闇と闇
世の中には必要悪って言葉がある。悪しき存在であることを承知の上で、敢えて黙認している状態のことだ。
例えばだが、ある農村の近くではウルフ系の魔物が多く出没するらしく、森の奥深くには足を踏み込めないという。
その代わり人里にも現れるゴブリン等は彼らに狩られてしまうため、滅多に住み着くことはないんだとか。
つまり村民にとってウルフたちは、外敵から護ってくれるありがたい存在だという事だ。
「あ~つまりアレか。自分らは外敵から王都を護ってるから代わりに見逃せと?」
「平たく言うとそうなるな」
俺と向かい合う形で座っている黒ヒゲのオッサンは、王都の闇ギルドのギルマス――ベルクだ。前回はエムニルによって邪魔されたんで、日を改めて奴らのアジトで話し合いを――ってところさ。
「俺としても積極的に争いたくはないんだけどな。そもそもお前らが先に手を出して来たんだろうが」
「そりゃすまんな。俺たちゃ見合った報酬さえ貰えりゃ行動に移す。当時はお前さんを殺した方がプラスになるって考えたのさ。ま、結局は大損ブッこいたわけだが」
「そりゃ自業自得だ」
「ごもっとも。そんな事情から方針転換に迫られてだ、しばらくは大人しく良い子で過ごそうって決まったんだ」
コイツらの言う良い子とはあからさまな行動に出ないってだけで、解散するって意味じゃない。つまり、利害関係によってはいつでも敵対するのが当たり前なんだ。
「でも犯罪者には変わりないだろ?」
「えらく直球だなぁ。遠回しに皮肉られるよかマシだが」
「皮肉って欲しいのか?」
「遠慮する。――で、どうなんだ? 何なら俺の存命中はマサルたちに手を出さないって契約を交わしてもいいぜ?」
「そこは永久的に――だろ」
「無茶言うな。俺がくたばった後の事なんか知らねぇよ。それとも何か? お前は故人に対して責任追及でもするってのか? 俺の墓前でケチつけてるテメェの顔が浮かんでくるぜ」
う~ん、確かにそこまでは無理か。
「ま、アレだ。お互い死んだ後のこたぁ生きてる連中に任せようや。お前らも腹の虫が収まらんかもしれんが、こっちだってNo.2のクペスを失ってる。お互い様だ」
「分かった。しばらくは休戦だな」
ベルクが持ってきた契約書にサインをし、闇ギルドとの争いは一応の決着となった。――となれば、後は外部の闇ギルドだが……
「そういや知ってるか? 外部からちょっかい出してるディオスピロスの連中だが」
「ディオスピロス? なんだそれ……」
「なんだ、知らねぇのか? 闇ギルドの組織名だよ、外部勢力のな。まぁ名前なんざどうだっていい。問題は奴らの背後だ」
「背後? どうせどっかの貴族様だろ?」
「それは少なからずあるもんさ。俺が言いたいのはそんな小規模な事じゃない。どっかの国が絡んでんじゃないかって話だ」
「国?」
国――つまり、他国による破壊工作だ。
「それは確かなのか?」
「いや、まだ決まっちゃいねぇ。決定的な証拠が出てこねぇからな」
「だったら――」
「違う――って言いたいだろうが、そもそも僅かな金の流れしか確認できてないのが異常なんだ。闇ギルドとして活動するには強力なスポンサーが必要不可欠。はした金じゃすぐに破綻するぜ」
ふむ、ラーツガルフ国内では大規模な資金の流れを掴めないと。だから他国がって言いたいのか。
しかし、俺の中で他国以外の出所に心当たりがある。――そう、高遠と十針だ。
外部勢力が活発化したのも西部貴族と南部貴族が収束した直後だと言うし、これは偶然ではないだろう。
「サンキュー、貴重な情報だったぜ」
「それは良かった。他にも何か分かったら知らせてやるよ」
「おう、そうしてくれ。――あ、1つだけ聞きたい事が」
「なんだ?」
「王都の闇ギルドに組織名はないのか?」
「はっ、そんな事か。いい機会だから教えてやる。王都で闇ギルドといや1つしか存在しない。それが答えだ」
「なるほどな」
