西部貴族と南部貴族6
『――ってな感じでな、俺の方は無事に収まりそうだ』
『分かりました。こちらは任せてください』
酒場で喉を潤しつつマサルさんとの念話を終えました。後は私たちが南部を止めれば解決しそうです。
「それで……南部貴族の代表はアクトレイ侯爵で、このブルーアーシュの街で領主をしている――でしたか?」
「はい。彼がブルーアーシュを治めるようになってから劇的な経済発展を遂げたために周囲から一目置かれる存在となり、財政難で苦しむ領主の大半は彼から資金援助を受けているとか。そのためアクトレイ侯爵の発言力はますます高まり、此度の王家への反抗に誰も反対しなかったようです」
「つまり、アクトレイ侯爵のみに決定権が有ると見てよいのですね?」
「良いと思いますよ。兵を動かすにも資金が必要でしょうし、アクトレイ侯爵が居なければ挙兵も儘ならないでしょう」
「ふむ……」
情報を集めてきたジャニオの報告を受け、どうやってアクトレイを止めるか思考を巡らせます。
現状敵対する貴族は近くに居らず彼の独裁状態。この事から周囲の貴族は充てにならないと分かりますし、最悪は暗殺も視野に入れなければなりません。もちろん最後の手段ですけれども。
しかしこのままアクトレイと接触してもこちらが悪者に仕立て上げられるだけ。何とか奴を陥れる事ができる情報を掴みたいところですが……
「まったく、ロージアはいつまで作戦を練ってますの? 周りの視線が不快だとさっきから言っているじゃありませんか」
ブローナが憤るのも無理ありません。時おり私たちに視線を向けながらコソコソ話してる姿が視界に入ってくるからです。これはラーツガルフの南部で多く見られるのですが、魔族が絶対的に上だと考えている者が多数を占めるからです。文字通り悪しき風習ですね。
「同感同感。きっと田舎者が~とか心の中で罵ってやがんだぜ? は~ヤダねぇ、頭でっかちの雑魚共はさ~。ペナルティさえなけりゃ力で黙らせてやるんだけどよぉ」
「クーガもたまには良い事を言いますわね。いっそのこと力ずくで黙らせましょうか」
「やめなさいブローナ。騒ぎを起こして注目を浴びるのは得策ではありません」
しかしながら、ブローナの言う不快な視線は収まりそうにありませんね。
「一旦ここを出ましょう」
まだ作戦を決めかねていますが、酒のつまに小馬鹿にされるのも面白くはありません。
「おや、もうお帰りですかいお嬢様方? 見たところ人間や獣人を含む冒険者パーティってところでしょうか。大方視線が痛くてさっさと離れたいってところでしょう? へへ、まぁ無理もないでしょうがねぇ」
近くに座っていたグレーのローブ男が話し掛けてきました。どうせこの男も見下しているのだろうと思いスルーしようとしたのですが……
「まぁ待ちなって、何も無視するこたぁないでしょうよ?」
「他人に構ってる暇はありませんので」
「分かってますって。何もアンタらの邪魔をしようってんじゃないんですよ。ただねぇ、長年の勘――ってやつですかね? アンタら見てたらピ~ンと来たんですよ。何か情報を求めてるんじゃってね~」
「…………」ピタッ
情報という単語に反応し、反射的に足を止めて男へと振り向きます。すると男はニンマリと口元を緩め、ソッと耳打ちをしてきました。
「有能な情報屋がいますぜ? 手数料さえいただけりゃ紹介しますがね。どうします?」
なるほどと納得しました。この男は私たちのような者を紹介する事で小銭を稼いでいるのでしょう。
「……いくらです?」
「格安の銀貨1枚ですぜ」
「是非とも紹介を」
「毎度さん♪」
銀貨を手渡して男の後についていくことしばし。貧困層が多く住み着いているところの奥深くにある寂れた広場に着くと、壊れた花壇を指してきました。
「そこから地下に入れますぜ? 青い顎髭を生やした爺様が報酬次第で何でも答えてくれますぜ。あ、それから……」
「まだ何か?」
「この辺りは決して治安が良いわけじゃないんで、後の事は自己責任で頼んますわ。そいじゃ!」
