13・器と魂のあいだで
魔王のエスコートで、別棟に続く渡り廊下を歩く。
初めて通る場所に、少し緊張していると、渡り廊下の突き当たりにある大きい絵画の前で、魔王の歩みが止まった。
不思議に思い見上げると、魔王は絵画に手を翳し、ブツブツと呪文を唱えていた。
すると、絵画が蜃気楼のように揺れ、大きな扉へと変わった。
「――わぁ!?」
思わず声を上げ呆気にとられていると、扉がひとりでに開いた。
「さあ、エリー。おいで」
「っは、はい」
僅かに震える指先に力を込めて、ゆっくりと中へ入る。
その部屋には、たくさんの本棚と、幾つもの植物、液体が入った瓶⋯⋯色々な物が並んでいた。
応接用のソファへ腰を掛け、見回していると、奥の扉がカチャリと開いた。
「陛下、なに⋯⋯?吸血くんは、安定してる⋯⋯」
現れた声の主は、腰まで伸びた白縹色の髪に、ブカブカの白衣を着た、まるで子供のような女の子だった。
眠そうに目を擦っている。
(⋯⋯か、かわいい!!!!)
視線が合うと、少女は大きく目を見開き、そのままピタリと固まった。
突然の沈黙に小首を傾げると、はっとして少女は口を開いた。
「エリー!!」
「⋯⋯えっ!?」
少女がこちらへ掛け寄って来たところで――隣に座る魔王が、私を引っ張り抱き寄せた。
「止まれ。⋯⋯エリーは我のだ」
「っちょ、っデモくん!」
少女は立ち止まり、不機嫌そうに目を細め、魔王を見やる。
「⋯⋯その執着具合は、わかった。けど、健康チェックに来ないのは、だめ」
「我が見ているから良いだろう」
「はぁ⋯⋯ここでしか見れない事も、ある」
――どういう事だろうか。健康チェックなんて、受けた覚えは無い。
「⋯⋯あ、あの」
何となく不安になり声を掛けると、少女はこちらをじっと見る。
その瞳に、何故か息が詰まる。
「驚かせてごめんね。私、フラウシス。⋯⋯その器に宿った“魂”さん、よろしくね 」
一瞬、意味がわからなかった。
――器。魂。
遅れて、胸の奥がひくりと揺れた。
(⋯⋯あぁ、そっか)
自分の中の“それ”に触れるように、胸に手を当てる。
(“私”を見ているんだ)
そっと優しく肩に手を乗せられ、はっと我に返る。
「エリー、大丈夫か?こいつは変人科学者だからな⋯⋯」
「っ、ちょ、変人って!!小さい子にそんな事⋯⋯!!」
「我よりずっと年上だぞ」
「えぇ!!」
後ろに控えていたメメリィが口を挟む。
「フラウシス様は、エリー様の生みの親とも言えるかと」
「生みの親!!?」
フラウシスを見ると、彼女はゆっくりと首を横に振った。
「私は、サポートしただけ。⋯⋯君を召喚した後、心配してた。体調、問題ない?」
「は、はい。何も問題ないです!!」
「良かった。何かあれば、いつでもおいで」
ふにゃりと笑うフラウシスは、その色素の薄さも相まってまるで天使のようだ。
その声音が優しく響き、心がじんと暖かくなる。
(くぅ!!これは、魔国に舞い降りた天使⋯⋯!!)
尊さに、思わず心で手を合わせる。
「――それで陛下。吸血くんに、会いに来た?」
「ああ。会えそうか?」
「うん、平気。少しなら、話せる。行こう」
フラウシスが、奥の扉の前へと歩いて行く。
魔王は立ち上がり、手を差し伸べてくる。
その手を取り、フラウシスに続く。
階段を登り、上階の一室へ入ると、そこには身綺麗になった青年が寝台に横たわっていた。
腕には点滴のような物が繋がり、ベッドの下には大きい魔法陣が書いてある。
こちらに気付いた青年は、ガバッと身体を起こしたが、すぐに額を手で覆った。
「⋯⋯ぐっ」
「吸血くん、急に起きたら、だめ。落ち着いて」
「すみません⋯⋯」
フラウシスが青年を支える。
「調子はどうだ?吸血種の青年よ」
威厳を含む声音で、魔王が聞いた。
それを横目で見やる。
(――こう言う魔王は、ちょっとカッコイイんだよなぁ)
こんな状況にも関わらず、胸の奥に滲んだその感情に、小さな罪悪感が落ちる。
気を引き締めるように、ひとつ小さく息を吐き、青年に視線をうつした。




