樹《ミー》の力はあるけど樹ではない?
「びっくりさせないでくださいよ。ここで何しているんですか。」
「昼飯を買いに来たんだよ。そしたらお前がずっとそのバッグを見ているから声をかけたんだが。」
「あの…買っていただけるなら、嬉しいです。こっちの大きい袋も買い物する時に便利かなと思うのですがどう思います?」
ちらっとアンセを見てダメ元でおねだりしてみる。お金が全くないのだからこのチャンスを逃すわけにはいかない。
「お前なあ。」
そう言いながら値段を確認すると「今回は特別だ」と言って二つのバッグをお店の人に渡す。
「え、いいの?嬉しい!」
飛び上がって喜ぶとお店の人が「仲のいい恋人に私からもプレゼントだよ」と言って財布をおまけしてくれた。
「ありがとうございます!」
「おいおい、オレへのお礼は?」
「あ!ありがとうございます。」
「ほら、なくすなよ。」
買ってくれたバッグをちょっと乱暴に渡してくれる。
「飯は?腹減っているだろ?一緒に食おうぜ、旨い店教えてやるよ。」
彼のおすすめだという店はおにぎり屋だった。
確かに店の前には行列ができている。
一番人気のおにぎりを選ぶと、中に野菜の煮物が詰まっていて、食欲をそそる香りがする。
「美味しいです。ここには肉や魚ってあるんですか。」
「魚はしばらく見てないな。肉はここで食べることはないな。」
「…肉はないんですか。」
これ以上聞いても、木を切れないのと同じような不思議な理なのだろう。
「栄養不足にならないんですか。その、タンパク質は必要でしょう。」
「ここ数年魚食べてないけど今んとこ健康だけどな。どれかタンパク質になる物があるんじゃないか?オレにそういう難しいことは聞くな。食べたい物食べてれば大丈夫だろ。」
…分かった。
そういうことにしておこう。
「ところで、アンセさんは何の能力を持っているんですか?」
「言ってなかったか。俺は火だよ、火の力。」
「火でも、色々な力があるんですよね?」
「うーん、それな、あんまり大っぴらに聞かない方がいいよ。言えないやつとかいるから。」
「何でですか。」
「生まれ持った能力でどうにもならないんだけどな。言えない奴らは、無から生み出す力を持っている奴等、逆に無にできる奴等。水と火に限られた数だけいるとされている。」
そんな力もあるのか。
他の力も知りたいけど迂闊に聞いてはならないなら仕方がない。教えてもらえて良かった。
「…そういえば指輪、たくさんしてますね、好きなんですか。」
聞いてはいけない話だったようなので話題を変えてみる。
「まあな。」
突然、話が切られて視線を逸らされた。
これ以上踏み込むなとシャッターが下ろされた気がした。これは教えてもらえないやつだ。
アンセは食べ終わるとさっさと仕事に戻って行った。私は最後の一口のおにぎりを頬張ると早速買ってもらった袋を持ってエネールに会いに行くことにした。
遊歩道にはこんなに木があるのに木々の声がしないと思っていたら急に音が耳に入ってくる。
声届いた
咲 アンセいる
声 聞かない
え、え、なんで?どう言うこと?
声の方を向くと草木が道を作っている。さっきとは明らかに違う道をぐねぐねと進んでいくとエネールの所に辿り着いた。
咲 来た!来た!
お話 する!する!
朝会った時と同じ楽しいエネールにほっこりする。なんでも聞いていいのかな。
「あのね、今度来る時やこれからの私の生活の中で大事なことだから聞いておきたいのだけど、みんなと話すことは悪いことなのかな?私がここにいることは、他人には言わないようにって、朝クノーに言われたの。みんなと話してはいけないの?内緒にしなくちゃいけないの?」
悪くない
咲 話せる
話せるの 樹だけ!
「私は樹なの?樹であることは内緒なの?」
樹になる 話さない!
樹しか木々とは話せないけど、樹になると話さないってこと?
「樹ってなんなの?」
友達
友達なのに話さないの?エネールの返事が単語だけなのでよく分からない。
「…もう一つ質問してもいい?ここには動物がいないって聞いたけど本当?」
動物 来ない!
そうなんだ…やっぱり動物は居ないんだ。
食事のタンパク源はもしかして虫…ではないことを祈りたい。
エネールは木々の名前を教えてくれた。
木全体が薫るリラクフラグラン。
レモンのような甘酸っぱい実のなるシトラール。
歌を歌う宿木のオペラン。
他にもたくさん教えてくれたけど覚えられたのはこの三つだけだった。
特にリラクフラグランは見た目にインパクトのある銀色っぽい白い木だった。幹も葉も花もみんな同じ色でハニーサックルのような花がとてもきれいだ。花の匂いを嗅いでいたら枝葉が私を包み込んでくれる。その枝葉の香りに包まれて心が癒されていく。
身を任せてそのままでいると今度は上の方から優しい歌声がする。よく見るとオペランが唄っていた。白い木の中で鮮やかな紫の蘭のような花が咲いている。
このペアは見目麗しく最高のコンビだ。
また今度癒してもらおう。
「ただいま」
家に着くとそう言ってドアを開ける。後ろから庭木の「おかえり」という声がする。
もらったエネールを冷蔵庫に入れて、お水を飲んで息を吐く。
なんだか疲れた。
初めての世界で知らないこと、知らない人だらけで気を張っていたのは間違いない。
机に突っ伏しているとさっきの花の香りがまとわりついてふーっと気が抜ける。
「落ち着くなぁ」とふわふわしていたら大声と共にゆさゆさと肩を揺さぶられる。
「おい、咲、大丈夫か??」
誰?
