西部貴族と南部貴族8
ガサッ!
「うん?」
「どうした? 真面目に警備してないと、侯爵様にどやされるぞ?」
「いや、そこの茂みに何か居たような気がしてな。ちょっと見てくるぜ」
「――とか何とか言って、ホントはただの小便なんだろ? まぁ堂々と出来るわきゃねぇもんな~」
「茶化すなよ。それに居たような気がしたのは本当の事――」
トスッ!
「フグッ……」
「ブッ! 何情けねぇ声出してんだよ。そんなに夜風が染みた――」
トスッ!
「フグッ……」
「へっ、テメェも情けねぇ声出してんじゃんか。そらよっと!」
気絶させた2人の見張りを茂みへと隠し、裏口から中へと侵入していきます。クーガの実力なら瞬時に手刀を打ち込むのは造作もない事ですからね。
「しかし驚いたな。キミたちの実力は昼間に見せてもらったが、こうも簡単にアクトレイの邸に侵入できるとは」
同行しているトワイラスも驚きを隠せない様子。彼にはアクトレイ討伐後の後処理がありますからね。王家の権限を使って御家を復興した後の領主という大役です。付いてきてもらった方が早いと判断しました。
「お褒めいただき光栄ですが、まだアクトレイを追い詰めたわけではありません。最後まで油断は禁物です」
「勿論だとも。だからこそこうしてその日のうちに打って出たのだ。奴としてもこちらから乗り込んで来るとは思っていないだろう」
実は昼間の襲撃の後、3度に渡って襲撃が繰り返されたのです。アクトレイにとってトワイラス率いるレジスタンスは目の上の瘤ですからね。早急に処理したかったのだと思います。
ところが何度も撃退され、挙げ句に犠牲者が千に届く勢いともなれば戦略を見直してくるのは確実。今ごろ頭を抱えて必死に策を練っている事でしょう。
「え? 貴方たちは……」
「え、えっと……」
鉢合わせた相手がメイドだったため、手荒な真似はすまいと反応が遅れました。油断したのは私の方でしたね。
しかし、すぐさまジャニオがフォローに入ります。
「驚かせてすまない。我々は雇われの冒険者でね、緊急の依頼があるとの事で、この邸に訪れたんだよ」マエバキラ~ン
「ま、まぁ、そうでしたの」ホッペアカ~イ
「依頼主はアクトレイ侯爵なんだけどね、現在はどちらにいるのかな?」
「今でしたら自室に居ると思われます。ご案内しますのでどうぞ~」
災い転じて――という感じでしょうか。上手い具合にメイドが案内してくれそうです。
「ところで1つお尋ねしたいのですけれど、そちらの男性を以前この邸で見かけた気がするのですが」
「わ、私……かね?」
「はい。確か1年くらい前だったような」
「そ、それは……」
まさかとは思いますがこのメイド、トワイラスが没落する前から居た可能性が! そして焦りまくるトワイラス。
しかし、ここでもジャニオが大活躍。
「……コホン。申し訳ない、華麗なメイドさん。職業柄ボクらの正体は無闇に明かせないんだ。その代わり――」
ポン!
「まぁ、綺麗な薔薇!」
「この薔薇がキミとボクとが出会った証さ。これで許してもらえないかな?」ウィンク
「はい、許しちゃいます!」キュピ~ン!
「じゃあキミは持ち場に戻って。ボクとの出会いは秘密だよ?」
「勿論ですぅぅぅ!」
バラを大丈夫そうに抱えたメイドが走り去って行きました。鬼の形相をしたブローナが今にも火魔法をブッ放ちそうでしたが、私が羽交い締めで押さえます。
ジャニオ、後でブローナにもバラを渡してあげなさい。
「さて、アクトレイの部屋は突き当たりですが……」
ここにも見張りが2人。素直に話せば侵入した事がバレてしまいます。
ならばやるべき事は1つ!
「クーガ」
「へへん、任せろって。うぉりゃ~~~!」
「へブッ!?」
「ハブッ!?」
クーガのダブルラリアットで2人をノックアウト。今の騒ぎでアクトレイも異変に気付いたでしょうし、透かさず部屋に突入します。
ドンッ!
「アクトレイ侯爵!」
「騒がしい奴め、いったい何事――って、貴様はトワイラス!?」
罠に掛けた者と掛けられた者が1年振りに対峙しました。この機会を待ち望んでいたトワイラスは、アクトレイを窓際までジワジワと追い詰めていきます。
「よくも私を嵌めてくれたな? この一年間は血反吐を吐く思いで過ごしてきた。妻も娘も失ったが、貴様への恨みは消え失せる事はない。この恨み、今こそ晴らしてくれる!」
「ぐぬぬぬ、まさか兵を撃退するだけでなく攻め込んで来ようとは……。しかし、貴様1人で何が出来る? 人間や獣人の助力を得てようやくたどり着いたのだろう? 人望を失った貴様はもはや用無し。俺を殺したところで犯罪者にしかなん」
「クッ……」
トワイラスが悔しそうに唇を噛む。今ここでアクトレイを殺せば領主を殺した罪に問われてしまいます――が……
「それは一般的な理論です。罪に問われない方法もありますよ?」
「何だと? この俺を殺して無事で済むと本気で思っているのか! そもそも貴様は何者だ!?」
「王家の使者として参りましたロージアと申します。この書簡にはシルビア王女の直筆サインが記されています。これが何を意味するか、貴族の貴方なら理解できるでしょう?」
「グヌゥ……」
今度はアクトレイが唇を噛みしめます。このサインがあれば人事にも首を突っ込む事ができるのですよ。例えば邪魔な領主を解任したりもね。
もっとも、王家に牙を向くくらいですから解任したところで素直に従ったりはしないでしょうけれど。
「ここからは二択です。反逆者として素直に投降するか、刃向かって命を落とすか。お好きな方をお選びください」
「いいや、どちらも相応しくないな。いずれ俺は天下をとるのだ。こんなところで終わりはしない」
「強情ですね。ではトワイラス殿、後はお好きに」
「うむ。感謝するぞ、ロージア殿。――アクトレイ、覚悟ぉぉぉ!」
ザスッ!
