誘惑
「どういう事だこりゃ? 依頼が溜まりまくってるじゃねぇか」
「まったくだな。サボタージュもいいところだぞ」
十針をしばいてから数日。いつもなら依頼の取り合いが発生してるはずの冒険者ギルドが閑散とした状態だった。
受付で頭を抱えていた男性職員が俺たちに気付くと、透かさず現状を愚痴ってくる。
「それがですねマサルさん。ここ数日で複数のパーティが解散してしまいまして、依頼の受け手が一気に減ってしまったんですよ」
「そりゃ急だなぁ。上手く回ってるのか?」
「残念ですが、猫の手を借りたいくらい芳しくありません。他の街への斡旋はギルマスを通してお願いしているという何とも情けない状況ですよ……」
王都のギルドがこれじゃあ面子が立たんよな、うん。
「で、肝心のエルウィンはどうした? 我らのギルマス様は?」
「変わらず女性たちを宥めてますよ。本人いわく、パーティ解散は自分にも責任があると言い、早急な心のケアが必要だという話です」
相変わらず「俺、何かやっちゃいました?」を素で行ってやがるな。ギルマスには天然たらしの称号を与えたい。
「しっかし男共は情けねぇなぁ。取られたら取り返すくらいの姿勢を見せないもんかね」
「それはないでしょうね。男性陣は皆さん西から来た踊り子に夢中ですから」
「踊り子?」
「おお、その踊り子ならオイラも知ってるぞ」
首を傾げる俺に、カルロスが得意気に告げてくる。
「なんでも遠路遥々と海を渡って来た色白の美女でさ、その華麗な動きに俺も周りも夢中ってわけさ。あ~、オイラも手を取って一緒に踊りたいぞ!」
お前と一緒だとバランス崩して転倒しちまうがな……。
「つ~かカルロス、ここ最近夜になると1人で出掛けてると思ったら、踊り子なんぞに夢中になってやがったか」
「やいマサル、なんぞとはなんだ、なんぞとは! エメローナちゃんは凄いんだぞ!? 見てるだけで引き込まれる美しさを醸し出してるんだ! ブローナやシュワユーズとは格が違うんだ格が!」
「その台詞、本人たちに言ってやろうか?」
「すまん。それだけは勘弁してくれ……」
言ったらボコられるだろうしな。ブサイクな顔が更にブサイクになるのは可哀想だし、ここは黙っといてやろう。
「ほほぅ、カルロスさんもエメローナ嬢をご贔屓に。他にも多くの男性を虜にしてるみたいですし、やはりこれがパーティ解散の要因となっているのでしょう。噂では離婚した貴族もいるらしいですよ?」
「うっわ、まるで魔性の女だな」
でも俺にはロージアがいるからな。他の女に靡くなんて絶対にあり得ん(←本人の目を見て言うように)。
「今夜も劇場に行かなきゃだからな。マサル、早いとこ依頼を終わらせて劇場に向かうぞ!」
鼻息の荒いカルロスが張り切ったお陰で溜まっていた依頼が次々と片付いていく。今のコイツのトレンドはエメローナのダンスらしいからな。まだ日が落ちてもいないうちに強制的に劇場へとつれてかれた。
というかカルロス、珍しく俺に同行してきたと思ったら、これが目的か。
「よぉし、間に合ったぞ~! やっぱマサルを誘って正解だったな!」
つか早すぎだろ……と思った俺は、劇場に集まっている群衆を見て呆然とする。未成年からお年寄りまでの男がエメローナの登場を今か今かと待ち望んでいたからだ。
「正解なのはいいが、熱気が凄すぎだろ」
「こんなのは序の口だぞ? いざ始まったらもっと激しいからな」
カルロスの言う通り、ショーの時間が近付くにつれ群衆の熱気が益々増加していく。まさかとは思うが「アッーーー」の可能性がないことを願いつつショーの開始を待つことに。
それからしばらく経ち、会場の灯りが突然落とされると、群衆のざわめきもピタリと収まった。
いよいよかと息を飲んでステージに注目すると、発光するマジックアイテムを全身に身につけた美女――エメローナがステージの脇から現れる。
「「「おおおっ!」」」
ついに始まったとばかりに歓声が沸き上がり、拍手や口笛までが飛び交う中、エメラルドグリーンのロングヘアーをポニーテールにした踊り子――エメローナが、露出度の高いビキニ姿で群衆にウィンクや投げキッスを放つ。
「見ろマサル、これが世界一の美女エメローナだ! この世に二つとない――」
「「「エメローナさいこ~~~ぅ!」」」
含め男共の視線はステージに釘付け。おまけにこの歓声だ。デカイはずのカルロスの声が簡単に掻き消された。
そんな中で俺もステージに注目している。もちろん後学のためにな。別にトップレスが拝めるかもとか、そんなことは微塵も期待していない。そう、これは調査なんだ。
「待ってました、エメローナァァァ!」
カルロスよ、さすがに興奮し過ぎだろ……と呆れつつステージを注視し続ける。エメローナはポールダンスを終えて剣舞に移っていた。いわゆるソードダンサーってやつだ。
結局脱がねぇのかよ(←ド直球)とガッカリしていると、徐々に目眩のような脱力感を感じていることに気付く。
(何よだこれ? エメローナを見ているだけなのに、視界が遠退くような感じがする。そんなに疲れちゃいないはずだが……)
少なくともここには居られないと判断し、先に帰ることをカルロスに伝えようとするが……
「カルロス、すまんが先に――!?」
「ムフーーーゥ! ムフーーーゥ!」
何気なく見たカルロスの目が真っ赤に血走っていた。ただの興奮状態じゃない。まるで理性を失った獣のようだ。
トン!
