9・赤い薔薇
その日私は、朝からご機嫌だった。
「エリー様、とてもお美しいですよ」
「ありがとう、メメリィもすごく綺麗!」
「ふふ、ありがとうございます」
鏡の中の自分を見て、頬が緩む。
今日は、いつも着ているドールワンピースではなく、町娘風のワンピース。髪はサイドに纏めてもらった。
メメリィも、メイド服ではなく大人っぽいワンピースで、とても新鮮だ。
「それにしても⋯⋯」
メメリィが、私の姿を見て小さくため息をついた。
「せっかくのお出掛けですのに、なるべく目立たないようになんて⋯⋯」
「はは⋯⋯なんでだろうねぇ」
そうでないと認められないと、魔王様の仰せである。
「さあ、エリー様参りましょうか」
メメリィに続き、魔王の執務室へ向かう。
ノックをすると、アスタさんが扉を開けてくれた。
そしていつものように、魔王のタックルハグをくらう。
「エリー!!君は何を着ても愛らしい⋯⋯!!」
「⋯⋯はは、ありがとう」
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯ん?どうしたの?」
数秒の沈黙を不思議に思い、魔王を見上げる。
その紅の瞳に、僅かな陰りが揺れているようで――
「⋯⋯いや、気を付けて行ってきてくれ」
「? うん、ありがとう」
「メメリィ、エリーを頼んだぞ」
「かしこまりました。お任せ下さい」
⋯⋯気のせい、だっただろうか。
「エリー、これを付けていてくれ」
魔王が小さな箱を取り出し開ける。
そこには、小ぶりのネックレスがあった。
「わ、可愛い!!赤い薔薇がついてる。魔石?」
「そうだ。後ろを向いてくれ、我が付けよう」
「ありがとう!!」
くるりと振り向くと、メメリィとアスタさんが、何とも言えない顔をしている。
なんだろう?――と、思った時にはすでに赤い薔薇が首元を飾っていた。
「うん、やはり、良く似合うな⋯⋯」
「⋯⋯あの、これ、すごく素敵だけど⋯⋯」
「うん?なんだ?」
「⋯⋯なにかの魔法が付与されていたりします?」
「それを付けていれば、どこにエリーがいるかわかるぞ?」
「⋯⋯へ?」
「ああ!!大丈夫だ、わかるのは我だけだ。安心してくれ」
「いやそういう事じゃない!!」
「身体に埋め込んだ方が良かったか?」
「つけます」
GPS標準装備じゃなくて本当に良かったー!!
⋯⋯と、心の中だけで叫んだ。
その後、最後まで渋る魔王をなだめ、ようやく魔馬車へと乗り込んだのだった。
***
「⋯⋯相変わらず心配性ですね」
窓から魔馬車を見送っていると、アスタがため息混じりに呟いた。
「当たり前だろう⋯⋯ エリーには、相当な金と労力を注ぎ込んだからな」
「まぁ、それはそうですね」
「お陰で周りも静かになった」
「そりゃ、肉体創って溺愛している変態に嫁ぎたい者なんていないでしょうね」
「変態は余計だ」
魔馬車が見えなくなると、執務机へと戻る。
「エリー様も、ここの生活に慣れて来たようですし、そろそろ幹部らと会わせても良いのでは?」
「⋯⋯⋯⋯」
「まさか、嫉妬ですか?」
「いや。エリーを危険に晒したくない」
「⋯⋯本当に疑り深いですね。まぁ、私の事は信用してくれているようですし、どうでもいいですが」
書類に目を通しサインを入れていく。
幹部の連中は、表向きでは信用している。
だが、万が一にでも、王位簒奪を企てる者がいたとしたら。
普段なら、相手が誰であろうと負ける事は無い。
その自信も、矜持もある。
――だがもし、エリーが人質にでもされたら。
想像をするだけで、手に力が入る。
「⋯⋯しかし陛下。次の定例議会では、さすがに紹介した方が良いかと」
「⋯⋯ああ、わかっている」
そうだ。危険に晒したくないだけだ。
金と労力を無駄にしたくない。
嫉妬⋯⋯などでは無い。断じて無い。
右耳につけている、赤い薔薇のピアスを触る。
――大丈夫だ、何かあればこれでわかる。
そう自分に言い聞かせ、仕事に意識を集中させるのだった。




