西部貴族と南部貴族7
ジーキルの情報を元にレジスタンスの活動拠点へと向かった私たちは、地図が示すスラムの一角までやって来ました。
幸いにしてゴロツキに絡まれる事もなく大きめな廃屋の前まで進むと、大工のような格好をした男に声を掛けられます。
「おや、若い衆がスラムに何か用かい? 見たとこ冒険者のようだが、こんなところにゃお宝なんざないよ」
「いえ、宝探しをしているわけでは――」
「あたいらはレジスタンスってやつを探してんのさ!」
「レジスタンス……」
クーガの台詞を聞き、男の目付きが変わりました。何かを知っているのは確かですね。
「誰に聞いたか知らないが、ここにはレジスタンスなんてもんは存在しない。ごっこ遊びをしたいなら他をあたるこった」
「まるで存在しないはずのものを知っているかのような口振りですが」
「はぁ……。あのなぁ、見ての通り俺は単なる労働者だ。それがどうして――」
「私たちに声を掛けた理由です。まるでこここら追い払いたいと言わんばかりな口調でした。何も知らないのなら不要な行動だと思われますが?」
「そ、それはだな……」
男は返答に詰まりますが、すぐに咳払いで誤魔化し……
「……コホン。そんな事、よそ者のアンタらには関係ないだろう」
「まったくその通りだと思います。ですので私たちがここで何をしようと貴方には関係ありません。どうぞお構いなく」
「チッ……」
ピュイ♪
どうにも誤魔化しきれないと悟った男が口笛で合図をすると、物陰から複数の男たちが現れました。
均等にバラけて私たちを包囲し、先ほどまでの温厚な口調とは違うドスの効いた声を発します。
「いいだろう。そんなに知りたきゃ教えてやるが、覚悟は出来てんだろうな?」
「あ? なんだぁ、あたいらとやろうってのか?」
「上等ですわ。そっちがその気なら――」
「落ち着きなさい、二人とも」
手を出そうとするクーガとブローナに反応して男たちも武器に手を伸ばしますが、二人を止めて両手を上げる事で敵意がないとアピール。
それを理解したのか男たちも武器から手を離し、場の空気が多少和らぎます。
「まぁいい。中に入んな」
顎でしゃくって廃屋に入るよう促してきました。周囲は他の男たちがガッチリと固めており、逃がすつもりはないようです。
「テメェらが何者か知らないが、返答次第じゃ命はねぇぜ?」
「ならば遠慮なく聞いてください」
「慌てんな。判断するのは俺じゃない。最終的な決断はリーダーが行う。そこの階段を降りるんだ」
言われるまま階段を降りると、思いの外広々とした空間に仕上がっていました。ジーキルのいた地下通路をさらに広げた感じです。
それに住んでいる住人にも驚きました。男だけではなく、老若男女問わずの共同生活をしているようだったからです。女性は井戸から水を汲んでの洗濯。男性は鍛冶や工作で何かを作っていますね。
その殆どからチラチラと視線を感じますが、他人への過干渉はタブーなのか誰も話しかけてはきません。
しかし低年齢ともなれば好奇心を抑えきれないもので、可愛らしい女児がこちらに近付いてくると……
「おじちゃん、新しいお友達~?」
「どうだろうな。そこはリーダーの判断しだいさ」
「ふ~ん? でもリーダーは優しいから喜んでくれるよね~。だって元々は貴族だっだもんね~」
貴族? つまりリーダーは……
「こ、こらこら、あまり軽々しくリーダーの事を喋っちゃダメだぞ~? ほら、お友達のところで遊んでなさい」
「は~い」
女児が去っていくと男たちは大きなタメ息をつき、再び奥へと歩き始めます。
「なるほど。貴方たちのリーダーは没落した貴族ですか」
「なんだ、この場所を突き止めておきながらリーダーの正体を知らないってのか?」
「ええ。私たちが知っているのはアクトレイ侯爵と敵対しているという事だけです」
「…………」
そこからしばし、リーダーのいる部屋に着くまで無言が続きました。正体を知らなかったのは意外だったのでしょうか?
いや、それよりも上手くリーダーと話をまとめるのが大事です。
コンコン
「リーダー、客人を連れて来ました」
「客だと? そのような予定は無かったはずだが……」
「アポはないようです。Bパターンによりリーダーの判断を仰ぎたく」
「なるほど、Bか。少し待ってくれ」
来客をパターン化ですか。やはり警戒レベルは高そうです。
「準備はできた。通してくれ」
「了解です。――ほら、さっさと入れ」
背中を押されて部屋に入れば武装した男女が左右にズラリ。付いてきた男たちも背後に張り付くと、正面のソファーに腰かけている若い男が口を開きました。
「さて、すでに知っているだろうが、私がリーダーのトワイラスだ」
知ったのはたった今ですがね。
「お初にお目にかかります。ラーツガルフの王家の使者として参りましたロージアと申します。後ろの3人は護衛です」
「王家の? なるほどな、そちらの目的は理解した。つまり、我々を利用してアクトレイを潰したいのだろう?」
「少々言い方にトゲがありますが、間違ってはいません」
「ふむ、素直で宜しい――と言いたいところだが……」パチン!
