Chapter33: リザレクション
自室に入った僕は、くたくたと座り込んだ。
壁掛け時計は正午12時をまわったところ。
昨夜、駅のホームにおりた時刻と同じ表示をさせていた。まさかの遭遇から十二時間。短いようにも長いようにも感じられる。短針が一周しているあいだに起こったハプニング数は、これまで生きてきたなかでぶっちぎりの一位だろう。
招かざる珍客が帰り、室内が静かになったためか、周囲の生活音が耳に届いてくる。外からは、鳥の鳴き声や、駐車場から車が動き出すエンジン音。屋内の二階部屋からは、洗濯機の稼動する重低音が天井に響いていた。
今朝からだいぶ小煩くしていたように思うが、アパートの住人に迷惑をかけていなかっただろうか。隣り合っている室から壁バンも床バンもされた覚えはない。しかしそれすら耳に入らないような状況にあったわけで、実は覚えがないだけでバンバン叩かれていたかもしれない。だとすれば非常に申し訳ない。されど苦情は敷島ゆかりへ……。
一度座ってしまったけれど、彼女が閉じてしまったカーテンを開けるために立ち上がる。
半ば忘れかけていた筋肉の痛みもここにきて強まり、両手を膝につく。そこで薄い銀色の物体を片手で握りしめたままにしていたことに気づいた。
「……ああ、返すの忘れた。どうするんだよ、コレ」
封入されたモノの弾力で四角形に花開いていく様子を見つめながら、しみじみ嘆く。
月曜日に学校で返すべきだろうか。敷島さんにそっと声をかけ、忘れ物ですよ、と内々に差し出す。そんな自分の姿を想像すると、死にたくなる。きっと彼女だって「そんなものいらないって。わざわざ返しにくるなんて馬鹿じゃないの」と大爆笑するに違いない。
コレは僕に譲渡されたとするのが妥当。
しかし、である。それってこうことになるのではないだろうか? ――「私がスマホ代として払うのはコレ一枚」と言われた文字通りの結果ではないか。酔った敷島さんに一晩の宿を与えたら、その仕返しとして、なぜかスマホと引き換えに、使用機会のない避妊具一枚をもらったそうだ。めでたしめでたし。
「わらしべ貧民か!」
と、痛む腕をふりあげて座卓に投げつけた。
卓上のスマホが目に入る。そういえば、まだ起動実験は行っていないままだった。記憶が戻っていないときにはしきりとせがんではいたが、記憶が戻ってからは僕自身も復活の可能性は望み薄だろうと思っていたので、頓着せずにいたのだ。
ダメ元でも一応、充電だけは試してみることにした。
壁際から伸びるケーブル端子とスマホ本体を結合させる。
「……うそっ!?」
スマホが復活の兆しをしめした。
充電中の赤いLEDランプを点灯させているのだ。
すこし間をおいて電源ボタンを長押しにする。
液晶画面から光が放たれ、僕の驚きの表情を照らし出す。
なんと生きていた!
僕のスマホは死の淵から蘇った。
ボディーソープでジャブジャブ洗われた非防水スマホが生還を果たすなんて、万に一つもないことではないだろう。
みじめな僕を哀れんだ神様からの救済処置だろうか。
だとするなら、この画面に刻まれた稲妻はまさしく天啓の証……などではない。
割れた画面は、敷島さんがミスターGを撃破しようとした名残りである。
つまり、僕のスマホは今朝のそのときまでは、機能・外装ともに正常だったのだ。
……彼女が画面を割りさえしなければ。
「ちっくしょぉぉぉーっ!」
僕は声を大にして叫んだ。
バンッ!
と、壁が思いっきりたたかれた。




