ハングドマンVSジャスティス
「ふむ、ジャッジイエローがやられたか。所詮は口先だけの小者でしかなかったようだ」
地上に倒れているイエローに向け辛辣な言葉を投げるレッド。かつては肩を寄せ合い、平和を守ってきた者の言葉とは思えない。
「やはり変わってしまったんだな。日本に居た時とは大違いだ」
「当然だろう? 行く宛の無い我々を導いてくださったのは他でもない、ミネルバ様なのだからな」
そう、ある日唐突にイグリーシアへと迷い込んだボクたちにミネルバが手を差し伸べてきたんだ。そのとき彼女の口から語られたのが、やがてイグリーシアを滅ぼす者が現れるであろうという事。その危機を救うため力を貸して欲しいの言われ、ボクたち3人は承諾した。
しかし……
「ミネルバがやろうとしている事は、弱者を生け贄にして悪を討ち滅ぼすという非道なものだ。そんなやり方は間違っている!」
「ふぅ、またお得意の綺麗事か。何かを成し遂げるには犠牲が必要なのだ。ジャッジイエローも本望だろう」
「バカな! 強きを挫き、弱きを救うのがボクらの使命だったはず!」
「だがお前にはできなかった」
そう言って下を指すジャスティス。指先は谷底を指しており、バラバラになった馬車と死んでいるであろう騎士たちが無惨に転がっている。
「見たまえ彼らを。お前はたった一握りの民をも救えなかった。その末路がアレだ。もしお前が己を犠牲にしてでも助けようと試みたなら結果は違ったかもな?」
「クッ……」
「フッ、そう渋い顔をするな。何もお前を責めているわけじゃない。要するにこれは選別なのだ。生きる価値があるか、それとも無いのかのな。価値を選考した結果、身を挺してまで彼らを救う価値はなかった。そういう事だろう?」
「それは――」
「違う――とでも言うつもりか? お前はこの世の全てを救うような事を言いながら、いざ直面すれば命を天秤にかけたのだよ。そうまでして救う価値が有るのかとな」
「…………」
「だが間違いではない。私がお前の立場であったとしても、彼らを救うことはなかっただろうからな。フッ、そうだ。命の優先順位など所詮はそんなもの。我々が地球で行っていたのは正義の味方ごっこでしかない。目的を達するのに犠牲が出るのなら、命を摘み取る覚悟が必要となる」
「だ、黙れぇ!」
ガッ!
「ク……クソ……」
「フッ、苦し紛れの鉄拳か? そんな拳が通るほど私は甘くないぞ」
「ならこれで――」
ガガガガッ!
「連打したところで無駄な努力。未だ甘えを捨て切れないお前に私は倒せん」
「クゥ……」
ジャスティスの言う通りだ。かつての仲間と思うほど、自然と拳が鈍くなる。
「さて、そろそろこの不毛な時間を終わらせようじゃないか。私はお前を倒し、そしてフールをも打倒してみせよう。ソウルイン――」
「――レッドレイブレーーード!」
この赤く光る剣は幾多の怪人を沈めてきた正義の剣。その切っ先が今、ボクに向けられたのだ。
「やらせはしないぞジャスティス、ブルーシェイバー!」
青く輝く刃が高速回転しつつジャスティスに向けて飛んでいく。
「どんな装甲をも貫く刃か。どちらが上か試してみたかったところだ――赤光烈斬!」
ガキィィィィィィ!
ジャスティスの横薙ぎとブルーシェイバーが真っ向からぶつかる。火花を飛び散らせつつ、最後に押し切ったのは……
「ハハハハ! 私の勝ちだ――ダブルレイブレーーード!」
「何っ!? レッドレイブレードを二刀流で――――ぐわぁぁぁ!」
ブルーシェイバーを切り裂いた斬撃がボクに直撃。地面へと叩きつけられた。
ダンッ!