ベルクとの話し合いは終わった。一応の和解ってやつだが、気は許しちゃいない。いつ反故にされるか分かったもんじゃないしな。
俺とベルクが生きてる限りは有効でも双方が死ねば消滅する。ベルクにはせいぜい寝首を掻かれないように注意してもらいたいね。
さて、冒険者ギルドに寄って依頼でも見てくるか。
ギィィ……
「も~ぉ、ギルマスったらお世辞が上手いんだから~」
「ホントホント」
「そんな言い方されると本気にしちゃうじゃな~い」
「お世辞ではないよ。ボクは昔から嘘が嫌いでね、綺麗な女性を見るとついつい気にかけてまうんだよ。キミたちのような……ね」
「「「きゃう~~~ん♪」」」
パタン……
冒険者ギルドだよなここ? 反射的にソッ閉じしちまったが、表に掲げられてる看板には冒険者ギルドと記されている。
うん、間違ってはいない。つまりギルドの中がおかしいんだ。
ギィィ……
「さて、ボクはそろそろ仕事に戻るよ」
「「「えーーーっ!?」」」
「ハハッ、そんなに悲しまないでくれたまえ。――あ、そうだ。よければ今夜、一緒に食事でもどうかな? そこで思う存分語り合おうじゃないか」
「「「さんせ~~~い!」」」
なんだこのピンク色が激しい空間は……。女冒険者と女性職員がギルマスに群がってるじゃねぇか。
つ~か受付嬢、お前は仕事をサボるな。
「あ、マサルさん、いらっしゃい。見苦しくてすみません……」
男性職員に頭を下げられた。
「気にすんな。アンタが謝ることじゃない。それよりギルマスに群がってる女共はどうなってんだ? 前はこんなじゃなかったろ?」
「ご指摘の通り、前はここまであからさまではなかったです。お陰でギルド内が嫉妬でギスギスですよ……」
疲れ切った顔をしている。ロビーのあちこちから男連中の視線がギルマスに突き刺さってるし、もう諦めましたって感じか。
「ところでですね、マサルさん宛に指名依頼が来てるんですが」
「そいつはお目が高いね。どれどれ……」
職員から受け取った依頼書に目を通してみると、軽くデジャブを覚える内容が記されていた。
単に場所と時間を指定されいて、来るのは俺1人のみ。ただ前回の闇ギルドとは違って依頼主は不明。
「なんだこれ? 俺を指名しておいて名乗りもしないとか、ふざけた奴だなぁ。いったいどんな風貌の奴なんだ?」
「すみません。気付いたら依頼書に紛れてまして、どの職員も受け取った覚えがないとのことで……」
そりゃますます怪しい。怪しいが、わざわざ出向いてやる必要性は感じないな。
「悪いが棄てといてくれ」
「え、よろしいのですか?」
「ああ。いたずらの可能性もあるし、本当に困ってんならすぐに駆け込んでくるだろ」
依頼書を職員に突き返して冒険者ギルドを後にした。……が、これがよくなったのだと直ぐに後悔する事になる。
「マサルさん、ジェロとグラスがダンジョンに駆け込んできました」
「こんな夜更けに?」
モニターを覗き込むと、二人が必死に何かを叫んでる様子が映っていた。
「ただ事じゃなさそうだ。ロージア、音声を入れてくれ」
「分かりました」
そこで二人の声を拾うと、事態はかなりマズイことになっていた。
『ラナ姉ちゃんを助けて! 知らない奴らに連れ去られたんだ!』
『返して欲しければマサル兄ちゃんを連れて来いって言われて!』
「なんだって!?」
急いで二人の元に転移し、詳しい経緯を教えてもらった。どうやら冒険の帰りに待ち伏せに合い、10人以上の男女に襲われたらしい。
「ボクたち必死に戦ったんだ。でも数が多すぎてどうにもならなくて……」
「気にするな。勝てない戦いだってある。お前らが無事に知らせてくれたからこそ、ラナを助ける事だってできるんだ。そういやベルガはどうした?」
「ベルガは診療所だよ。ラナ姉ちゃんが連れてかれそうになったところを最後まで妨害して、奴らに腕を折られちゃって……」
恐らくベルガ1人なら逃げる事ができたはずだ。それをしなかったのをみると、パーティメンバーとして信頼関係ができてるって事だ。
