十一言目 死刑制度
相当長文です。批判は受け付けます。
s 最近は物騒な事件が多いですね。凶悪な殺人事件が恐ろしいほどに起きていて怖いです。
k 捉えようによっては凶悪犯罪が減ったからこそこういう小さな事件でも大きくなっているとも言えるけどね。それでも凶悪犯罪は後を絶たない。こればっかりは減らすことはできても撲滅は無理だ。そんな犯罪を犯す選択をさせないのが刑法の役目。その種類には生命刑、自由刑、身体刑、財産刑に分類される。
s ざっくりとしていますけど意外と種類が多いですね。
k この中で禁止されているのは身体刑のみとされている。日本国憲法で公務員による拷問や残虐な刑罰は絶対的に禁止されているためだ。
s あれっ、そういえば生命刑に当たる「死刑(現在、日本では絞首刑)」は残虐な刑罰には当たらないのですか?
k 一般的に、肉体的苦痛を伴うものでない限り(わかり易い例で言えば鞭打ち)憲法の定める残虐な刑罰には当たらないとされている。しかし、晒し首のようなものは完全にアウトだから死刑はやるにしても死に際まで丁寧に扱われるんだ。
s 被害者からしてみればたまったもんじゃありませんよね。身内からすれば無惨にも未来を絶たれた者もいるでしょうに。憲法にのうのう暮らす死刑囚を眺める辛さはわからないものなのでしょうか。
k 憲法は犯罪被害者についてはあまり書かれていない。何故かといえば憲法は権力の暴走をえる目的だから事件そのものにはあまり焦点が当たっていない。それ以上に憲法はある重要な役目を持っている。
s 一体何なのでしょうか。
k 冤罪だ。刑法と刑事訴訟法には憲法の定める令状主義、遡及処罰の禁止、一事不再理、拷問・残虐な刑罰の禁止、自己帰罪拒否特権(自分に不利な自白を強要されないこと)などの多くの規定を絶対的に遵守する必要がある。これは冤罪被害者を生まないための人権の砦なんだ。
s君だって突然町中を歩いていたら警察官に
「お前、キモいから懲役な、今は罰金だっけ。なら今から懲役にするわww」
って言われたら絶対に納得いかないでしょ。
s 殴る自信がありますね。
k 殴ったらマジで拘禁刑な。俺でも殴る自信はあるけど。このように憲法でも幸福追求権で認められている部分は多いけれどもそういう憲法の刑事的な部分にはそういう物が載っていない。まぁ、幸福追求権を犯罪被害者たちが必死になって追い求めたから死刑に当たる重大犯罪の時効が撤廃されたのだけど。
s そもそもkさんは死刑制度にどう感じていますか。
k 感情的には賛成、理論的には反対。
s 感情とは?
k まず最初に、自分の家族が殺されたならば確実に死刑を望むと思う。命を持って償えと言うと思う。それは想像に難くない。でも理論としては死刑は撤廃するべきだと思う。
s 理論とは?
k はっきり言うと冤罪のリスクと命の重さに矛盾があると感じる。まず冤罪のリスクが語られているけど、日本では現在、死刑が確定した後に再審で無罪になった人間が五件存在する。いずれもこの人達は普通の人と変わらない生活を送っていて、突然、国から、裁判所から殺人事件をやってもいないのに死んで償えと言ってきた。もしこれが実行されていたならば国がやったのだから死によって正義は実行されたと言えるのだろうか。
s 言えるわけがないですよね。自分もそのリスクがありますから。
k そうだ、その点においては死刑を撤廃すれば生きて無罪を得ることができる。無期懲役だとしても有力な証拠が見つかり無罪になれば生きて刑務所から出られる。でも死刑は実行された後だと生きて出ることは決してできない。その重みは分かると思う。それ以上に刑法を学ぶ上で必ず選ばなければならないトロッコ問題が存在する。
s 一体何なのですか?
k 十人の容疑者がいる中で九人が人殺しをしたとしよう。必然的に一人は無罪だ。しかし現場は混乱していたため容疑者を目撃したの証人の証言内容の詳細があいまいな場合、それ以外の証拠がないのであれば全員を無罪にすべきか死刑にすべきか。どうするべきだと思う?当然だけど正しく裁くっていう裏道は禁止で完全に二択だ。
s 1人を踏みにじるのは嫌です、でも殺人犯が街に解き放たれると思うと……僕には分かりません。
k その一人というのが君の会社の同僚だったら?
s だとしたら無罪しかありません。同僚は確かに接する機会は多くないですけど勝手な容疑で死刑にされたら許せませんよ。それ以上に……自分の知っている顔見知りが国に間違いで殺されたら、つらいという言葉では表せ切れないじゃないですか。
k 良く言った。これは司法に関わる人間であれば絶対に無罪を選択しなければならない。「十人の犯罪者を逃すとも一人も無辜を罰するなかれ」という格言がある。一人の善良な市民を踏みつけて出来上がる社会に僕らは本当に幸福と言えるのか。裁判は人間がやることである以上、人を国が殺すというのは戦争(侵略戦争はもちろんの事、自衛戦争も最小限にすべき)を含めて許されるべきではないはずだ。命の重さは地球よりも重い。それを忘れてはいけないはずだ。
s ……死刑がどうあるべきなのか分からなくなってきました。そういえば後者の命の重さとは?
