十五言目 自衛権
毎度毎度際どい話題ですみません。
s 今、僕が思うに自衛権って日本ほどがんじがらめな国はない気がします。ドイツですら自衛戦争は許されています。それでいてここまでの先進国で軍について言い合う国家は相当珍しいと感じますよ。
k 軍が無い国はそもそも侵略される恐れがなかったり侵略されるメリットが無かったりする国が全てだ。コスタリカは常備軍を廃止した国で有名だけど自衛のためならば軍を組織する(廃止の理由はクーデター防止など様々な理由がある)。平和を徹底するためにここまで力の入っている国は極めて珍しいだろう。アメリカに押し付けられたに近いとはいえ日本が戦争に参加していないのは軍を持たないという憲法の条文があったからだろうね。
s そもそも僕たちは何故ここまで「自分を守る力」について議論するのでしょうか。
k 日本はアメリカに対して真珠湾攻撃を始めたからアジア太平洋戦争が始まった。こればっかりは変えることのできない日本国の大罪なんだ。当時の首脳の判断は一旦置いておいて、そもそもアメリカに攻撃していなければ戦争なんてなかった。奪われる必要のない命がテーブルの上の会議で無残にも奪われた。その歴史は決して繰り返してはならない。
s 日本の戦争責任は決して逃げてはいけないものですしね。
k それ以外にも日中戦争における重慶爆撃といった空襲も日本は行った。理由は国益を守るためだ。
戦争において人間の仕業とは微塵も思えない鬼畜たる所業が好まれて行われた。これは参戦国全ての国に共通している事実だ。
勿論、アメリカは日本を脅威と思ったからこそここまで戦力を奪ったのだろう。しかし、日本人ですら第二次世界大戦での惨禍は二度と経験したくないものだった。ゆえにもう二度と戦争をしない覚悟を国が示したことは国民にとって心の底から歓迎されるものだったと思う。事実として当時のアンケートでは日本国憲法の示す平和主義に賛成的な人は過半数を超えていた。
s 今更ですがやはり戦争というものは悲惨ですね。
k 映像に残っているものを見返してほしい。日本軍の軍人も日本を確かに守った。だが、アメリカを先制攻撃した事実は消えないしアメリカ側の無差別空襲なども人間に許される所業ではない。自衛権って簡単に言葉にするけどそれは人と人の殺し合いで、いつだって戦争は自分の国を守るためと語って戦争を始める。
政府や首脳はその歴史を繰り返し続ける。民衆の命を駒のように思って。現場の命の重さはどうしたって理解しきれないのが首脳ってものなんだ。
確かに日本軍の責任は大きい。しかし、それを憲法改正をすることなく暴走することを許した明治憲法のもろさがそこにはある。
憲法改正でその歴史だけは絶対に許したくない。自衛権を書き込むって本当に重い意味がある。
s 日本がやられているのをボーっと見ているわけにもいかないと思うと本当に難しく感じます。
k 不戦条約で戦争自体が違法になってから戦争の口実が「自衛」から始まるようになってしまった。守る力をどれだけそこに留め続けるか。これは日本人として考え続けなければならない宿題だ。
s 多分、日本というか、人間の宿題ですね。飢えてもいないのに同族で争い合う生物って人間くらいしかいませんから。
やっぱり戦争は自分を守るためのと言うこじつけから始まるのが現代。




