから大丈夫だ」
「確かに、何があっても何とかしてくれそう」
「当たり前だ」
魔王の言葉に、何故かとても安堵する――
「エリーが大丈夫な時にでも、検査してみよう」
「うん、わかった」
ポンポンと頭を撫でられる。
「⋯⋯さて、少し風が出てきた。部屋へ戻ろう」
「うん!」
この時はまだ⋯⋯軍部隊員を地獄送りにした事で、アスタさんから、これでもかと言う程叱られる事など――知る由もなかったのである。




