7・噛み合わない温度
その日の夜。
寝台に入ったものの、なかなか寝付けず本を読んでいると、控えめなノックの音が聞こえた。メメリィだろうか――
「はい」
「⋯⋯エリー、こんな時間にすまない。今、少し良いだろうか?」
「デモくん?どうぞ」
何かあったのだろうか――改まった聞き方に、少し緊張してしまう。
ゆっくりと扉が開き、魔王が静かに入ってくる。
「どうしたの?何かあったの?」
「いや、少しだけ、エリーの身体に組み込んである術を確かめたくてな⋯⋯」
寝巻き姿の魔王は、分厚めの本を持ってこちらへ近づいてきた。
そして寝台に腰を掛け、不安げに揺れる双眸を向けてくる。
「うん、良いんだけど、それって⋯⋯」
まさか、脱ぐのだろうか――
「ああ、大丈夫だ、エリーはそのままでいてくれれば」
ほっとした後、こくりと頷く。
薄く笑った後、魔王は私の心臓部分へ手を翳し、何やら呪文をとなえた。すると、淡く光る幾重にも重なった魔術陣が現れる。
「うわぁ⋯⋯すごい」
「⋯⋯ふむ」
抱えていた本を開き、魔術陣を観察している魔王。
まるで医師のようだ。
数刻の沈黙――不安が喉を詰まらせる。
「⋯⋯大丈夫だ、エリー。術は完璧だ、異常も見当たらない」
「よ、良かった⋯⋯」
真摯な声音に、深く息を吐き出す。
「予定を組むから、研究棟でもっと細かく検査しよう」
「わかった。とりあえず、緊急的に悪い所が無くて良かったよ」
「⋯⋯そうだな」
「⋯⋯ねぇ、何かあるならちゃんと言ってよ。そんな歯切れの悪い言い方されたら、不安にしかならないよね?わからないの?」
思わず、きつい言い方になってしまう。
「演習場ではまた後日って言ったのに⋯⋯わざわざ今調べに来たって事は何かあるからなんじゃないの?」
「エリー落ち着いてくれ」
「全部話してよ!」
荒くなった呼吸だけが、静かな寝室に響く。
自分はきっと、酷い顔をしているだろう。
――ふと、魔王が視線を下げた。
「⋯⋯一つだけ、懸念している事がある」
「それはなに?」
「⋯⋯器への魂の定着が、不安定かもしれない事だ。見たところ問題ないが――全て細かく調べない限り、我は安心出来ない」
「定着が不安定だと、どうなるの?」
「⋯⋯分離するかも知れない」
分離って――この肉体から離れたら、魂だけの私は。
「私は、消えるの?」
少しだけ、声が震えた。
「いや、元の輪廻に戻る」
「⋯⋯なるほどね」
消える訳ではないのか――と、多少安堵する。
「分離する時は、苦痛はあるのかな?」
「それも無い。入った時と同様、眠るように分離するはずだ」
「そっか⋯⋯」
まだ来て間もないこの世界だが、それでも、仲良くなった魔族達と離れると思うと淋しさを感じた。特にメメリィと離れるのは辛い。
「⋯⋯淋しいけど、その時はその時だよ。元々死んでいるしね」
一度死んだ記憶があるからだろうか、自分でも驚くほどすんなり受け入れられた。
ふと、魔王を見ると、俯いたままだった。
「デモくん、どうしたの?」
「⋯⋯なぜ、そんなに簡単に受け入れる?」
「⋯⋯えっ」
拳をきつく握りしめた魔王の声音は――小さく、掠れていた。
「⋯⋯っ、なぜお前まで、軽く言うんだ」
「簡単に受け入れてもいないし、軽く思ってもいないよ」
「ならなぜだ!!」
「!!」
顔を上げた魔王の紅が、私を射抜く。
思わずビクリと肩を震わせてしまう。
「⋯⋯っ、⋯⋯すまない」
消え入りそうな謝罪。逸らされる視線――
「⋯⋯どうして、そんなに怒っているの?」
「⋯⋯」
「いったい、何が気に入らないの?」
だって、私が消えたとしても⋯⋯
胸に手を当てる。聞こえない鼓動が、沈黙に共鳴しているかのようで――
ゆっくりと瞬きをしてから、魔王を見る。
「⋯⋯また、別の魂を召喚したら良いじゃない」
言葉にしてしまったその一言は、とても苦く、重かった。




