Chapter27: 栃内歩夢の考察
紅葉を頬に張りつけた僕は、全開にしていた部屋の窓を閉めた。
ひっぱたかれた弾みで頭がふられた際、ミスターGが青空へ飛び去っていくのは確認していた。もう開けておく必要はない。
レースカーテンを戻すまえに外を眺める。
狭いベランダの向こうはアパートの駐車場になっており、そのアスファルトの地面には水滴ひとつ見当たらない。見事なまでにカラッカラである。
玄関先だけではなく窓の外もよく見ておけば、「雨が降った」という状況設定自体が、そもそも真っ赤な嘘であったことに気づけていただろう。
たとえ、玄関先の水浸し原因が、敷島さんの〝洪水〟による事後処理と判別できないにしてもだ。
朝起きた僕は、玄関先だけを見せられて先入観を刷り込まれていたし、ずっと座らされて動けないようにさせられていた。ベランダは目隠し壁になっているため地面は見えない。そうすることによって窓際に近づかせないでも済む。
……おンのれぇ、敷島ゆかり。
僕はレースカーテンをひき、床で首振り運動をつづけているサーキュレーターを停止させる。ハンガーラックに干されていた彼女の衣服は撤去されており、通常ハンガーがふたつと角ハンガーがひとつ掛かってあるだけだ。
「僕の靴が濡れていたのは、敷島さんのしわざですか?」
床に散らばっている漫画本を拾い集めながら、廊下へ顔を向けないようにして尋ねた。
僕に一撃をくらわせたあと、彼女は何食わぬ顔で「そろそろ乾いたかな」と、上半身裸の赤ジャージ姿のまま、掃出し窓が全開になっている窓際までいき、吊られていた洗濯物をたんたんと回収して廊下で着替え始めていた。
「土砂降りなら濡れてなきゃおかしいと思ったからさぁ。栃内くんが筋肉痛で廊下まで出てくるのに手こずっているうちに、コップに水を汲んでドバっと」
癪に障って顔を向けてしまうと、引き戸のモザイクガラス越しにブラジャーをつけている姿が見えて、慌てて顔を伏せる。
なんで戸のすぐ裏で着替えてるんだ、奥でしろ、せめてこちらに背中を向けてろ……というか、トイレに入って鍵かけろよ。
「ちなみに、帰るときのことを考えて、私の靴は濡らしたくなかったから、キッチンの戸棚に突っ込んで、ここにきたときから履いてなかった設定にしたの」
寝起き後に玄関先を確認させられた段階で、敷島さんの靴がなかったことについては、僕も腑に落ちてはいなかった。
酔っ払って脱ぎ捨てていたのだろうという説明に流されず、キッチン棚を開いていればよかったと後悔する。キッチンだけにきっちんと。……。しかし、そうしようとしていたとしても彼女に「そこも探したけどなかった」などと待ったがかけられて、結局は阻まれていたような気もする。
○
漫画を本棚に入れ戻していると、引き戸が開いた。
敷島さんが部屋に入ってくる。
駅のエレベーターで遭遇したときの姿だ。安心感を覚えるのは、その記憶が復活したということと、胸ポチがカバーされて目のやり場に困らなくなったからだろうか。前日と異なっているのは、すごい寝癖の金髪、猿色ではなくなった顔、それから、白い長袖Tシャツとスリムジーンズがしわくちゃなこと。
「ま~だ乾きが足りなかったかな。でも、いつまでもこんなの穿いてられないし」
と、赤いプーマジャージを投げて返された。ミスターGが取り付いてしまったマシュマロマンTシャツはベッドに脱ぎ捨てられてある。そしてボクサートランクスは――
「私がこのまま穿いて帰って処分するけど、いい?」
と、彼女はシャツの裾を上げ、ジーンズから顔を覗かせている下着の平ゴムを見せる。どうりで廊下へ向かうときにショーツだけをバッグに詰めてたわけだ。
「それとも、パンツも返してほしい?」
返せと言えるわけもないことを聞かないでほしい。
僕は長い溜め息を答えとし、座卓に着きなおす。
二度と本棚とサンドイッチにされないよう窓側に座った。
「どうしてあんなしょーもない嘘をついてたんですか?」
敷島さんは、かったるそうに顔をしかめると、超サイヤ人のように逆立った頭を掻きながらクローゼットへ向かっていき、無許可で扉を開いて尋ねてくる。
「アイロンある?」
「……そこに入ってるじゃないですか」
「馬鹿だねぇ、きみは。これは服用でしょうに。ヘアアイロンどこって訊いてるの」
「ないですよ! いいからちょっと座ってください!」
対話に入るのも一苦労だ。
シラフでも酔っているのではないかと疑わしい。
彼女はようやく僕と向かい合って腰をおろした。
片膝を立ててその上に腕を乗せる。
「『どうして』ってさぁー。栃内くんは、昨夜の記憶が戻って、今朝の記憶が失くなったわけじゃないよね。それなら、すでに想像がついてるんじゃないの」
僕はズボンにしまっていたスマホ(画面割れ状態)を取り出して見せる。
「ジャブジャブ洗われたこのスマホが理由ですよね」
昨夜、玄関先で〝大洪水〟をやらかしてしまったあと、敷島さんはお風呂で体を洗った。
そのとき、水害を逃れていたにもかかわらず、非防水なのにもかかわらず、僕のスマホは彼女の手によって無情にもボディーソープまで使われて丸洗いにされてしまっていたのだ。
僕のスマホから見れば、拉致られ、股間に監禁され、なおかつ水責めの三重苦。
いかに酔った末の愚行とはいえ、壊れていたら弁償まったなし。
ところがどうだ。
目が覚めた僕の記憶は失くなっていた!
それに対して、敷島さんには記憶が残されたまま。
彼女はしめしめと舌なめずりをしたのだ。
うまく筋書きを操作すれば弁償をさせられずに済むかもしれない!、と。
そうして悪知恵を働かせて考えたのが、僕を強姦犯に仕立て上げ、示談金と称して、スマホ代を相殺してしまおう作戦だったのである。
「ですよね!」と、僕は稲妻の紋所が入ったスマホを突きつける。「弁償したくなかったたからって酷すぎません!? ダメ押しで画面まで割れちゃったじゃないですか!」
「考察はそれだけ?」
「他にどんな理由があるっていうんです!?」
「あるんだなぁ、それが」
と、彼女は不敵に笑った。




