1・おはようございます
――ああ、失敗した。
飲み過ぎた。頭痛い。吐きそう。
あの浮気クソ野郎⋯⋯あんな男と長年付き合ってたなんてほんっとうに最悪。
とことん男運ないな、私。
私を大切にしてくれて一途で――そう、でろでろに甘やかしてくれるなら、もう悪魔だろうが魔王だろうが構わない!
ああ⋯⋯愛されたい⋯⋯
***
「⋯⋯の⋯⋯骨組み⋯から⋯⋯」
「⋯⋯エ⋯で⋯⋯すか」
「⋯し⋯ろう!」
ボソボソと話し声が聞こえる。
その声に誘われるように、ゆるりゆるりと意識が浮上する。
「⋯⋯ん?」
目を開けると、見慣れない天井だった。
頭がぼうっとする。ここどこ――?
体を起こそうとすると全身に激痛が走る。
「⋯⋯っ、いった!!」
思わず呟いて、背中を丸める。
バタバタと走る足音が聞こえ、部屋の扉が勢い良く開かれた。
「エリー!?目が覚めたのか!?」
思わず目を瞠る。
部屋に入って来た男は、長い黒髪に紅の瞳、口の中には牙があり、とんでもない色気を纏っていた。
「⋯⋯えっ?あの」
(なに、このコスプレイケメン――)
「⋯⋯あっ、あああ!!エリーっ!!」
「はっ!?ひいぃ!!」
男は涙目で寝台へと走り寄ってきて、がばりと抱き締められる。
まだ夢を見ているのだろうか。
しかし、身体の痛みは確かに現実を示している。
「ちょ、ちょっと!!なんですか!?」
「ああ!エリー!本当に成功した!!」
「エリーって何!?誰ですか!?私は⋯⋯」
――あれ?
私。私は誰だっけ?
会社帰りに飲んで、帰宅途中の階段で⋯⋯
記憶がない。それどころか自分の名前も思い出せない。
どくん、と一度大きく鼓動が跳ね、指先が冷たくなる。
(⋯⋯どうなってるの?)
私が固まっていると、男はゆっくりと体を離す。
至近距離で見るその瞳は、まるでルビーのように美しかった。
「エリー⋯⋯良く聞いて欲しい。君は、何処かの世界で死んだ魂だ」
「⋯⋯はぁ?」
(私が、死んだ?)
脳裏に過ぎるのは、階段を踏み外して落ちていく視界と空を掻く手。
その後、死んだの⋯⋯?
だとしたら、ここはどこ?
混乱している私をよそに、男は静かに続ける。
「――そして、君の魂をその肉体へ召喚した」
すぐには理解出来なかった。
一拍おいて、ようやく意味が落ちてくる。
「は、召喚⋯⋯!?まさか、異世界召喚!?」
「エリーの世界では、異世界召喚と呼ぶのか?ふむ、その通りだ」
「⋯⋯えぇ!?と言うか“エリー”って何ですか!?」
「君の名だ!!我が付けたのだ!!」
「っはぁ!?ちょっと待って下さい⋯⋯」
自分の身体を見てみる。
細く白い手足。腰まで流れる髪は白金色。
確かに、記憶に残る自分とは別人だ。
「⋯⋯この身体は、誰の身体なんですか!?」
死体に召喚されたなど言われたら発狂してしまう。
恐る恐る男を見上げると、ドヤ顔がそこにあった。
「ふふ、我の理想の女性を創ったのだ。骨組みから。だから誰の身体でもない。安心してくれ」
ひくりと喉が動き、息が止まる。
「⋯⋯ほねぐみ⋯⋯?」
「ああ!!特にこだわった所と言えば、腰骨の湾曲を――」
訳の分からない熱弁。
その声が遠のいていく。
(女の身体⋯⋯骨組み⋯⋯そこに、死んだ私の魂を)
えっ?やばい人?
我に返り、男を睨めつける。
「理解が追い付きません!!なんで私なんですか!?」
「そっ⋯⋯きっと運命だったのだ!!!」
「そっ!?そって何!!たまたまなんじゃないですか!!」
「いや、君は我に選ばれた魂なのだよ、エリー⋯⋯」
「コワイ!!」
必死に腕から逃れると、彼は眉毛を八の字にして悲痛な面持ちになっている。まるで、犬のお預け顔だ。
「それで、貴方はどなた様ですか!?」
「我か、我はこの世界の魔王だ」
「えっ」
まおう⋯⋯まおうって、魔王!?
「ええええっ!?」
「⋯⋯!!エリー!!」
「やばい人ぉぉおお!!」
あまりの事に、ぐらりと意識が飛びそうになる。
抱き寄せられ、逞しい胸の中へ収納される。
全てがスローモーションに感じた。
男の背後に黒薔薇が舞っているように見えるのはきっと幻覚だ。
「⋯⋯イイニオイ⋯⋯」
私の意識はそこで途切れたのである。
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