k よく裁判で無期拘禁刑か死刑かで分かれるけど、生きて償えと言うラインと死んで償えと言うラインの線引きはない。永山基準という最高裁の出している基準は存在するが法律(判例を除く)でも憲法でもその是非はしっかりとは書かれていない。これは裁判官、いや、法服を着た市民が死んで償うべきか否かを決めることができるということに他ならない。
正当性を国が認めているとはいえ、刑務官の負担は想像を絶する。人の命を奪うのだから当然だ。それを市民が論戦で決めていいのか。検察ですら死刑の立ち会いは相当嫌う。そもそもそんな事件が起こらなければいい話だがそれでも判例や法律によって死刑は求刑する。命の重さを国は軽視しているのではないか。命を奪うというその行為の現場の負担を見ていないのでは?そう思えて仕方がないんだ。これが理論的に死刑を反対する理由。
s 感情だけでは語れませんね。
k ……よく例え話で自分の身内が殺された時、それでも死刑を廃止と言うことはできるのかと言う死刑制度賛成派の意見がある。これにも納得はできる。
でも免田事件や袴田事件のように警察の自白偏重主義や証拠の偽造、自白の強要が未だある。免田事件は再審の時の裁判で何故、免田さんが有罪になったのか理解できないと言うある裁判官の言葉があるそうだ。善良な市民が死刑になりかけた。死刑が執行されていてもおかしくなかった。
死刑賛成派に問いたい。あなたの身内が明日、警察に逮捕状を突きつけられて自白を強要されてそれが証拠となって死刑になった時、無期拘禁刑でも冤罪はあるのだから執行後にでも罪を晴らせばいいと言えるのか。
僕には今の日本に死刑を扱う覚悟はないと思う。嘘の自白を理詰めで作るわ、数ヶ月拘置して保釈も認めないで監禁するわ、暴力があるわ、暴言があるわ、ろくに憲法を守らない人間に生殺与奪権を与えるつもりは毛頭微塵もない。人の命をなんだと思っているのか。
s ……結局、kさんはどっちなんですか?
k ……今の日本の再審法のあまりに高いハードルがある時点でまだ死刑を扱う覚悟はないと思う。身内が殺されたらわからない。それでも、いつ僕が殺人犯に仕立て上げられるか分からないし殺人で死ぬのかも分からない。こればっかりは道徳の問題だから言いづらい。それでも、
僕は死刑に賛成だ。被害者が前を向く大きな支えとなるのだから。でも、廃止されるべき法律の一つと思っている自分がいる。いつ、国が犯罪者以外を殺してしまってもおかしくないのだから。
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死刑制度についての是非は憲法で「第31条 何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。」という規定がある。法律が定める手続きがあれば生命を奪うことを容認している。しかし、死刑自体「第36条 公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる。」という規定に反しているともいえる。残虐でない他殺などどこにあろうか。
もっとも、被害者救済がなっていない現代日本の現状がこの死刑容認を認めているという風潮がある。
愛猫家 奴隷乙さんの説明で「次は司法は被害者の報復権の代理執行ではないという主張だ」というものがある。その通り過ぎる。反対派がこれを使っているというのを知った。僕から言わせればこの意見が出る時点で被害者が余りにも救われていない現状があると感じる。死刑は確かに被害者のためのものではないだろう。しかし、それによって被害者が前へ進み社会へ貢献したら言い方が悪いが社会としてのメリットが存在する。そういう意味であれば死刑は社会秩序の維持に一役買っていると言えるのだ。そういうことであれば刑法の目的である社会秩序の維持は達成できる。
でも、冤罪で死刑になりかけた例も多い。述べたように「自白は証拠の女王」という風潮を未だに持っているし、保釈を簡単には認めず朝早くから夜遅くまでトイレを取調室でやらせる徹底ぶりで追い詰めたこともあった。被疑者の人格を否定し、勝手に親が泣いているぞとささやく警察と検察がいる司法界。これらを行う者は本当に極僅かだ。それが余りにも偶然当たり、死刑になりかけたことがある。
一つだけ言えるのは、日本に限らずほとんどの国にあると言える冤罪問題を解決できないこの世界で国に生殺与奪権を僕は与えてはならない気がする。
イスラエルは死刑がない。しかしホロコーストの関係者であるアドルフ・アイヒマンを絞首刑にした。これが全てではないだろうか。
死刑は撤廃しなければならない。どうせ特例で死刑が執行されることがあるのだろうから。そんな声が秘かに僕の奥底にささやいたことがある。
あと一つだけ考えてほしい。死刑執行担当の刑務官は幸せか?みんなが幸せになれる世界を目指して存在する日本国憲法に遠い位置にある。更生を施せる喜びが刑務官にある。しかし、殺すことは刑務官の喜びか。殺すことによって更生させることができたと心から自慢ができるか。死刑制度への賛成は刑務官の心を抉る葛藤のもとに成り立つ。それを多くの人が見ていない。
皆んなが幸せな世界は、必ず来させたい。それが、願いのはずだから。
愛猫家 奴隷乙様の「死刑制度賛成派?」を参考にさせていただきました。まさか許可が下りるとは思わず、諦めていました。それを拾ってくださった愛猫家 奴隷乙様。本当に感謝いたします。
死刑は常に人間が行います。AIがどれだけ進歩しようとも人間がやります。責任は人間にしかとれませんから。それを以てして、死刑制度の是非を問いたい。あなたは受刑者に対する死刑は許されるか、それとも許されないのかを。




