Chapter29: 現場再現
忘却されると思っていた彼女の記憶が残っており、そして細部までしっかりしていたため、僕は墓穴を掘った。
敷島さんの昨日の記憶は、湯船に浸かったところで終わっていたのだ。
湯張り開始ボタンを押して、浴槽の壁に背中をあずけた時点が最後である。
僕が公園から戻ってきたあとの記憶はまったく無い。
つまり、風呂場での〝生マシュマロ鷲掴み事故〟は覚えていなかったのに、僕は自白したかたちになってしまったのだった。
「冗談半分だったのにさ、ほんとに揉んじゃってたんだ。やっぱり私が眠っちゃってる間に、よからぬイタズラをしてたんじゃない。――で、どこまでやっちゃった? イクとこまでイッちゃった?」
結局そこは避けて通れぬ道なんだな、と僕は頭をかかえた。
神も仏もいよいよ無い。
こうなっては洗いざらい説明するしかない。下手に取り繕おうとして、やましいことがあるから隠した、と疑われるのは沢山だ。僕の記憶が戻るまえの茶番劇もあって疑惑の目を向けられるのには辟易している。心理戦をやってる余裕はない。信じてくれるように事実を語るがのみ。
○
僕は敷島さん立ち会いのもと、現場再現を行った。
公園からアパートに戻って玄関を開いたところからきっちりと。
浴室を出て寝ちゃったとのかと思い、自室の引き戸を開けたけれど姿がなく、湯張り完了のメッセージ音声で風呂に入っていると確信。浴室戸前でいくら呼びかけても返答がなかったので、折れ戸を開いて覗いたら湯船に浸かって寝ている状態だった。溺れていやしないかと突入を決行。鼻の下スレスレまで水面がきていて、すぐに栓を抜いた。
「……ほんと危なかったんですから。浴槽じゃなくて棺桶に入ってた感じですよ」
「泥酔患者をぼっちにさせた栃内くんが悪い」
「それはそうですけど。敷島さんがバッグさえ忘れなければ……」
「それはそうと。私は全裸だったわけじゃない? で、いろいろ見ちゃったよね」
「……見えちゃいましたけど、すぐに隠しましたよ、見えててマズい部分は」
「上は金だけど下は黒なんだ、とか思った?」
そこは割愛。
水が抜けきってからも起こそうとは試みたものの、どうしても起きてはくれない。浴槽に寝かせたままにしておくわけにもいかず、部屋に運び入れることにした。タオルというタオルをひっぱりだし、その一部をベッドに敷いてからバスタオルを手にして浴室に戻る。敷島さんの体に掛けて、いざ浴槽から担ぎ出した。
「このときなんですよ。ドンッと床に足をついたときに、タオルが落ちかけたんです。それで反射的につかもうとしちゃって、肩に回していた手がそのまま伸びてしまい、間に合わなかったばかりか、その……」
「えっ。一度目も生づかみだったの?」
「……はい」
そして胸を掴んでいたタイミングで敷島さんの目が半開きになったため、このワンシーンを彼女が覚えていたのだと勘違いしたこと、ファミチキうんぬんの件は彼女が寝惚けて発していたこと、を説明してから、僕は平謝りに謝った。
……頬の紅葉が二枚に増えるのだろうか。それで済むだろうか。
などと、浴室のタイル床を見つめていると、僕が頭を下げていた先で「プッ」と吹き出す声が聞こえる。こわごわ顔を上げれば、浴室戸の枠に寄りかかった敷島さんがお腹を抱えて笑い出したところだった。
意中が読めず、生きた心地がしない。
「フフフッ。私さ、てっきりね、さっきのG騒動のとき、『ジャブジャブ洗ってた』って口が滑っちゃったのがきっかけで、栃内くんが記憶を取り戻したと思ってたんだよ。でも違うんだよね? アハハッ。私のおっぱい握って思い出してたんだ!」
そこだけは勘づいてほしくなかった。
「ちょーウケるんだけど、ダハハハハッ!」
自分事なのに他人事のように面白がる思考形態はどうかしちゃっているのではないかと思うが、激おこぷんぷんで張り倒されるよりはよかった。
しかし、いかんせん恥辱に耐えない。
笑い声がおさまるまで、僕は赤面を両手でおおっていた。