顔を上げるとアンセが心配そうに覗き込んでいる。
「うーんんん、アンセさん?どうしたんですか。」
「どうした、じゃないよ、全く…ドアをノックしても出てこないし、灯も付いていない。お金もないお前がこの時間に家にいないはずもない。心配して家に入ってみたら、これだ。寝てたなんて…」
アンセが呆れている。
「はぁ。まあ、いいよ、元気なら。ほら腹減っただろ?飯行くぞ。」
そういえばお腹はペコペコだ。
なんだかんだでアンセは面倒見がよい人なのだろう。
「あ、ちょっと待って下さい!鍵、鍵はどうするのですか?見当たらなくて。昼間は取られるものもないしと思ってそのまま出掛けたんですが。」
「鍵?どこの?」
「どこって、家の鍵です。」
「家の?ああ、ここには泥棒とかいないから鍵要らないよ。鍵が付いてるのはトイレと風呂くらいだな。悪気はなくても鍵がないとうっかり開けてしまうこともあるからな。」
家の鍵は要らなくて、トイレとお風呂は鍵があるの?
しかもうっかり開けないために???
意味が分からない!
よく分からないけど、家には鍵はかけられないのでそのまま家を出る。鍵そのものはあるみたいだからあとでなんとかしよう。
どこにご飯に行くのかと思ったら隣のアンセの家だった。そういえばお腹空いたらアンセの家のご飯を勝手に食べて良いって言っていた。鍵がないなら確かにそれができた。
…なるほど。常識がないと生きて行くのが難しいことが分かった。
この調子だと知っておくべきここの常識がまだまだありそうだ。でも「知らないもの」を知らない場合どうしたらいいのだろう。
「座れよ。飯ちょっと冷めたかもしれないけどまあ、いいだろ。」
スパゲッティみたいな麺とスープが出された。
「美味しそう!いただきます!」
ここに来て初めてのちゃんとしたご飯だった。
念のため虫っぽいものがいないか注視する。
麺の具は、茶色い肉っぽい何かと緑の葉っぱで、スープにはにんじんのようなものが入っている。
「この茶色のなんですか。見た目はお肉っぽいですが。」
「タンパク質、タンパク質うるさいから、聞いてきたんだよ。それは豆でできているポルクール。食料品店でも売ってるから買ってみたら?味付きもあるし、素材のままのもある。」
昼の会話を覚えてて聞いてくれている辺り、やっぱり優しい。
「アンセさんって、意外と親切ですね。」
「世話になった奴が言うセリフじゃないな。」
しまった、心の声を思わず声にしていた。
「今日一番のご馳走です!」
慌てて付け加えたがダメだった。
「はあ…もう良いよ。あのさ、敬語ももう良いから。」
「ごめんなさい。すっごく感謝してます!本当に。ちゃんと出世払いします。」
「期待しないで待ってるよ。とりあえず食べろ、初日はなんだかんだで疲れるからな。今日は許してやるよ。」
うーん、やっぱり根は優しい人なのだろう。
でも軽そうな見た目で損をしている気がする。
「酒飲むか」と聞かれたので少しだけもらうことにする。
少しくらい良いよね?
私、頑張ったよね?
酒豪だった私は、ここのお酒もイケるらしい。少しと言いつつ、もう三杯目だ。
アンセは基本的な生活の仕方を教えてくれた。それから、樹の館で住民登録する必要があることも。うまくいけば生活費を援助してもらえるらしい。
「アンセ、なんでそんなにチャラい格好してるの?街の人たちの格好を見たけどみんなシャツにズボンだったよ。アンセみたいな感じの人は居なかった気がする。カッコいいんだからさ、ステキコーディネートしたらいいのにもったいない。」
「余計なお世話だよ。今日は仕事服なの。建築の仕事してるから汚れてもいい服を着ているんだよ。しかもお前が腹ペコかなと思って着替えずにご飯作ったのに、全く失礼な奴だな。」
しまった、またやってしまった。
「ごめん!」
酔った頭で次の返しが浮かばない。
「そろそろ酒はやめて家帰って寝てろ。初日はみんな疲れているからな。また明日な。」
ん?
みんな…?
まあ、いっか…
不器用なアンセの優しさに触れて癒される咲。
咲のストレートな物言いに振り回されて、アンセはさっさと咲を家に帰すことにしました。