ローブの男はそそくさと立ち去って行きました。若干の不自然さを感じつつも情報収集が優先だと考え、地下へと続く階段を降りていくことに。
そこはあちらこちらに松明が灯され、石積の壁からは涼しげな風が吹いている心地よい場所――ではあるものの……
「これは……」
「まるで浮浪者のたまり場ですわ」
飲んだくれた男が酒瓶を片手に寝そべっていたり、強面の男たちがカードを使って賭け事をしていたりと、ろくでもない者が集まっている場所だとハッキリ分かります。
ろくでもない者――つまりは下衆な者も含まれており、当然こちらに絡んでくる者も現れるわけで。
「おいおい、若い女がこんなところに来ちゃいけねぇぜ?」
「それとも俺たちと遊びたいってか? ゲッヘヘヘヘ」
下品な笑い声。外の視線とは別の意味で不快になります。
「失礼だけど、ボクの連れに手を出さないでくれるかな? あまり手荒な真似はしたくないのでね」
「んだぁ? 優男が調子に乗――」
「調子に乗ってんのはテメェらだぜ?」
「「イデデデデ!」
「わ、分かった、分かったから手を放してくれぇ!」
クーガが男たちの手を捻り上げると二人はあっさりと降参。他の男たちにもクーガの強さが伝わったようで、こちらから必死に目を逸らしています。
「ものはついでです。情報屋を探しているのですが、どこに居ますか?」
「そ、そうか、情報屋に用があんだな。それならそっちの通路を進んで突き当たりの右だ」
「ありがとう御座います。ですが次に同じ事をした場合、五体満足でいられるとは限りませんので、そのおつもりで」
「「…………」」ブンブン
壊れた人形のように首をコクコクと振り、男たちは逃げていきました。
「逃がしてよかったのか? せめて手足をへし折っておいた方が安全だったんじゃね?」
「周りに聴こえてますよクーガ。それに仲間を集って来るのなら、返り討ちにして情報を吐かせるだけです。私としてはそちらの方が楽なのですが」
「いや、お前の声も聴こえてんぞ……」
あらあら、周囲の男たちが震え上がってしまいました。よほど寒いのですかね? 夏はまだ遠そうです。
「さて、ここが情報屋のはずですが……」
簡素な木造のカウンター奥で青い髭のご老体が、葉巻を吹かしながら雑誌を広げているのが見えます。声をかけようとすると、先に向こうが気付きました。
「ん? 何ぞ俺に用でもあるんか?」
「情報を買いに来ました。貴方が情報屋の方ですね?」
「さぁな。情報なんざ誰でも持ってるだろうよ。違いが有るのは情報の中身だ。魔物に詳しい奴もいりゃ若者の流行に通じてる奴まで色々だぜ? 従って俺がアンタらの望む情報を持っているとも限らねぇ。だがもしかしてっていう希望で俺の元を訪れる奴は多い。結果次第で情報屋にも只のジジィにも成り得るわけだ」
黙って聞いてるだけで話術に引き込まれそうになりますね。それにこれだけ喋っておきながら名前すら名乗っていません。知りたければ金を出せという事なのでしょう。
「それでもいいって言うんならまずは時間を買いな。1分につき金貨1枚だ」
「…………」
これはまた法外な値段ですね。いや、そもそもこのような場所では法が及ばないのでしょうが。
さて、お金に関してはまったく問題にはなりませんけれど、言われたまま払うのも面白くありませんね。
スッ……
「ほ~ぅ? 素直に払うってか? しかも一気に5枚ときた。まぁ5分もありゃ充分って事なんだろうが、後になって返せは通用しねぇからな? そこんとこ注意し――」
「お待ちください。まだ払うとは言ってませんよ?」
「――む?」
「この金貨が欲しいのならば、それ相応の条件があります」
「……なんだ?」
「貴方のお名前、いつからここに居るのか、情報の得意分野をお答えください。時間は1分以内です」
「…………」
金貨を取ろうとする手を止めたご老体が私の顔をジッと眺めてきます。フル回転で損得勘定をしているのでしょうか?