ケガを負った責任はパーティに組み込んだ俺にもあるし、ここは助ける以外に選択肢はない。
「ロージアはベルガを頼む。俺はラナの救出に向かうぜ」
「分かりました。ベルガの事はお任せください」
「よし。ジェロにグラス、早いとこ案内してくれ」
だが二人とも申し訳なさそうに首を振った。
「ゴメンよ、マサル兄ちゃん。これを奴らに渡されたんだ。来るならマサル兄ちゃん1人で来いって」
ジェロから受け取った紙を広げると、猛烈な怒りが沸き上がってきた。
【拝啓マサル殿。先日冒険者ギルドにて貴殿に対し指名依頼を出させてもらったのだが、指定時間を間違えたのかな? 約束の時間に貴殿が現れなかったため、再度指名することにした。今度は冒険者ギルドを通さない非公式の形でね。こちらとしても本気だと理解してもらいたいため、このような強硬手段をとらざるを得なかった点は残念でならない。今度は是非とも期待に添えてもらいたいので、敢えて忠告させていただく。貴殿が期日までに指定場所に現れなかった場合、預かっている冒険者の命はない。王都に名を轟かせた貴殿なら万が一にも見捨てたりはしまい? 我々としても手を汚したくはないのでね、貴殿の英断を期待しているよ。ディオスピロスより】
「くそったれ! 無関係なラナを巻き込みやがって!」
ベルガはロージアに任せて俺は1人で指定された場所へと走る。
「場所が遠いのに対して時間は近い。奴ら俺を試すつもりか!? ふざけた真似を!」
指定場所は王都の外だ。北西にある山の麓で、全力で走っても間に合わない。
そこで王都を出てから転移トラップを多様し、グングンと目的に近付いていく。
その苦労が報われてか、だいぶ時間を余らせて指定場所に到着した。
「出てこい、くそったれな野郎ども! さっさと人質を返しやがれ!」
シャッ!
叫んだ直後、木陰から矢が飛んできた。しかしダンジョントラップを起動していた俺には隙がなく、発射地点に向かって飛来物が飛んでいく。
グサッ!
「ぎゃあ!?」
木陰から男の声が響き、ドサリと茂みに倒れ込む。毒でも塗ってあったんだろうか、男が立ち上がる様子はない。
しかし、代わりのメンバーが四方八方から現れた。
「冒険者のマサルだな? 仲間の仇、取らせてもらうぞ」
「仇だぁ? そっちが手を出してきたんだろうが! ホント闇ギルドの奴らは被害者妄想が激しいな」
またこのパターンかとウンザリしながらも剣山トラップを発動させた。
グサグサグサグサグサグサ!
「ぐわぁ!? な、なん……だと……」
「バ、バカな、どこから剣が……」
「ぢっ……ぐしょう……」
はいご苦労様。先日も同じパターンでやられてんのにバカな奴らだ。
俺は敢えて1人だけ残した奴に近付いていく。もちろんラナの居場所を聞き出すためだ。
「ク、クソォ……化け物め!」
「何とでも言え。ついでにラナの居場所もな」
尻餅をついて後退る男を見下ろす。もしも知らないなんて言った日にゃ、地獄の苦しみを味わってもらうつもりだ。
「さっさと言え。ラナはどこだ?」
「し、知らない! 俺は知らないぞ!」
「あ"?」
「ほほほ本当だ! 俺たちはただお前が来たら上手く殺れと言われてただけで、連れてきたガキはここにはいない! 知ってるとすりゃアイツだ!」
「アイツ?」
「そうだ。最近頭に取り入った新参者で、名前は――ぐはぁ!」
「何っ!?」
大量の血を吐き出した後に、男はあっさりと絶命した。契約書による口封じか? そう予想を立てていると、木の上から男の声が。
「会話の途中ですみませんねぇ。なにぶん自己紹介は自分で行いたい主義なので」
「誰だお前は!」
「ボクの名は十針。高遠の仲間と言えば、ご理解いただけるかと」
そうか。ロージアが言っていた奴か。
「わざわざご足労いただきありがとう御座います。ではさっそくですが、貴方の実力を見せてもらいますよ。ククククク!」