トワイラスが指を鳴らすと、武装した連中が一斉に武器を突き付けてきました。
「いきなりですね。先ほどの言動が気に触りましたか?」
「いや、大した度胸だと感心しているよ」
「この状況では素直に喜べませんが」
「連れの女性は違うようだが?」
「……え?」
何の事かと思ったら、原因はブローナでした。
「きゃふ~ん♪ わたくし怖いですわジャニオ様~ん♪」
「ま、まぁブローナ殿、落ち着いて……」
ガッチリとジャニオの腕に絡み付いています。このような状況下でこの女は……。
「……コホン。この女は見なかった事にしてください」
「あ、ああ、深くは聞かないでおく。それでこうなった経緯だが……お前たち、この場所を誰から聞いた?」
「情報屋のジーキルです」
「…………」
ジーキルの名を出した瞬間、トワイラスを含めたレジスタンスの顔が一斉に強張り、トワイラスが静かに告げました。
「ジーキルは我らの同志。どのような輩であろうと私に何の通達もなくバラすなんぞ有り得ん事だ」
「え? そんなはずは……」
まさか騙された!? しかしジーキルが彼らの同志とはどういう……
「残念だが、お前たちを生かしては置けなくなった。我らの存在は絶対に秘匿せねばならんのでな」
「ま、待ってください! 私たちは間違いなくジーキルに――」
「しつこいぞ? 貴様らスパイに構ってる暇はないのだ。自らの浅はかな行動を後悔するのだな」
「クッ……」
完全に対立の構図です。マサルさんが居れば簡単に無力化できたのですが、私たちのみでは手加減は危険。全力で排除に――
ドンドン!
「たたた、大変ですリーダー! このアジトに大勢の兵士が!」
「な、なんだと!?」
部屋の外から伝達を受け、愕然とする彼ら。それにこのタイミング。どうやら最初から仕込まれていたようですね。
「クソッ、こうなってもう終わりだ。良かったな? お前たちの望み通りだ!」
怒りをぶつけてくるトワイラスですが、私としても、そのような結末は望んではいません。
「勘違いされては困りますよ? 我々の敵はアクトレイ侯爵であり、貴方たちではないのですから」
「……え?」
「攻めてきた兵は私たちが撃退します。さすれば信じてもらえますね?」
「そ、それはそうだが……」
状況を飲み込切れないトワイラスを尻目に、私は伝令に指示を出します。
「そこの貴方、直ちに非戦闘員をアジトの奥へ。私たちが前に出ます」
「へ? わ、分かりました!」
一瞬面食らった伝令でしたが直ぐに走って行きました。私たちも部屋を出て地上へと急ぎます。
辿ったルートを覚えていたため難なく入口付近まで戻ってくると、地上からの侵入を防ごうとする男たちが鬼の形相で剣を振るっていました。
「クソッ、応援はまだか!? このままじゃ突破されるぞ!」
「ダ、ダメだ、防ぎ切れない!」
奮戦する男たちの後ろでジャニオたちに指示を出し、私も詠唱を整えると……
「「「うわぁ!」」」
ついに防衛ラインが崩壊。しかし、兵士がなだれ込んできたタイミングは正に絶妙!
「身も心も凍りなさい――アイスストーム!」
カチィィィィィィン!
「な、なんだ、何が起こった?」
「兵士が……凍ってる?」
目を白黒させるレジスタンスたち。なだれ込もうとした兵士が目の前で氷漬けになったのですから無理もありません。
「もう大丈夫です。侵入しようとした兵士には氷像になってもらいました。後は私たちに任せてください」
「あ、ああ……」
「よく分からんが助かったぜ」
氷像を押し退け地上へ出ると、多数の兵士が切っ先を向けつつも後退ります。
「ア、アクトレイ侯爵に刃向かう……ななな、ならず者め、おとおと……おおお、大人しくしろぉぉぉ!」
「くく、来るなら来い! おおお、俺たちは勇敢だから、ここ、怖くなんかないぞぉ!」
「でもなるべくなら氷漬けは勘弁して……」
あらあら、すっかり腰が引けてますね。ウォーミングアップのつもりだったのですが。
「大人しくしてほしいのなら力ずくでどうぞ」
「命の保証はしないぜ? 当然だよなぁ?」
「「「ヒッ!」」」
私とクーガが前に出ると、更に距離を取る兵士たち。すると彼らの後ろから1人の男が飛び掛かってきました。
手にはダガー。狙いは私。動きは速いですが、見えない速度ではありません。
ガキン!