やがて視線を逸らして俯いたかと思えば……
「フッハハハハハハ! 参った参った、なかなかやるじゃないか嬢ちゃん。時間に金を掛けた分キッチリと情報を獲る。若いくせに良い心掛けだぜ」
「お言葉ですが、既に30秒は経過していますよ?」
「クククク、心配すんな。特別に30分くれてやる。そんだけありゃ足りるだろ?」
「いいでしょう」
先ほどよりは多少和らいだ雰囲気でご老体が話し始めます。
「俺の名前はジーキルだ。ブルーアーシュにゃ子供ん時から住んでるな。得意な情報は地位のお高い連中全般さ」
「ならば領主についても詳しいと?」
「どこの領主だ?」
「もちろんこの街のです。私が知りたいのはアクトレイ侯爵についてです」
「なるほど。アクトレイ侯爵ねぇ……」
わざとなのか、ジーキルはもったいつけるように葉巻を吹かします。
「ふぅ~っ。ぶっちゃけアクトレイ侯爵は英雄さ。街の発展に死力したんだからな。任命されてからたったの1年で前年の倍に近い収益さ。そんだけの功績を残しゃ支持を獲るのも造作ないだろう」
「それは知ってます」
「ハハ、そうかい。だったらこういう話はどうだ? 経済発展の裏側で貴族奴隷の売買が行われてたって話さ」
奴隷という単語には負のイメージしか浮かびません。ましてや貴族となると、権力次第でと考えてしまいますね。
「詳しくお願いします」
「ああ。そもそも貴族奴隷ってのは――」
簡単に説明すると、犯罪が明るみに出た貴族が奴隷に落とされていたという内容で、特に小綺麗にしている若い女性は高く売れたのだとか。他国に流れているケースもあるようですが、高値が付けば買い手は選ばなかったのでしょう。
「――というやつさ。ライバルと成り得る貴族が失脚するのと同時に大金が入る。噂じゃいつの間にか姿を消したご婦人は数十人にのぼるらしい」
なるほど。しかし、ここで1つの疑問が沸いてきます。
「都合良く犯罪に染まる若い女性貴族。それが多数いた事が謎です。本当に犯罪者だったのでしょうか?」
「もっともな質問だな。けどそれを知る奴は本人か、本人に近い人物のみだろう。よく言うだろ? 史実と事実は違うってな」
ふむ。何かしら特殊な経緯で犯罪者に仕立て上げられたと考えるべきでしょうね。
「しかし人ってやつは現金なもんだ。裏があると分かっちゃいても、金の力で黙り込むんだからな」
「裏では相当な恨みを買ってそうですね。貴族は仕方ないとして、一般人で反感を持つ者はいないのですか?」
「当然いるだろうな。知りたいか?」
「是非とも」
「…………」スッ
黙って手を差し出してきました。別料金だと言いたいのでしょう。アクトレイ侯爵と敵対する勢力があるのなら共闘したいところですし、出し惜しみはしません。
「……これで」
「ほぅ、金貨30枚か。こりゃまた随分と大盤振る舞いだな。成金には見えないが、スポンサーでもバックについてやがるのか?」
「博打で稼いだのですよ」
「フッ、嘘だな。これだけの金を情報のために費やすってのは情報の価値を分かってる奴だけだ。そもそも利口な奴はギャンブルをやらない。必要なものを確実に手元へ手繰り寄せるために投資をするもんさ」
手強いですね。咄嗟に誤魔化したつもりでしたがバレてるようです。
「ま、嘘かどうかは関係ない。アクトレイ侯爵と敵対している奴らの居場所を教えてやる。ほらよ」
そう言って投げて寄越したのは1枚の地図でした。
「街の反対側にあるスラムだ。密かにレジスタンスを募ってるらしい。詳しくは地図を見るこった」
方針は決まりました。レジスタンスと合流してアクトレイを討伐しましょう。




