Chapter20: 六畳一間裁判所
――と、僕は聞くに堪えず全力で介入した。
引き続き、僕は本棚と座卓の板挟みにされて床に座っているという、わけのわからない状態。そして、敷島さんが手足を組んで卓上に陣取って僕と向かいあっている。
囚われたゾンビと、その逃亡に目を光らせる監視員のような構図だ。
敷島さんが後頭部を小刻みに掻き、金色の毛が踊る。
「なんで話をとめちゃうかなぁ。これからが本番なのに」
「事実無根のデタラメだからですよ!」
「そう言うってことは、何か思い出したの栃内くん?」
「……いえ、何も思い出せませんけど」
「なら、酔ってる私を栃内くんがお持ち帰りレイプした――で、決まったも同然」
「レ、レイプって……」
ド直球に放り込まれ、僕は敷島さんを凝視したまま固まる。自分と縁遠いような物騒なワード、それを自分に真っ向からぶつけられたショック。そして、強姦された、と訴えている張本人が、取り乱すことなく、ドヤ顔を浮かべてさえいる、薄気味悪さ。
あまりの動揺で言葉を失っていると、敷島さんがニヤケさせていた唇を開く。
「それじゃまず、さっきの推測ストーリーの裏付けを取っていこう」
「あ、あんな出来損ないの漫画みたいな話に裏付けなんて――」僕はふいと、彼女が語った話に出てきていた不可解な点に気づく。「……どうして僕のアパートの近くに公園があるってこと、知ってるんですか? だって変じゃないですか、お酒を飲んでいたことしか記憶していないはずなのに――」
「ほんとに公園が近くにあるんだぁ」と敷島さんがきょとんと返し、すぐに笑みを浮かべた。「公園の設定は、あくまで仮にだよ。どこにでもあるし、いかにも酔っぱらいが寝てそうじゃない。それでアパート近くにしておけば、豪雨の状況だったらそこに非難させちゃうだろう、って思ってだったんだけどぉ。実際にアパートの近くに公園があるってことなら――おやおや? 私と栃内くんとの出遇いの推測は、案外、的を射てたりして」
……まさか、そんな。
「で、でも、まずは――」
「電話を掛けるにしてもだよ」と、彼女が先を読んだように言う。「雨がひどいから先に避難を、って、きみの酔った頭は考えたのかもしれないし。そもそも、充電が切れちゃってたりしてたら掛けられないよね。なんにせよ、どこかの誰かへ救援要請しなかった、もしくはできなかったから、私がここに居るわけなんじゃないの?」
困ったことに、それは揺るがない。
居なければどれほど良かっただろう……。
卓上に目を落として嘆いていると、乗せ置いていた僕の両腕に、彼女の手が伸びてくる。
ぐいっと強制的にバンザイをさせられた。
「イテテテッ! なにするんですか!?」
「筋肉痛はまだ痛む?」
「当たり前ですよ! すぐに治るわけが……ないじゃ……ない……で……」
僕は発言を尻すぼみにさせ、開放された腕を眺める。
昨日の日中、いや、地方都市から帰るまでは、全身が筋肉痛になるようなことは一切していない。だから原因不明だった。しかしその後に、敷島さんを持ち上げて運んでいたためとすれば、しっくりくる、説明付られるのではないだろうか……。
「ごめんね、ダイエットしてなくて」
「……か、仮に、酔いつぶれていた敷島さんを運んでいたのは事実だとします! け、けど、僕の部屋にそのまま泊まらせるようなことは、僕自身がそうさせませんよ!」
敷島さんが僕の顎をつかまえる。
「だーかーら、泊まってるからここに私が居るんでしょ? それからさぁ」と、いじのわるそうな笑み。「救助されといてなんだけど。私に会話できるだけのまともな意識が少しでも残ってたら、間違いなくタクシーを呼んでもらってたよね。ここから家まで幾らかかるか知んないけど、顔と名前しかわからないような同級生の男のアパートなんて泊まらないでしょ、常識的に考えて」
ごもっともである。
彼女はやはり混沌状態だったのだろう……。
つかまれていた顎が真下にさげられるように手離さされ、僕の視線はおのずと赤ジャージの股間へ向く。よれた生地に、スマホの角が出っ張っているのが目に留まった。
「……そうだ。僕のスマホは、雨に濡れて使い物にならなくなっていたから、電話を掛けたくてもそうすることができなかった!」
「私のがあるじゃない」と、床で充電中のLEDを点灯させている彼女のスマートフォンを指差す。「私のはバッグに入っていて無事だった。濡れてたとしても防水だし。バッテリー切れになっていたのなら、ああやってケーブル繋いで通話すればいい。事態が事態だし、無断で使われちゃっててもしかたの事案だと思わない?」
それまたごもっともである。
しようと思えば連絡はできたはずだ。タクシーに泥酔客の乗車拒否をされたとしても、110番や119番の最終手段があった。
僕がそのカードを切らなかったのはなぜか。
「気が変わっちゃたからなんだよね」と、敷島さん。
「……気が変わった?」
人差し指を立た彼女が推論を並べていく。
「土砂降りの中、私を担いでアパートまで辿り着いた栃内くんは、スマホで救援要請をしようとした。でも、自分のスマホが水浸しで壊れていることに気づく。どうしようかと慌てているうちに、眠っている私が『くしゅんっ』とくしゃみでもしたんでしょう。とりあえず、雨に濡れた私や自分の体をふくことにしてタオルを引っ張り出してきた」
それがあれ、と顔を横に向ける。
廊下の洗濯機に詰め込まれたタオルのことだろう。
「私の体は、頭や腕とか、はだしの足をふいてあげるくらいに留めようとしていた。けどさ、濡れ透けになったブラを目の当たりにしながら、ピチピチの珠肌をさわっているうちに、あらぬ衝動がむらむらと込み上げてきて、一気に奪衣婆と化し、えいや!、と――」
「脱がすわけがないですよ!」
僕は憤って卓上に拳をうちつけるが、
「脱がしてるじゃない」
淡白に返ってきた声で、固めた拳から力が抜けていく。
僕のアパートで敷島さんが一度裸になっているのは、目に見えて明らかだったのだ。