「――おっと、すみませ――!?」
「ムッフ! ムッフ! ムッフ!」
驚いた拍子に後ろの男へなだれかかる。顔を見上げると、やはりカルロスと同じく俺の事など眼中にないといった感じで声援を送り続けている。
いや、ソイツだけじゃない。前も後ろも異常者だらけだ。
「おいカルロス、しっかりしろ! 明らかにここは異常だ! おい、カルロ――」
「ヘィ、無駄だぜマサル。そいつはもうエメローナに魅力されちまってるからナァ」
カルロスを揺すっていると、近くに居た金髪のグラサン野郎が割って入ってきた。
「な、なんだよアンタ。それに何で俺のことを知ってる?」
「そりゃお前さんは有名人だからナ。それよりコレを付けときナ」
「サングラス?」
「ただのグラサンじゃあねぇゼ? 状態異常から護ってくれる便利アイテムってやつダ」
言われるまま着けてみると、さっきまでの脱力感が嘘のように感じなくなった。
「ホントだ。これなら妙な立ち眩みもしない。助かったぜ、名無しのオッサン」
「へ~ぃジャップ、ギリ20代の俺をオッサン呼ばわりたぁ聞き捨てならねぇぜ?」
「そりゃすまんかった」
――ん? ジャップだって?
「アンタ転生者か!?」
「正しくは転移者だナ。それよりさっさとずらかろうゼ。ここは色々と汗臭いからナ」
「ああ、賛成だ」
オッサンに続いてコソコソと移動を開始した。周囲にはスタッフが居るからな。ショーの最中に帰るのは不審に思われる。
「ところでオッサン」
「ビガロだジャップ」
「じゃあビガロ、出口は反対側じゃなかったか?」
「いいや、こっちで正解サ。なにせディオスピロスの拠点に繋がってんだからナ」
「ディオスピロス!」
俺が食い付いたのに対し、ビガロがしたり顔で続ける。
「遅くなったが俺は闇ギルドのもんサ。ディオスピロスの拠点まで案内してやるっていう伝言を頭から預かってるゼ」
そうか。ベルクのやつ、上手く調べ上げたんだな。
「ちょいと待ちな。お前ら会場のスタッフじゃねぇな?」
「こっから先は関係者以外は立ち入り禁止だぜ」
裏口には見張りが2人。俺とビガロは顔を見合わせて頷き合うと……
「ハッ、雑魚が命令すんなよナ!」
「ゲフッ!?」
「三下はすっこんでろ!」
「ゲハッ!」
素早くKOし、扉をあけたところでビガロが背を向けた。
「案内はここまでだ。後は頼んだぜぇマサル」
「ああ。サンキューなビガロ。――あ、そういやサングラス――」
「そいつはくれてやるゼ。同じ地球人からの餞別サ」
「いいのか?」
「構わねぇサ。代わりと言っちゃなんだが、今度お前さんの連れの美女を紹介してくれヨ。ブルーの髪で最高にクールな美女をサ」
「そいつはダメだ。ロージアは俺のだからな。例えビガロでも渡したりはしねぇよ」
「そいつぁ残念。じゃ、上手くやれヨ!」
サムズアップをしてビガロは走り去っていった。
「さぁてと、おっ始めるか」
ラナの件は忘れちゃいないからな。徹底的に叩き潰してやる!
だが相手は闇ギルドだ。対して俺は単独突入というのもあり、堂々と突撃するのは危険だろう。身を隠しながら進むのが得策か。
ソロ~~~リ……
よし、見張り以外は誰もいない。会場の警備で駆り出されてるのか? どっちにしろ好都合だな。
――と、その時は大して疑問に感じなかったのだが、今思えば異常だったんだろう。
「う……うぅ……」
壁の向こうからうめき声? 誰かとっ捕まって拷問でもされてんのか?
だとしたら助けた方が良いと考え、目敏く入口を見つけて中の様子を窺うと……
「……え?」
小声だが思わず口走る。うめき声をあげていたのはどう見ても構成員で、他にも血だらけで倒れている輩が複数見えた。
コイツは様子が変だと思い、中に入って近くの男を叩き起こしてみた。
「おいお前、いったい何があった!?」
「やつが……やつが突然仲間を……」
「やつだと? ソイツは誰――チッ、痛みで気絶しやがったか」
気になって他の部屋も調べてみると、殆どの部屋で気絶か死体かいずれかの状態に。中には無傷のやつも居たが、ソイツらは決まってガタガタと震えるだけの置物になっている。目の前の惨状がトラウマとして焼き付いたのかもしれない。
「どうりで誰も出て来ないと思ったら、俺の前に誰かが暴れていきやがったんだな」
しかし誰が? 何のために? 解消されない疑問を胸に高そうな服を着たオッサンを発見した。コイツがギルマスか?
「ひぃぃぃ! 助けてくれぇぇぇ! 王都侵略はエメローナに唆されただけなんだ! だからワシらを――いや、せめてワシだけでも見逃してくれぇぇぇ!」
堂々と配下を見捨てる気らしい。死んだ奴らは犬死にだな。
ともあれ、頭がこんなんじゃディオスピロスはもう終わりだろう。