閑話:ダンジョンのある生活5
「今日からこの部屋を使ってくれ。急いで作ったから壁とか雑なんだけど……」
「そんなの全然気にしないよ? 寧ろ岩肌が見える部屋とか、ダンジョンっぽくって良いと思うな~」
急拵えで作った部屋をルンルン気分で眺めているのは、バイゲリング伯爵の娘であるラーシェルだ。
そんなお嬢様がなぜ俺のダンジョンに居るのかというと……
「でもホントにビックリしちゃった~。マサルがダンジョンマスターだなんて。どうりでグラディスが寄越した魔物を手玉にとるはずよ」
「ま、まぁな」
……とまぁ俺の正体がバレちまったんだ。
どうしてそんなヘマをって? そりゃお前、このお転婆が不意に魔法を使ったからだよ。
ラーシェルのショボい魔法を俺のトラップ発動で偽装してたんだから、そりゃ疾風が微風に戻ってたらおかしいって気付くよな。
いや、油断した俺も悪かったから、ラーシェルの要望を叶えるって事で周囲には黙っててもらう約束を交わしたんだよ。でもって要望ってのが「ダンジョンでの生活」だったわけ。
あ~スレタイ回収できて嬉しいな~(棒)
「……コホン。あのさ、気に入ってくれたのは嬉しいんだけど、他の貴族との交流は出来なくなるんじゃないか? 頻繁にベルトロンドには戻れないし」
「別に?」
「別にって……」
「だって、同世代の男女はあの辺りに居ないし、パパやママはつまんない習い事ばっかり薦めてくるしで全然面白くないんだもの。あたしはもっと武術とかを学びたいのに女が身に付ける必要はないとか言ってくるし。終いにはあれよ? 一回りも二回りも歳が離れてるオッサンとの縁談とか持ってくるのよ? もういい加減にして欲しいわ」
ラーシェルは俺より3つ年下だったはず。日本で例えるなら女子高生だ。
そんな彼女が入る気のない部活に入れられて、尚且つ歳の離れた男とのお見合いが控えてるとか言われたら息も詰まるだろうな。
「分かった。何もないところだがゆっくりと寛いでくれ。あ、必要な物があったら言ってくれれば用意し――」
「ホントに!? じゃあさ、何か運動できる道具とかない? あと武術の本とかも!」
「お、おぅ……」
遠慮しない性格だなぁ。でもその方が逆に接しやすいか。そんじゃま、さっそくリクエストに応えようかねっと。
「DPは……うん、全然余裕だな。ベンチプレスとか召喚しておくか。けどこんなにDP有ったっけ? スケルトンを倒したくらいじゃそんなに貯まらないはずだが……」
「それは恐らく、ドライアドプリンセスを倒した影響ですね」
「……ってロージア、聞いてたのか」
「ニヤニヤして鼻の下を伸ばしながらの独り言でしたからね。しっかりとイヤらしい声が聴こえてましたよ」
何か言い方にトゲがある……。
「ロ、ロージア、機嫌でも悪いのか?」
「受け取り方はどうとでも。マサルさんがそう感じるのなら、それが答えかも知れませんね。フン……」
いや、フンって……。明らかにご機嫌斜めやんけ。
これはアレか? 遠征から帰ってきたんだからキチンと労えってことか?
「あの……アレだ、ロージア。南部貴族を収めてくれて助かったぜ。道中で危険な魔物にも遭遇したんだよな? 確かドライアイスなんちゃらってやつ。俺の代わりに危険な目に合わせちまって本当にすまん!」
「…………」
「あ……と、とりあえずさ、何か欲しい物があったら言ってくれ。出来る範囲で応えるから」
「…………」
「ふぅ……、本当に調子のいい人ですねぇ。でもいいでしょう。そんな人を好きになってしまった私にも落ち度はあります」
「うん? 好きになったって――」
「……コホン。いただけるのならマサルさんの気持ちをください。キチンと感情が籠っている物をです」
「分かったよ」
「フフ、では楽しみにしていますね」
多少は機嫌が良くなったのか、ロージアは鼻歌交じりに立ち去っていく。
さっきまであんなに不機嫌だったのにな。女心ってのは難しいぜ。
さて、肝心のプレゼントだが、いったい何がいいか――ん?
