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どらんくんモンチーズ!  作者: 猫渕珠子
第三幕. りめんばーどモンチーズ!
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Chapter32: アバウト・ア・ジャイアン

 昨夜ゆうべはオモチャのように振り回され、今朝からは不条理な仕返しと暇つぶしのために手のひらで転がされていたことになる。とてもせない。そのうえ、壊れたスマホの機種代も踏み倒されてしまったら、目も当てられなくなる。とびっきりの大マヌケだ。


 ちゃっかり逃走をくわだてようとした敷島しきしまさんを座卓に着かせ、僕は自室の引き戸前に仁王立におうだちで立ちふさがった。


 天板に載せてあるスマホ(水没後+画面割れ)をあごでしゃくる。


「せめてその落とし前だけは、きっちりつけてもらわないと困ります」


「お金ないって言ってるじゃ~ん」


 彼女は正座からまたたくまに足を崩して耳をほじくる。


 僕のいかりのボルテージがあがっていく。


「帰りの電車賃をひいて、財布に残った分でいいです」


「ラッキー。財布見たら電車賃しかなかった」


「残りは分割にしますから」


「……がめついなぁ。だからきみは童貞なんだよ」


「童貞は関係ない!」


 怒髪天どはつてんをついた僕は、ベッド脇に置いた通学バッグをあさって筆記用具とレポート用紙を一枚取り出す。


 はらわたを煮え繰り返させながら卓上にたたきつけた。


「宿泊感想のアンケート用紙かな?」


「書くのは誓約書せいやくしょです。ハンコがなければ拇印ぼいんでけっこう」


「ボインで?」


 と、敷島さんが胸を下から持ち上げる。


「そういう古いボケはいいんですよ、敷島さん!」


「ほんとにボインにしよっか」


「……え?」


 敷島さんが「うんしょっ」と卓上に手をついて立ち上がる。


 なにかはぐらかして逃げる気だな、と気取けどった僕は慌てて引き戸へと立ち返り、両手を広げて通せんぼ。しかし、彼女は急ぐ様子もなく落ち着いた足取りで窓際へ向かっていき、カーテンを閉めきった。


「私がスマホ代として払うのはコレ一枚」


 と、窓際から何かを投げてよこされる。


 薄暗くなった室内を手裏剣のようなものが手裏剣のように飛んできて、胸に突き刺さるすんでのところで、僕は両手のひらに挟んでキャッチ。


 その薄柔らかな感触から、彼女が僕を暗殺しようとした『くノ一』ではないことはわかる。でもまさか……と思って手のひらを離して確認すると、そのまさかだった。


 今朝の詰問時に、いつも持ち歩いているのだと、彼女がポーチから座卓に広げられて見せていた三枚のうちの一枚。


 男性用の避妊具だ。


 銀色の四角形に目を落としながら、僕は小さくささやくように訴える。


「コ、コレ一枚では五万円もしないかと……」


「そういう意味じゃないことくらいわかってるでしょ」


「……冗談ですよね?」


「付け方わかる? わかんないなら付けてあげよっか?」


 敷島さんがずんずん迫ってくる。


 僕は大急ぎで廊下に飛び出し、引き戸を盾にして頭だけを室内に入れた。


「お金は分割で払ってくれればいいって言ってるじゃないですか!?」


「めんどうだから体で一括いっかつにしようって言ってるの」


「い、嫌ですよ!」


「……嫌? どうして? きみも昨夜一度はそう考えてたんだったよね、体で払ってもらっちゃおうって。したい気持ちはあるんでしょ? 合意でそうしようって言ってるだけじゃん」


 彼女がこちらに背を向けてベッド上に膝立ちになり、長袖Tシャツの裾をつかんでめくりあげようとする。僕は「もういいです!」と引き戸を開け放った。


「スマホの件は無しにしますから!」


「その言葉に二言はない?」


「ありませんよ! だから脱ぐのはやめ――」


「勝った」


 見返った敷島さんが、死神をあやつる勝負師のように口元を引き上げた。


 そしてケロッとまし顔に戻ると、持ち上げていたTシャツを即座におろし、ベッドからおり、座卓脇からショルダーバッグを回収。


 引き戸へとやってきて、戸口であぜんしている僕を横に押しやる。


「童貞ゆえの判断ってやつ? 不意打ちでびっくりしたでしょ」と、おかしそうに笑った。


「……僕がテンパって自分から取り下げるのを見越してあんなことを?」


「イエス」


「OKしてたらどうする気だったんですか……」


「すると思ったら、あんな馬鹿なマネはしないって。私の名誉にかけて誓うけど、ふだん一度だってしたことなかったんだからね。その点、きみは見込まれたわけですよ。がらにもないことをさせたんだから」


 いや、柄に合ってるから本気で面食めんくらったのであって。


 見込まれた点に関しては、喜ぶべきなのか悲しむべきなのか。


 どぎまぎしているうちに、敷島さんが玄関へ向かっていく。


「ちょっと待って!」と、僕は腕をつかまえた。


「二言はないんじゃなかったの?」と、彼女が振り返る。


「……スマホの件は終わってます」


「じゃあなんのこと?」


 と、怪訝けげんな眼差し向けられ、僕は口に出して訊いていいべきか悩む。


 記憶が戻るまえは、単純に驚いていた。


 記憶が戻ってからは、なんとなくふれられずにいた。


 彼女から何も言ってこないのは、ふれてほしくないからだろう。


 でも僕はビビビッときてしまったのだ。


 見て見ぬふりはやめにしよう。


 しかしダイレクトに尋ねるには、気がひける。


「ジャイアンについてどう思いますか?」


 悩んだ末に僕はよくわからないことを口走っていた。


 敷島さんが意味不明とばかりに金色の眉をゆがめる。


「……ジャイアン? ドラえもんの?」


「いえ、ドラえもんのではないです……」


 彼女はひとしきり僕を眺めたあと、フッと鼻から息をこぼす。


「私、寝言でなにかしゃべってた? よく変なこと言っちゃってるらしいんだよね」


 僕は彼女を見据みすえた。


「別れたほうがいいですよ」


「へぇー、そっか。思いのほか頭まわってるじゃん。童貞のくせに生意気だ~」


 彼女が茶化そうとするので、僕は握っている手にすこしだけ力を込めた。


「たとえ好きだったとしても、別れるべきですよ、ぜったい」


「けどまだ回転数が足りてないみたいね。その件も終わったことなんだって。昨日の夜に言ってたでしょ」


「本当に終わったことなんですね?」


「うん。ノープロブレム」


 敷島さんが曇のないすっきりした笑顔を浮かべる。


 僕は彼女をつかんでいた手を離した。


「なら、いいんです。急にすみませんでした」


「突っ込んできたわりには意外とあっさり手離すんだね」


「僕のことも信用してくれたので、信じようかなと」


「なにその理屈」


 と、ほほをほころばせ、敷島さんは玄関へ向かう。


 キッチン棚を開け、奥のほうに隠していたスニーカーを取り出すと、三和土たたきに落とし、靴下くつした穿いた両足を入れ、つま先をトントンさせながら内玄関の扉を押し開けた。


 部屋の戸口で立ち黙っていた僕を見返って、「じゃ」と、片手をあげただけで、外へ出る。


 僕の口から、「あっ」と、声が出たときには、扉は閉じていた。


「すっごい寝癖のままだけど、よかったのかな」


 ……ま、いっか。

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