「な!? 手応えが……ない?」
「え!?」
剣が斬り込むところは見ました。しかしアクトレイの全身は煙のように変化し、天井へと吸い込まれていきます。
「ハッハッハッ! 言ったはずだ、こんなところでは終わらないとな」
「屋根裏か! アクトレイめ、なんと姑息な手を!」
「へっ、上等だ。天井をブッ壊しゃいいんだろうが、オラオラオラァ!」
ドゴッ、バギッ、ゴスッ、ドゴォン!
「っしゃあ、天井貫通!」
クーガにより呆気なく天井が壊れたので屋上へと飛び出すと、松明を手に顔を引き吊らせたアクトレイ侯爵――
――と、もう1人。……メガネを掛けた若い青年?
その青年が私たちを見るなり大きなタメ息をつくと……
「はぁ……やれやれ。まさかこうも簡単に追い込まれるとはねぇ。お陰様で1年間の苦労が水の泡だよ」
「貴方は誰です?」
「名乗ったところで意味はないんだけどねぇ。まぁいいですよ? 知りたければ別に。ボクの名前は十針です。ある御方の命令によりラーツガルフに混乱をもたらすためやって来ました。フフ、こんな感じでどうですか?」
そう言って鼻で笑うと、メガネをクイッと持ち上げました。まるでこちらを見下してるかのようです。
「バカにしているのですか?」
「受け取り方はどうとでも。バカにされてると感じてるのなら、それが答えかもしれませんよ? ククククク!」
他人を不快にさせて悦に入るのが趣味のようです。
しかしこの青年、よく見ると黒っぽい学生服の上に黒いマントをつけていますね? マントはともかく、学生服に縫われている刺繍はイグリーシアの言語ではありません。ジーキルの言っていた転生者はこの青年のようです。
「そこにいるアクトレイに手を貸していたのは貴方ですね?」
「その通り。西部貴族と連携を取るよう助言したのもボクです。しかしこの男、最後の最後で欲を出しましてね、西部貴族と王家の共倒れを狙ったんですよねぇ。お陰でタイミングは台無し。西部貴族も敗れたと仲間から聞きましたし、もはやこの男に価値はありません。似るなり焼くなりお好きにどうぞ」
「そ、そんな、トバリ様!?」
てっきり庇うのかと思いましたが切り捨ててきましたね。
「分かりました――と言いたいところですが、黒幕である貴方を見逃すわけにはいきません。王都に連れ帰り、じっくりと尋問させてもらいます」
「尋問ですか。クク、拷問の間違いでなければいいのですがねぇ」
「それは貴方の態度次第です」
「クククク! それだと拷問になりそうです。痛みを伴うのは遠慮したいので、ボクは退散させてもらいますよ」
「このまま逃がすとでも?」
「そうせざるを得ないでしょうねぇ。こんな事もあろうかと殿を用意してますので、ボクを追うのなら彼を倒してからにしてください」
ザッ!
十針が何かを呟くと、彼の背後から謎の人影が飛び出して来ました。そしてアクトレイを……
ザシュ!
「ウグォ!? ……ト、トバリ……様……」
アクトレイの心臓部分からダガーが飛び出してきました。彼からすれば訳も分からず絶命した事でしょう。
「おっと失礼。相手を間違えてしまったようです」
「どうせ口封じでしょう」
「クク、さてどうでしょうね。それよりご自分たちを案じた方がいいですよ? アクトレイを刺したそいつはCランクの魔物――スイープアサシンですからねぇ」
「!!」
この青年が魔物を召喚!? しかもスイープアサシンとは人形の魔物で、闇に紛れた戦闘を得意とする闇ギルドの構成員に近いと言えます。
「では縁があったらまた会いましょう。生きていればの話ですがね? ククククク!」
青年は転移石を砕き、どこかへ転移して行きました。追跡したいところですが、目の前の魔物を放置するわけにはいきません。
「クーガ、やれますか?」
「ああ、いつでも殺れるぜ!」
ザザッ!
クーガの殺気を感じ取ったのか、スイープアサシンがクーガに向かってきます。対するクーガも地を蹴り、スイープアサシンへと向かっていき……
バキン!
「!?」
爪とダガーが空中でぶつかり、根元から折れ飛んだのはダガーの方だった。
「へっ、C級がB級に敵うかよ! オラオラオラァ!」
ザスザスザスッ!
スイープアサシンは無惨に引き裂かれ、やがて光の粒となり消滅した。
「あれ? コイツ消えちまったぞ」
「ダンジョンモンスターだったのでしょうね」
なぜダンジョンモンスターが――という疑問は解かれる事はなさそうです。アクトレイが始末されましたからね。
『マサルさん、こちらも解決しました。これより王都へ帰還しますね』
『お疲れロージア。俺は先に着いたから、俺の方からシルビアに報告しとくぜ。あ、あと疲れてるとこすまないんだけどさ、帰ったら手伝ってほしんだ』
『手伝いですか? 私は構いませんが』
『悪ぃな。どうしてもダンジョンに住みたいって女がいてさ。詳しくは帰ってきたら話すぜ』
「…………」
はぁ……。また害虫に集られましたか。そっちの対策も必要かもしれませんね。