「ほほ~ぉ、正面とはいえ俺のダガーを受け止めるたぁ大したもんだ。達者なのは口だけじゃないらしいなぁ?」
「あ、貴方は……」
「ジーキル!」
そうです。あの情報屋のご老体です。彼が襲ってきたという事はつまり……
「ジーキルだと!?」
私の背後からトワイラスの声。彼も付いてきたのですね。
「なぜだジーキル! なぜ我々に剣を向ける!?」
「おお、誰かと思えばトワイラスか。そんなもん決まってらぁ。俺は最初から侯爵様の部下さ。ちょうど王家からの使いも来たみたいだしよ、グルになって侯爵様を陥れようと結託したって事にすりゃ民衆も納得するってもんだ」
「お、おのれぇ……」
これでハッキリしました。私たちは都合よく使われ、レジスタンスは掌で転がされていたと。
「なるほど。しかし単純過ぎては大事な局面で下手を打ちますよ?」
「へっ、この状況を覆せるってのか?」
「ええ。他の兵士は遠巻きに眺めているだけですからね。貴方さえ討ち取れば危機から逃れられます――アイスジャベリン!」
「何っ!?」
鍔迫り合いの状態のまま手を器用に動かし、氷の矢を飛ばします。
しかし俊敏なジーキルは即座に離れ、氷の矢から逃れました。
「ヒュウ♪ こいつぁ久々の大物だ。長年裏方仕事をこなしてきたが、お前さんのように強い別嬪には会った事がねぇ。どうだ、冒険者なんざ止めて俺の片腕にならねぇか? 少なくとも金には不自由させねぇぜ?」
「お断りします。お金には不自由してませんので。それよりもご自分の身を案じた方がよろしいかと」
「あん?」
私と話し込んでいる隙にクーガが背後へと回り込み、隙だらけの背中を……
ピキィィィン!
「な、なんだこりゃあ! あたいの拳が弾かれたぞ!?」
「ハッハッハッハッ! 最近は何かと物騒なんでな。背後を取られた時のためにマジックアイテムを仕込んでおいたのさ。死角からのダメージは一切通ねぇぜ!」
今度はこちらの番だと言いたげに、ジーキルが高く飛び上がります。
「ちょいと値は張るが使いどころだ。テメェらまとめてあの世に行きな!」
ヒュヒュヒュヒュヒュヒュッ!
懐から取り出した球体のマジックアイテムを掲げると、無数のウィンドカッターが飛んできました。当たりどころが悪いと即死です!
「お嬢、危ない!」
「大丈夫、私に任せなさい!」
前に出た私に風の刃が殺到。スパスパッと何かが切れた音の直後、辺り一面に血渋きが舞いました――いや、宙に咲いたとでも言うべきでしょうか? 血渋きの発生源は重力に引かれてボトボトと落下しました。
「ギィェェェェェェ! な、何が起こった!? なぜ俺は宙を眺めている!」
「分からないのですか? 貴方が放った風の刃をそっくりそのまま弾き返したのですよ。アイスバリケードで真っ正直からね」
「な、なん……だと? つまり、切れたのは貴様の体ではなく……」
「お察しの通り貴方です」
「ゴハァッ!」
ようやく理解したジーキルが口から多量の血を吐き出しました。全身が10等分くらいになってますし、もう助からないでしょう。
「どうやら情報の価値を理解してなかったようですね? 王家からの使いとあらば、それなりの戦力が送られて来るとは考えなかったのでしょうか?」
「バカ言え。誰がアンタみないな強者を想定するってんだ……」
まぁジーキルにとっては相手が悪かったと言えるでしょう。
「ジーキル……」
そこへ最後の別れを告げるためか、トワイラスがジーキルを見下ろすと……
「最初から……騙していたのか?」
「ああそうさ。アンタと出会ったのも偶然じゃない。最初からあの男の策略で動いていたのさ。言っとくがアクトレイ侯爵じゃあないぜ?」
「……何?」
「こいつは冥土からの置き土産だ。1年前にとある転生者が侯爵に接触してきた。そいつの知恵のお陰で――ゴフッ! 今の……アクトレイが……」
力尽きましたか。
しかし気になる情報です。ジーキルの言う転生者が黒幕の可能性が出てきましたね。