「ぐはっ!」
「フッ、呆気ないな、ハングドブルー。そのような体で正義の味方面とは笑わせてくれる」
ダメだ、今のボクではかつての仲間という認識が拭えず、思うように力が込められない。甘過ぎるのは分かっている。しかし……
「ジャス……ティス……」
「ん? この期に及んで命乞いか? 残念だがミネルバ様と敵対した以上、お前を生かす理由はない。諦めて己の人生に終止符を打て。なぁに、心配はいらん。せめてもの情けで私が介錯してやろう」
油断なくゆっくりと近付いてくるジャスティス。このままでは確実に死ぬ。思わず目を瞑ったボクの脳裏にある人物が浮かんだ。
『なんやアンタ? いくら街の近くだからって、真っ昼間から昼寝なんざカモネギもいいところやで?』
『……キ、キミは……』
『ウチか? ウチはクリスティーナや。これでもサイゼリス家の令嬢や 頭が高いで~~~ぇ!』
『そう……か……』
『ひぃ!? なんやアンタ、よう見たら血ぃ垂れ流しとるやないかい! いったい何――』
『…………』
『お~い、死ぬな! 今助けたる!』
そうだった。ミネルバの秘密結社から抜け出したボクは、度重なる追手との戦闘で瀕死の状態で発見されたんだ。クリスがいなければとっくの昔に命を落としていただろう。
『おはよ~さんシゲル。体調はどないや?』
『ありがとう。キミのお陰でだいぶ良くなったよ』
『キミやなくてクリスティーナやっちゅうに。何ぼ言わせんねんほんま!』
『そ、そんなこと言われても……。厄介になってるサイゼリス家のお嬢様をそのように軽く呼ぶなど……』
『か~~~っ、もぅそういうところがアカンねん! アンタ周りからお堅いとか堅物とか雷煎餅とか言われへん?』
『煎餅はともかく融通が利かないとは言われた気が』
『ほなこの機会に直さな! 今後ウチのことはごっつぅ別嬪なクリスティーナと呼ぶように。これは命令やで?』
『……せ、せめてもう少し短くしてくれないだろうか?』
『しゃ~ないなぁ。ほなクリスティーナでええわ』
『分かったよ、クリスティーナ』
『あ、でも他人の前じゃサイゼリスで頼むわ。実家の知名度は最大限に活用せなアカンからな』
『そ、そうかい……』
今まで気にはしてなかったが、クリスティーナの方から距離を縮めてくれてたんだな。お陰で冗談を言い合える関係になったんだ。
『え? 家を出るっ――』
『し~~~ぃ、声がデカイねん! 誰かに聴かれたら計画がパーやで!?』
『ゴ、ゴメン……。というかクリスティーナの方がデカイ声――』
『細かい事はどうでもええやろ! ウチには商売人として独立するっちゅう野望があるんや。いつまでも小娘気取ってちゃアカンねん』
『でもキミの家は商会じゃ……』
『実家はどうせ兄が継ぐやろ。ウチなんか政略結婚の手駒にされるのが落ちや。下手すりゃボケ爺ぃと結婚させられるかもしれへん。せやからシゲル、ウチを連れ出して欲しいねん。オヤジとオフクロの手が及ばんところに飛び出して、二人で旗揚げしようやないか』
『旗揚げ。つまりは独立すると?』
『せや。もちろんシゲルにも手伝ってもらうでぇ? 夫婦揃って切り盛りしようや!』
『ふ、夫婦!?』
『何慌ててん? アンタ正義のヒーローなんやろ? せやったらウチのこと助ける思って婿入りしてや!』
突拍子もない話だったと思う。あの場は笑って誤魔化したが、見知らぬ地で出会ったクリスティーナはボクにとっては救世主に違いない。
そうだ、今ここで死んでしまえば彼女の願いは断たれてしまう。それは容認できない!
ガシィィィ!