「ニッヒヒヒヒヒ。とっても良いもの見~ちゃった~♪」
「うぉっ! ラ、ラーシェル?」
俺とロージアのやり取りを見ていたのか、ラーシェルが部屋から顔を覗かせていた。
「今のってロージアちゃんよね? マサルがあたしに気を使うから嫉妬してるんだよ」
「嫉妬? そうなのかなぁ」
「そうなの! ったく、そんなに鈍感だと後ろから刺されるよ~?」
それは怖い! 只でさえロージアの方が肉弾戦に強いのに、背後を取られちゃ絶対に勝てねぇ。
「一応だが気持ちの籠ったものをプレゼントする事で納得してもらったよ。少なくとも刺されるとかはないと思う」
「だといいけどね。ところでマサルは何をプレゼントするの?」
「まだ何も。そもそも服にするか小物にするか、はたまた手料理でも振る舞うかすら決めかねてる」
「そうなの? だったらあたしが手伝ってあげるよ。ダンジョンに住まわせてくれる御礼って事で」
「そいつは助かる!」
こうしてロージアに貢ぎ物を捧げよう作戦が始まった。いや、まだ決まってないから正確には作戦会議だが。
「――という訳で、諸君らの意見を聞きたい。何をあげたらロージアが喜ぶか、検討がつく者はいないか?」
「そんなこと急に言われてもですね……」
「だよね~、分かんないよね~」
「ジャニオ様以外のことなんかどうでもよろしいですわ」
「ハグッ……ハグッ……」
手っ取り早く女性陣を集めてみたものの、やる気のない返答が返ってきた。
「それでも何かあるだろう? 女性同士で何か感じるものとかさ。そこんとこ、ユーリはどうだ?」
「う~ん、そうですねぇ…………あ!」
「お、何か思い出したか?」
「ロージアさんも女性ですし、やっぱり服とかがいいんじゃないでしょうか?」
「ああ、服な~。でも服なら前にもあげたんだよ。確か水色のワンピースだったと思う」
「いえいえ、あたしがすすめるのはコスプレ衣装です。あたしと知り合いを含めた5人で魔法少女隊を結成してるんですけれど、そろそろもう1人新メンバーを迎えようと思っていたんですよ」
そう言ってユーリが取り出した(←いや、マジでどっから取り出した!?)のは、紫色を基調としたミニスカ衣装だった。
「是非これをロージアさんに! あたしたちは新メンバーが増えて嬉しい、マサルさんはプレゼントできて嬉しい、ウィンウィンです!」
「却下で」
「え~~~っ!? 誰しもが憧れる魔法少女ですよ? そのメンバーに加われるチャンスをみすみす逃すなんて!」
「だって、本当に喜ぶかどうか分からんし」
それに魔法少女に憧れている感じはまったくないんだよなぁ。寧ろこの衣装を見せたらタメ息つかれそうだ。
「じゃあシュワユーズは?」
「あたしですか? そもそもファッションに疎いんで服とかは無理ですね~。代わりと言ってはなんですが、剣の見立てなら自信ありますよ~。例えばですね――」スチャ!
懐から複数の剣を取り出し(←だからどっから取り出すねん……)、目の前で並べ始めた。
「ここに3本の剣が有りますじゃろ?」
「語尾がおかしいが3本あるな」
「この中の1本は師匠から譲り受けた名剣で、他の2本は普通の剣です。マサルくんに見分けがつきますか?」
1つはやや錆び付いている古びた剣で、1つは錆びは無いが何の変哲もない剣。残りの1つは微かに光沢を放つ剣だった。
「分かったぜ、これが名剣だ!」
俺が自信満々に指したのは光沢を放つ剣だ。
しかし……
「ブッブ~、ハズレで~す♪ それはカルロスが造った装飾用の剣ですね~」
「そりゃまた見事に騙されたな」
「フフ~ン、正解はこっち。一見普通の剣にしか見えませんけど、これが代々トランジェスに受け継がれてきた名剣なのです。この剣にかかれば錆びた剣なんか一撃で――」
シュパン!
