表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
どらんくんモンチーズ!  作者: 猫渕珠子
第二幕. ふぉーがっとんモンチーズ!
17/37

Chapter16: 彼女はなぜか怒ってる

 敷島しきしまさんの記憶の欠落けつらく度合いは、僕にも増してひどいものだった。


 彼女は〝たしか夕方〟までは自宅にいて〝何か用事〟があって自室から出ようとドアを開いた。そこで記憶は途切れ、気がついたら僕のベッドの上だったという話である。


 まったく要領ようりょうず、わけがわからない。


 彼女の部屋のドアは、記憶削除装置とタイムトラベル機能がついた〝どこかへ跳んじゃうドア〟か?


 ンなわけない!


「……本当にそれしか思い出せないんですか? 断片的な記憶も出てこないですか?」


 敷島さんは、広げた僕の両足の間であぐらをかき、ウンウンうなっている。やがて、目を閉じたまま「やきとりが見えてきました」と荘厳そうごんに発した。


「……やきとり?」


「皿に載っているくしだけになったやきとりです」


「ふつうに、やきとりの串でいいんじゃ……」


「シっ。静かに」とさえぎり、透視をする占い師調で言葉をつないでいく。「それに、が入っていない枝豆えだまめ。ジョッキに泡だけが残った生ビールが多数。レモンだけになったジントニック。おや? 塩辛になったイカは原型を留めていますね。……なるほど、これらが置かれているのは、ちょっと小汚いカウンター席のようです」


「……居酒屋でぼっち飲みしてたんですね?」


「うん。かもね」と、どっちつかずの返事で開眼かいがんし、れしい口調に戻る。「あっ、場所とか訊かれても思い出せないから。私が覚えてるのはこれがすべて」


 判明したことは、こうだ。


 ふたりともお酒を飲んで記憶を失っている。――以上。


 茫然自失ぼうぜんじしつの家主を差し置き、敷島さんが窓へ向かう。


「とりあえず、部屋薄暗いでしょ。明るくするよ」


 シャシャーッと軽快に開けられるカーテン。


 まどからそそいでくる大量の朝日に、僕は目を細める。


 それから、前代未聞の光景を目の当たりしにした。


「その洗濯物って……」


「私が昨日着ていた服なんだ。なんで洗われてされてるんだろう。不思議だなぁ」


 と、腕を組んで小首をかしげる彼女のそば、室内の窓際に洗濯物は干されている。


 ハンガーラックに掛けられているのは、白い長袖Tシャツ、スリムジーンズ、靴下、それから、女性ものの下着が上下セット……。ラック前には、僕がいつも部屋干しの際にそうしているように、サーキュレーターが設置され、球体を左右にふり動かしている。


 吊られている下着の色柄いろがらと彼女にはギャップがあるが、僕はショーツと呼ばれるパンツもブラジャーも所持していないため、彼女が持ち主というのは確かだろう。


「それじゃあ、今着ているTシャツとジャージは……?」


栃内とちないくんには心当たりがな~い?」


 こちらに向かってきた彼女が逆質問をして、両足の間へと立ち戻る。


 見下ろしてくる顔に不敵ふてきな笑みが浮いているのが、若干気がかりではあるけれど、僕は質問に答える。


「同じ服を持ってますけど……敷島さんのものじゃないんですか?」


「違うって。こんなヤンキーみたいなジャージ持ってるわけないじゃない」


 持っていそうだから訊いているのだ。


すそ踏んじゃってて私にはサイズがすこし大きいでしょ。それに、なに?、この太っちょなヘンテコキャラのダサダサTシャツ」


「マシュマロマンですよ。知りません? ゴースト・バスターズに出てくるマシュマロのオバケで。――ほら、頭にかぶった水兵帽子に書かれている〝STAY PUFT(ステイ・パフト)〟、日本語で〝いつもふわふわ〟っていう意味の言葉がトレードマークの」


 敷島さんが胸元の生地をひっぱって文字を興味なさげに眺める。


「ゴースト・バスターズって何?」


「あっ……もういいです」


 手放されたTシャツが胸に着地した直後、僕はドキリとした。

 彼女のかた周辺にも一応目を向けて見るが、やはり確認できない。

 Tシャツが黒地のためポチポチにかんづきにかったのだろうか。

 敷島さんは現在、ノーブラだ。


「二着はきみのってことでいい?」


「……え? だ、だと思います」と、生返事なまへんじで視線を下に避難させる。


「じゃあ、これも?」


 なにを血迷ったのか、彼女がいきなりジャージを下げた。


 避難先での予期せぬ二次被害に、手遅れだが僕は慌てて目をつぶる。


 露出狂ろしゅつきょうなのか!?


「露出狂とか勘違いしないでよ。見てもらわなくちゃ困るんだから」


 困ってるのはこっちだ。


「僕に下着を見せても特なんかしないでしょう!?」


「どう見ても男物だよね、社会の窓あるし」


「よ、よくわかりませんでした!」と目を閉じたままで答えるが、彼女はどうしても見確かめてもらいたいらしく、根負こんまけけした僕は薄目を開け、「はい、男物のようで!」と視認後すぐに閉じ直す。


「使用した経験は、お有り?」


 ……言わんとしていることは、なんとなくさっせられる。


「買ったのは薄っすら覚えがあるんですけど……つ、使ったことは無い……と思います。仕舞って忘れてた新品だと……」


「でしょうね」と、彼女はジャージを上げ戻す。


「……でしょうね?」


「そこにタグが落ちてる」


 敷島さんがあごをしゃくって示したは、ベッド後方の床だった。落ちていたのは、男性向け下着を扱うブランドのロゴが入ったタグ。彼女が穿いていたボクサートランクスの、平たいゴム留めに刻印されていたブランド名と同じである。


「……わざわざ穿いているところを僕に見せる必要ありました?」


「当然」


 即答すると、彼女は部屋の出入り口に向かっていく。


「……あの、どちらへ?」


「ちょこっと見せたいものがあるんだ。いつまでも石になってないでついてきて」


「それができればいいんですけど、――」


 僕が大股おおまたびらきで座りつづけているのは、なにも好き好んでそうしているわけではなかった。体を動かそうにも動かせないのである。筋肉痛がすさまじいのだ。二日酔いの頭痛を忘れるほどにすさまじい。手足、腹筋、背中、腰……ようは全身。


 とりわけ、両腕がしている。手首と前腕ぜんわん上腕じょうわん二頭筋にとうきんの成分は、半分が「痛み」でもう半分も「痛み」で出来てるんだっけ?、と疑わしい。腰上あたりの背骨には、ベッド側面がふれていないのにもかかわらず、ずっと物を押し付けっぱしにされているような違和感もある。


「原因不明の筋肉痛がしんどくて」


「ふ~ん、筋肉痛ねえ」


「動かすにはもうすこし時間を」


「立て」


 と、メンチを切られ、


「……はい」


 僕は肢体したいにムチを打った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