「なっ!?」
覚醒したボクは、今まさにレイブレードを突き立てようとしていたジャスティスの腕を掴んで立ち上がった。
「悪いなレッド。死ぬわけにはいかない理由を思い出したよ」
「……死に損ないが。何を思い出したか知らないが、どのみちお前に勝ち目はない」
「フッ、それはどうかな?」
ボクは僅かに視線を逸らす。するとジャスティスも気付いたようで……
「ま、まさか!?」
後ろを振り向くジャスティス。しかし、時既に遅しだ。何故なら――
「背中がガラ空きだぜ――氷結!」
フィキィィィン!
こっそりと背後に近付いていたマサルくんにより、ジャスティスの全身が凍り付いていく。
「うおぉぉ!? 身体が氷漬けに!」
「氷結トラップだ。凍ってる時間は約10秒。だがそれだけありゃ充分だ。――カルロス!」
「任せるんだぞ――岩石割りぃぃぃ!」
ドガァァァァァァ!
「グギェッ!?」
カルロスくんの巨大ハンマーでジャスティスを一撃粉砕。硬く凍ったものとの相性を生かした作戦勝ちだ。
「あばよ、自称ヒーロー。テメェの訃報はミネルバに伝えといてやるぜ――ってな!」
「訃報か……」
レッドとイエローの二人とは最後まで和解できなかった。後はミネルバをこの手で倒すことで二人を弔うこととしよう。
「助かったよみんな。これから――イタタタタタ!」
「「「シゲル!」」」
予想以上にダメージが大きいようだ。しばしの休息が必要か。
「すまないみんな。一刻も早くミネルバを打倒せねばならないというのに」
「無理はしないでシゲルさん。今ヒールをかけますから」
「ありがとう!」
ロージアさんのヒールにより傷が癒えていく。
その時、何気なしに空を見上げると、黒い点のようなものが見えた。目を凝らせば徐々に大きくなっているのが分かり、更には数を増やしつつ落下しているように見え――
「マズイ、敵だ!」
「――え!?」
気付いた時には数人がスッポリ埋まってしまうくらいの大きさに達しており、こちらを狙った以外には考えられない。
ロージアさんが振り向くと同時にボクも起き上がり、楯となるべく前に出る。
「危ねぇロージア、鉄壁ぃぃぃ!」
ボクの隣にマサルくんも並び、障壁を急速展開。そこへ何者かが放った複数の大岩が直撃した。
ドゴトゴドゴトゴドゴトゴドゴドゴォォォォォォォォォォォォ!
「ぐおぉぉぉ、なんつ~威力だ! 大丈夫かシゲル!?」
「か、かなり厳しいです! このままだと身が持たな――グッ!?」
「シゲル!」
ヒール途中の傷が痛み出し、傷口を庇うように体勢を変えた。しかし、これが最悪の結果を招いてしまうことに!
「ヤベェぜ、最後にビッグサイズが来やがった! 障壁をかけ直す隙もねぇ! 何とか耐えてくれーーーっ!」
パリィィィン!
「ぐぁっ!」
「!!!」
ボクを庇って前に出たマサルくんに特大サイズが直撃。嫌な音と共に首から下が押し潰されている光景が飛び込んできた。
「マサルさん!?」
「マサルくん!」
「「「マサルーーーッ!?」」」
即死であるのは一目で分かる。しかし、何かにすがるように皆の声が木霊した。
――が、答えたのはマサルくんではなく、彼を殺した本人だった。
「あ~らら、ド派手な挨拶をと思ったんだけど、ちょっと刺激が強すぎたみたいね。手応えがなくて残念だわ~」
イラつかせる女の声と共に、先の尖った黒い帽子が目に写る。忘れもしない、俺を瀕死に追い込んだエーテルリッツの大幹部――
「ハーミット!」
「フフ、だ~いせいか~い♪ 正解者の特典は私とのアツ~イひとときっていうのはどうかしら~?」
クッ、マサルくんをどうにかしたいが、まずはハーミットを撃退せねば。