「フッ、どうです? ご覧の通り名剣が真っ二つに――って、ええええ!?」
見事なまでに根本からポッキリといっていた。
「錆びついた剣に負けるとか、その名剣って偽物なんじゃないか?」
「そそそそそんなはずは! これは一大事です、何とか修復しないと――あれ?」
「どうした?」
二つの剣を交互に見比べたシュワユーズが何かに気付く。そして頬を掻きながら恥ずかしそうに……
「錆びた方が名剣でした、テヘッ♪」
「テヘッ、じゃねぇよ。ちゃんと手入れくらいしとけ」
しかしこれでシュワユーズに剣を選んでもらうのは無しになったな。コイツに任せたらどんな偽物を掴まされるか分かったもんじゃない。
「こうなったらブローナ、貴族のお前なら物の価値とか分かるだろ?」
「当然ですわ。ジャニオ様以外の物は全て無価値だとハッキリ分かりますもの」
「そういう回答が欲しいんじゃない。ロージアに見合う豪華な物を選んでほしいんだ。ほれ、さっきジャニオが使ってたタオルをやるよ」
「まぁ、素敵な貢ぎ物ですわ! その功績を称えて特別に知恵を貸しますわよ。ズバリ、この世に二つとないオーダーメイドこそ至高なのですわ」
おお、本格的な意見!
「あ、でも服のサイズが分かんないなぁ」
「でしたら綺麗な小物を作るのですわ。目についたら思わず手に取りたくなる程の一品を」
「う~ん……例えば?」
「やはり身に付けることが可能なものが理想ですわね。見た目は小物、中身は実用性のある髪飾り等も有りましてよ。ほら……」
ブローナが家の紋章を印した王冠の髪止めを見せてきた。なるほど、棚の上に飾ってもいいし、身に付けてもいいと。
「ですがあの女とお揃いは嫌ですわよ? せめて髪飾り以外にしてくださいまし」
「マジかよ……」
チョーカーは奴隷の首輪っぽく見えるからダメだし、指輪は婚約指輪の時までとっておきたい。ネックレスは既にロージアが身に付けてる(お気に入りだと言っていた)し、腕輪も同様。あ! ならイヤリングは――
「言い忘れてましたがイヤリングもご遠慮くださいまし」
「うげぇ……」
こりゃ参ったぞ~。他に実用性のあるものなんて思い付かねぇ。何かないか……何か……
「はっぐはっぐ!」
「おいクーガ、焼き菓子ばっか食ってねぇでお前も考えるんだよ!」
「ああ~? んなもんお前、実用性つったら食いもんに決まってんだろうが。見て飽きたら食う、これに限らぁ!」
クーガのやつテキトー言ってんな?
「さすがに食い物はないだろ」
「そうですよ。その点あたしのコスプレ衣装は飾ってよし、着てよしじゃないですか!」
「それならあたしの剣だって飾れますよ!」
「いいえ、一目でオーダーメイドだと分かる物でなくては!」
「はっぐはっぐはっぐ!」
「コスプレ衣装!」
「剣!」
「完璧なオーダーメイドを!」
「マドレーヌおかわり!」
あ~もぅ、収拾つかなくなってきた。
「どうすりゃいいかなぁ……」
「だったらさ、全部のいいところを抜き出して最強のプレゼントにしちゃえばいいよ!」
「最強の……」
ラーシェルの助言を受け、全てから良いと思われる点を抜き出してみた。すると
「こうなってしまったと」
「うっす……」
額に手を当てているロージアの前で、フリッフリな衣装を纏った煌びやかな剣が鎮座していた。切っ先にはマドレーヌがブッ刺さっている。
「なるほどなるほど。マサルさんの気持ちは分かりました。では私からのお願いです」
「見飽きたので片付けといてくださいね? あと食べ物を粗末にしないように」
「え……あ、う……」
正論翳してどっか行っちまった。ロージアを攻略するにはまだまだ遠そうだなぁ……。